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なかにし礼 その弐

昭和歌謡_其の七十一

「作詞家・なかにし礼の世界」その弐

『雨がやんだら』
朝丘雪路

 

男女の〝濡れた〟ドラマを描いた、なかにし礼

前回は体調不良につき、失礼いたしました。

皆さんに定期的にお送りする、メルマガの更新案内の、私の担当頁のトップ、わが倶楽部の主筆(ボス)が記した【お断り】の中に、括弧入りで「コロナにあらず」なる文言が、悪目立ち(笑)!! しておりました。

昨今、と言うより、ハッキリ【去年の春から】ですけれど、少しでも体調を崩して、それを、身近な誰かに告げねばならぬ状況になると、ほぼ全員が、やや当惑気味に、かつ口元だけ引きつった笑みを浮かべて、「コロナじゃないからね」と言い訳せねばならない、じつに面倒臭い日々が、昨日も今日も明日も、……おそらく半年先だって続くのでしょう。

公共交通機関の車内などで、うっかり大声で「クシャン!!」やら「ゴホゴホ」と咳き込んだ途端、周囲から飛んでくる視線は、まるで犯罪者同然、破廉恥きわまりない痴漢を観るごとくでありましてね。

いやはや、どうしてこんな国になってしまったのか? 元々【そんな】国だった事実に、われわれが気付かなかっただけか? おそらく後者なのでしょう。

そもそも日本人という民族が、総じて【そんな】空気を招きやすい体質なんじゃないですか。平時はやたら呆けて脳天気でいられるくせに、いったん有事になると、急に神経症までに怯えだし、自分の信じていることを、簡単に【捨てて】しまい、自分以外の【その他大勢】が決めた、なんらエビデンスのない、所詮【風の噂】程度の情報に乗っかって、安心したがるという……ね。

ま、どうあれ私が「2日間寝込んでいた」のは、発熱とは無関係!! 咳も鼻水も出ません。あくまで【個人的事情】とやらで、ひどく精神的に落ち込んでしまったため、プロの物書きとしてあるまじき振る舞い、このコラムの新作を書く気力が、ほぼ消え失せてしまったのです。オハズカシイ^^;。

偶然にも、私が現場復帰するタイミングに、主筆の秋山先輩が、なんとコロナに感染してしまいました。私が知る限り、かれこれ2年前、いや3年以上前から、──つまりコロナウイルスに世界が襲われる、ず~~っと前から──先輩は、あくまで自主的に、ほぼ24時間×365日、ひたすら自宅に引きこもり仕事をしまくって来ました。唯一、不要不急ではない、食材の買い出しのため、近所の大型スーパーに出向く以外は。

なのに、どうしてコロナに感染したか? あえて多くは記しませんが、要するに、たった1人の同居人に【伝染(うつ)された】のでしょう。このところ、政府も都知事もマスコミも、かまびすしく連呼する「家族間感染が一番怖い!!」を、図らずも実証してしまった格好です。

ある朝、起きた途端、味覚と嗅覚が「まったく利かない!!」ことに気付いたそうです。幸い、発熱もほとんどなく、それ以外の症状は【喉の痛み】と【鼻が詰まる】のみ。私はホッとしましたが、料理好きの先輩にすれば、高熱でうなされるより「味覚と嗅覚が使い物にならない方が、よっぽどツライよ」と、電話口で嘆かれましたが……。

それにしても、連日連夜コロナコロナコロナ。♪~今日もコロッケ 明日もコロッケ~♪ という、古い時代のコミック歌謡がありましたが、皆さん、よもや忘れてないでしょうね? 昨日も今日も明日も、コロナでなくたって「人は死ぬのだ!!」という〝常識〟を。

餅やら固形物を【誤って】喉に詰まらせて、窒息死した65歳以上の方は、毎年3500人以上【必ず】存在します。同じく65歳以上で、交通事故で死ぬのは毎年およそ2000人。去年の春以降、コロナ自粛のおかげですかね、外出を強制的に減らされた分、この数はグ~ンと減ったようですが。

さらに、コロナよりも数段、高齢者を重篤化させやすい、インフルエンザ感染後による死者は、65歳以上に限定すれば、「インフル単体で死亡」+「インフルを経由し、さまざまな合併症を起こして死亡」=毎年8000人以上です。

トドメにもう1つ、いや2つ!! 熱中症で死んだ65歳以上は、令和元年およそ1000人。風呂場で溺れ死んだ65歳以上は、ここ10年ずっと「5000人を下回ることはない」というのが、救急隊員や医療関係者の〝常識〟だそうです。

