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令和三年 芒種

2021年6月5日

男子の憧れ

プロレスラーの面々①

雑文書きの性(さが)

芒種—農作物の種を蒔く頃。
子供の頃、田圃に水が張られて田植えの季節となると、田圃は私たちの遊び場でなくなった。
これから秋の刈り入れが終わるまでは、不可侵の神聖な場所となるのである。
毎日遊んでいた友達が何処かに行ってしまったような、少し寂しい思いがした。

登下校でつい最近まで田圃の中を突っ切って近道できたものが、蛙のゲコゲコという鳴き声の中、直線で田圃を囲む畦道を辿るようになり、なんだか遠回りをして損をしたような気分になったものだ。
ジメジメとした梅雨空にザアザアと雨が降る中、傘をさして歩く。
時に、長靴の中に雨が降り込んで気持ちが悪い。
子供の頃から服が濡れるのが大嫌いであった。
だから、それを連想させる長靴と傘が今でもあまり好きではない。

高校生の頃、雨に濡れると、学校の近くで一人暮らしをしていた友達のアパートに直行し、よく授業をサボった。

今年は梅雨入りが早いらしい。

私のような雑文書きでも、いや、稚拙な雑文書きだからこそかもしれないが、文章を書いている最中に、思い描いていた主題からどんどん外れてしまい、本来書こうとしていたことが一切書けずに予定の文字数を終えてしまうことがある。

前回と前々回のコラムがまさにそれであった。

前々回書き始める前は、男の子の端午の節句の尚武に合わせて〝プロレスラーの面々〟について記そうと思っていたものが、全く違うものとなってしまった。

前回は、立川らく朝師匠の訃報が入ったために内容を変えた。

来年の端午の節句まで寝かせるほど大した話ではないし、忘れぬうちにと(近年のボケぶりから、来年完全にボケていないという保証はない)今回書くことにした。

天龍源一郎

このコラムにたびたび登場する、我が青春のコリドー街は「銀座スコッチバンク」である。

この店に集う客に、プロレスラーの面々がいた。
格闘技を生業として生きている人間は男子一生の憧れである。
中でも〝相撲取り〟と〝プロレスラー〟〝ボクサー〟というのはいっぱしの大人を少年に変えてしまう。

その憧れの的であるプロレスラーが店にやってくるようになったのは、大相撲の天龍源一郎さんが関取をやめて「全日本プロレス」入りしたのがきっかけである。

店の上司が天龍さんと仲が良く、天龍さんは関取時代から店に来ていて、私が勤めだしたときが丁度プロレスラーに転身されたばかりの頃だった。

その頃の天龍さんは、相撲取りからプロレスラーへの転身で期待と不安の入り混じった殺気立つような気合いを全身から発していた。

やがてアメリカへ一年以上に渡る武者修行に出て、戻ってきた時にはプロレスラーとしてやっていく自信を得られたのか、発せられる気は随分大らかなモノに変化していた。

最初に連れられて来たのは、当時、天龍さんやジャンボ鶴田の付き人でまだ十代か二十歳そこそこの、三沢光晴(後の二代目タイガーマスク)、川田利明、冬木弘道(後・サムソン冬木)、後藤政二(後・ターザン後藤)、越中詩郎といった若いレスラーたちであった。

しかし、付き人であった彼らは、店で飲食することは許されず、天龍さんの帰りをじっと店の前で待つだけだった。
見かねた上司が天龍さんに、店の前に図体のでかいのが立っているとお客さんが怖がるからと頼んで、以降飲食はできぬが店の隅に大きな体を縮こませて、ちょこんと座っていた。

次にやってくるようになったのは、そのころ中堅どころだった
渕正信(この人六十二歳を過ぎた現在も現役でリングに上がる)、力道山の息子達・百田兄弟、ミスター林(後レフリー)、天龍さんとタッグを組んでいた・阿修羅原などである。
他にもケンドー長崎や、韓国系レスラーの大木金太郎、キム・ドクがいる。
全日本のエース・ジャンボ鶴田もたまに訪れた。

天龍さんがアメリカ修行時代に現地で世話になり仲の良かったマサ斎藤さんは、新日本プロレスの長州力を連れて来た。

本場アメリカで人気となり凱旋帰国して日本でもブレイクしたグレート・カブキこと高千穂明久さんは良くみえて、天龍さん抜きでも一人で来ることが多かった。

天龍さんの人柄の良さからか、全日本のリング上がる外人レスラーも多く一緒に来店した。
プロレス界のエリート兄弟〝ザ・ファンクス〟ドリーファンクJRとテリーファンク。
人間風車のビル・ロビンソン。
爆弾小僧ダイナマイト・キッドとタッグパートナーで従兄弟のデイビーボーイ・スミス。
覆面なしだったので定かではないが、千の顔を持つ男ミル・マスカラスと弟のドスカラスも来店していたはずだ。

これら〝ベビーフェース・善玉〟だけでなく〝ヒール・悪役〟と呼ばれるレスラーも天龍さんがよく連れて来店したが、一様にベビーフェイスよりもこのヒールたちの方が魅力的で、呑み方もスマートだった。

特に印象深いレスラーが二人いる。

超獣コンビ

一人は不沈艦スタン・ハンセンである。
彼は、テッド・デビアス、テリー・ゴディ、ジミー・スヌーカー、ディック・スレーターなどタッグ・パートナー達を度々連れて来たが、良く連れだって来たのが超獣コンビのパートナー、インテリジェント・モンスターのブルーザー・ブロディである。
二人の共通点は、元アメリカン・フットーボールNFLのプロ選手だったことで、NFLでは活躍できなかった選手が、引退後にプロレスラーとしては通用するという事実に、改めてアメリカン・フットボールのすごさを思い知った。
NFLでQB(クォーターバック)に襲いかかるラインバッカーなどは、プロレスラーかそれ以上であるということを想像するだに震え上がる。
ブロディはインテリジェント・モンスターの異名の通り、NFL引退後にはスポーツ新聞の記者をしていたこともあり、リング上や入場の際にチェーンを振り回して野獣のような暴れ方からは想像もつかないほど、フライドチキンを片手に穏やかに微笑みながらひたすらビールを呑むのであった。
ハンセンの呑み方も同様であった。
ただし、そのビールの飲み方が半端ではなく、一度は業務サーバー用の生ビールの缶と店にあった瓶ビールを全て呑み干してしまったことがある。
また、電車も止まりそうな真冬の大雪のある日、試合終わりの二人がTシャツ一枚にジーパン、カウボーイブーツで汗をかきかき来た時には〝こいつら人間か〟と真剣に思った。

もう一人は、黒い魔術師アブロド・ザ・ブッチャーである。

次回へ続く

編緝子_秋山徹