令和六年 寒露
一緒に写真を

不実な人
男の性(さが)
寒露_空気が済み、月明かり煌々と月を愛でるのに良い季節である。東雲におりる草木の葉の露が冷たく感じる頃。
彼岸が明け、一週間ほどして秋風が吹くころに、ようやく彼岸花が咲いている。近くの道端の曼珠沙華には真っ赤だけでなく白いのも混じる。河川敷に保育園児も戻ってきた。
晩夏から秋にかけて野に咲く花に「女郎花/おみなえし」がある。愛らしい黄色の小花が群がって咲く。女郎という一見可憐な花に似つかわしくないような名が冠されているが、これは遊女の「女郎/じょろう」ではなく単に女性を意味する「女郎/めろう」の意で付けられていて、よく似た白い花の「男郎花/おとこえし」に対して命名されたものらしい。
女郎花には古い物語がある。むかし平城天皇(へいぜい/806〜809年)の頃、小野頼風(よりかぜ)という男が京の女と契り将来を約束したが、女を捨て郷里の近江八幡に帰ってしまう。男を信じていた京女が男の故郷を訪ねてみると、男には妻がいた。悲嘆した女は着ていた山吹色の襲(かさね)を脱いで川に身を投げた。やがて女が脱ぎ捨てた襲から黄色い花が咲いた。それが女郎花である。謡曲の『女郎花』は、この悲話を底話として作られた。
古今東西、洋の東西を問わず、この手の男の不実は枚挙に遑がない。女と契らんがため甘言を弄する男ばかりである。我が身を振り返ってみても、似たような不実が無いとは言えぬところが情けない。げに男の下半身と理性は両立が難しい。
下半身の不実ではないが、不実といえば政治家、政治家といえば不実を想起させる人々の戦い。与党と第一野党の総裁・党首選挙があった。もちろん政治家の中にも国士と呼ばれる人もいるだろうが、そういう人に限って、なぜか表にはなかなか出てこれないようだ。
現時点では、総裁イコール総理となる与党の総裁選で、見てくれだけ良くて、中身の無いのは困るなと思っていたら、不実を絵に書いたような人相の悪いのが国のトップになってしまった。
川柳に「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし」がある。
人に何かを教えている教師を先生と呼ぶのは当然であるし、妥当であるが、この川柳の〝先生〟は、おだてられて半分馬鹿にされているのもわからぬお目出度い人物・政治家、それも政治が家業となっている世襲の政治屋のことであろう。
海外に目的を持って出る人間の中にも不実な輩がいる。
なんでそれを着てるの
私が動画制作に関わった関係で現在配信をしている『Chef PPARTNERS』といううウェブマガジンがある。
このウェブマガジンでは「もっと美味しい健康へ」をモットーに和・仏・伊・中・韓・ベトナム料理のシェフ18名が料理レシピを動画で公開している。皆さんそれぞれに研鑽を積み技術を習得したシェフでミシュランの星持ちの方もいる。
これは、その撮影の合間にフレンチのシェフの方から聞いた話である。このシェフはパリの巨匠と呼ばれるシェフのもとでスーシェフ(副料理長)を努めた人である。
ある日ランチの時間帯で厨房が立て込んでいる時に、ホールの支配人がスーシェフの彼のもとに来た。
「変な日本人が来て困っているので対応してくれないか」
「予約客じゃないのか」
「違う、予約客じゃない」
「予約なしで食事させろってゴネている?」
「それでもない。とにかく来てくれ」
忙しい最中に迷惑な話だと思ったが、シェフも行って来いと言うので支配人に続くと、店の入り口に日本人の若い男がいた。
「ずっとフレンチの巨匠であるシェフのファンで憧れています。今回シェフに会うためにパリに来ましたが、お金がないので料理をいただくことができません。せめてシェフと一緒に写真だけ撮ってもらえませんでしょうか」と言う。
これだけ聞くと健気なファンと思わないこともない。
しかし、彼はなんとコックコートを着ているのである。
「なんでコックコートを着ているの」
「いや、僕も東京でコックをやっているものですから」
「シェフと写真撮りたかったら、予約して普通の格好で来なさい」
「いや、ぜひ同じコックとしてシェフと一緒に写真を撮りたいのです」
彼はゴネる。
「君がコックコートを着ている限り、シェフは絶対に君と写真を撮らないから帰りなさい」
と、キツく言って追い返したそうである。
そう、もうお分かりのとおり、彼は「巨匠と自分がコックコートを着て一緒に写っている写真」を以って、パリのフレンチの巨匠の超有名レストランでコック修行していました、これがその証拠です、と、出資者に資金提供させたり、もしくはオープンさせる店に飾るのである。不誠実である。はっきり言って詐欺である。
彼はパリにある超有名レストランを同様の手口で何軒も回るのであろうが、成功する確率は無きに等しい。シェフたちも苦い経験を積んで、皆さんご良く承知なのである。詐欺の片棒を担ぐ気はさらさらない。
似たような話は、イタリア・フィレンツェでも聞いたことがある。誰もが知る有名レストランには世界中から修業希望者がやってくる。よほどのコネか実力が証明されていない限り希望者は最初ホールに廻される。そして厨房の誰かが辞め空きが出るのを待つのである。運が良ければ一年ほどで順番が回ってくるだろう。しかし、中には順番を待ちきれず帰国する者もいる。その中にはこの一年をホールでなく厨房での実績として経歴とする輩がいる。ホールと厨房ではコックとしての経歴は全く異なるが、店で働いたことに変わりがないので、全くの嘘ではないと言うところがミソである。
まあ、どちらにせよ、こんな不実な根性の人間が作る料理が美味いはずはなく、早晩潰れてしまうのは目に見えているが、こんな厚顔無恥なことができる奴が、政治家なんかになるのだろうなと思うのは、私の偏見であろうか。
編緝子_秋山徹