はたまた2018年の癌患者の死者は、65歳以上にかぎれば、およそ25万5千人です。爆笑問題の太田のトークでしたかね? 彼特有のブラックジョークでしょうが、コロナの緊急事態宣言下において、末期癌を告知された老人が、主治医に向かって笑みを浮かべ、「あー、良かった。コロナで死なずに済みそうだ」というのがありましたが……。

なかにし礼と阿久悠

コロナ禍において、まさしくコロナではなく癌で亡くなった1人が、なかにし礼ですね。ちょいと前のコラムに、癌告知後、彼が積極的に望んだ【最先端】治療について、書かせてもらいましたので、今回はそれに触れません。

前回、だいぶ前に私が書いた、北原ミレイの内容を再録させていただきましたが、その中で私は、【超】の付く売れっ子作詞家のなかにし礼と、阿久悠、それぞれが書いた歌詞の特徴を、北原の大ヒット曲『石狩挽歌』と『ざんげの値打ちもない』の比較によって示してみました。

無理やりキャッチフレーズを付けるとすれば、なかにしの描くのは、常に「イマジネーションをそそる情感豊かなドラマ」。対する阿久は、あくまでリアリティ追求型の「実話雑誌系ドキュメンタリー」の手法なんですね。どちらが優れている、という話じゃありません。歌詞から受ける印象を、リスナーが好むか否か? だけのことでしょう。

とはいうものの──、失礼ながら、阿久の「ドキュメンタリー」手法から紡ぎ出される歌詞は、たとえばピンクレディ歌唱の『サウスポー』(1978年3月25日発売/作曲:都倉俊一)しかり、都はるみが歌唱した『北の宿から』(1975年12月1日発売/作曲:小林亜星)しかり、ペドロ&カプリシャス歌唱の『ジョニーへの伝言』(1973年3月10日発売/作曲:都倉俊一)しかり……、どれもこれも私には、ミモフタモナイ言葉の羅列にしか感じらず、情感もヘッタクレも無く、つい「だからどうした?」と叫びたくなります。

サウスポー

♪~背番号1の 強い奴が相手
フラミンゴみたい ちょいと一本足で
スーパースターのおでましに
ベンチのサインは敬遠だけど 逃げはいやだわ~♪

北の宿から

♪~あなた変わりはないですか 日ごと寒さがつのります
着てももらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます
女心の未練でしょうか あなた恋しい 北の宿~♪

ジョニーへの伝言
♪~ジョニーが来たなら 伝えてよ 2時間待ってたと
わりと元気よく 出て行ったよと
お酒のついでに 話してよ
友達なら そこのところ 上手く伝えて~♪

その点、若い頃から私は、なかにしが描こうとする「情感豊かなドラマ」が好きでして、たとえば朝丘雪路の大ヒット曲『雨がやんだら』(1970年10月21日発売/作曲:筒美京平)ですね。

まさに筒美サウンドとも言うべき、ムーディかつ小洒落た曲調に【引っ張られる】きらいはあるでしょうが、本場フランスで流行る、上質なシャンソンを聴いている風な、官能の艶めかしさが〝そこはかとなく〟萌します。

雪路ネェさんの歌声が、妙に〝濡れて〟聴こえるのは、彼女の天性の【才】なのか? 宝塚音楽学校で培った【演技力】の賜物か? 私にも判然としませんが……。何にせよ、子供時代、『雨がやんだら』を気安く鼻歌交じりに唄うと、たちまち親や教師ほか、身近な大人たちに「やめなさい!!」と制されたものです。

18禁の歌謡曲ってことなのでしょう。歌声ばかりか、筒美先生みずからアレンジした前奏が、すでにもう〝濡れて〟います。

♪~雨がやんだら お別れなのね
二人の思い出 水に流して
二度と開けない南の窓に
ブルーのカーテン引きましょう

濡れたコートで 濡れた体で
あなたは あなたは
誰に 誰に 逢いに行くのかしら
雨がやんだら 私はひとり
ドアにもたれて 涙にむせぶ~♪

歌唱する朝丘雪路ネェさんは、元祖〝ボイン〟=巨乳の持ち主ですからね。顔つきも仕草も、少ししゃがれた声も、すべてがセクシーで、そんな雪路ネェさんにとって、『雨がやんだら』は、まさにジャストフォット!! の持ち歌だったはずです。

この楽曲は、なかにしの歌詞:筒美のメロディ:雪路ネェさんの【三位一体】、絶妙の効用とやらで、レコードを33万枚も売り上げる大ヒットを飛ばしました。

(次回へ続く)

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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