嶋大輔
昭和歌謡_其の二十五
ツッパることだけが命『喧嘩上等』の処世術
去年の秋ドラマ(10月スタートで3ヶ月の放映)のうち、一部で熱狂的な話題をさらった作品に、日テレ系制作の『今日から俺は!!』がありました。
西森博之という漫画家が、小学館発行の増刊少年サンデーに、1988年9月号~1990年8月号まで連載した人気作(累計発行部数4000万部突破)を、爆笑活劇ドラマ『勇者ヨシヒコシリーズ』(テレビ東京)や、お色気ギャグファンタジー映画『変態仮面』で話題をさらった、鬼才・福田雄一監督がドラマ化したものでして、
内容はというと、1980年前後に、全国の中学高校で暴れまくっていた、ツッパリ連中の青春を、ギャグ満載、喧嘩上等!! 時にホロリと人情ネタも挟みつつ、ただただ面白おかしく描いています。
嶋大輔『男の勲章』
テーマ曲が、これまた懐かしい~!! 当時ツッパリ歌謡といえば、革ジャンにグラサン(サングラス)、白いドカン(幅のぶっといズボン)、髪の毛は、グルースでぎっとりテカテカに決めたリーゼント、と4拍子そろったファッションで音楽業界に殴り込みをかけた、ロックバンド「横浜銀蝿」……の弟分、嶋大輔の大ヒット曲『男の勲章』(1982年4月28日発売/作詞&作曲&編曲/Johnny)です。
♪~つっぱることが男の たった1つの勲章だって
この胸に信じて生きてきた
泣きたくなるような
つらい時もあるけど
いつも俺たち がんばってきた
時の重さに流されそうになった時でも
歯をくいしばり耐えてきた
ガキの頃 路地裏で見た 夜空にキラめいた
流れる星を見て 誓った思いを忘れちゃいないぜ~♪
売り上げレコード枚数、70万枚超えとも90万枚超えとも噂された、レジェンド的な楽曲を、賀来賢人、伊藤健太郎、清野菜名、橋本環奈ほか、ドラマの主演&共演者たちが、急ごしらえのバンドを組んで熱唱するという、ファンにはたまらない企画でした。
なにゆえに今、昭和の風情はとうの昔に忘れ去られ、平成の世も30年でおしまい、気持ちも新たに年号○○を迎えようという時代に、わざわざ〝あの〟頃のツッパリ文化をドラマにしようと思ったのか? 福田監督の心情は私にもよくわかりませんが……。
とにかく今時の若い連中が、あまりに時代錯誤したツッパリ連中のファッション&言動を、まるで、よしもと系の爆笑漫才&コントでも楽しむが如くの感覚で、「ウケるぅ~!!」とか「コイツら、馬鹿じゃん(笑)」とか、TV画面に向かってツッコミを入れつつ、大はしゃぎで楽しんだのでしょう。
この春に中学2年生になる私の甥っ子&姪っ子、二卵性の双子は、『今日から俺は!!』に、めちゃめちゃハマったらしく、正月にお年玉を渡すために、二人に会った際、新年の挨拶もそこそこ、甥っ子にいきなり訊かれました。
「あのドラマで描かれた喧嘩とか、あのツッパリの格好とか、実際にそういうことが、叔父チャンの周りで起きてたって、ホント?」
興味津々のつぶらな瞳、思春期の旺盛な好奇心に、私もついリップサービスしたくなりまして、
「ホントもホント、どころか、ドラマなんて、まだ甘っちょろいよ(笑)。俺が中学生だった頃は、一番校内が荒れていてさ。ドラマみたいに髪の毛をトサカにしたり、額に剃り込みを入れてる男子の数は、学年の3分の1ぐらい、いたんじゃないかな。女子だって、過半数のスカートは、くるぶしぐらいまで長かったし。チリチリのパーマをかけてた女子もちらほら。廊下をバイクで走り回る野郎もいたからね。もちろん無免許だよ」
言い終えた瞬間、横にいた5つ違いの妹が、会話に割り込んできました。
「お兄ちゃんの話、珍しくすべて事実だからね(笑)。何の脚色もしてないよ」
ううむ、そうなのです。本来ならば、こういう場合、話を大きくデフォルメさせて笑いを取るものでしょうが、哀しいことに、すべて現実なんですわ、これが。
当時の〝あの〟ムーブメントは、いったい何だったのでしょう?
生徒も生徒なら、教師も教師でした。中2の夏休みに、私の母親を含めPTA数名が、近所の夜回りパトロールを行った時のこと。ちょうどその日の夜は、神社の縁日が催され、境内にはさまざまな露天が並んでいたわけですね。多くの老若男女でにぎわう……その中に、明らかに1人、やたら目付きの悪いパンチパーマの青年がいて、ヤンキー中学生たち数名と歓談しているのを、目撃したわけですね。
私の母親が勇気を振り絞って、その青年に声をかけ、境内から追い出すつもりが、青年の方からニコリと笑顔で、「パトロール、お疲れ様です」と挨拶をされてしまった。青年はなんと、わが母校の体育教師でした。夏休みなものだから、気を許してパンチパーマをかけてしまった事実が、すぐにPTAを通じて教頭、校長の耳に入りました。翌日には緊急の呼び出しがかかり、大目玉を喰らった、というオチまで付いた、……これも実話です。
私の卒業した都内某大田区の区立中学は、当時一番荒れていた時期でして、同級生たち数名は、男子も女子も、年がら年じゅう何かしらの事件を起こし、時に警察沙汰にもなりました。同級生には、鑑別所送りになったやつもいます。
万引きにカツアゲ(恐喝)、近隣の中学やら朝鮮学校との乱闘、喫煙にアンパン(シンナー)&ボンド吸引、おまけに不純異性交遊(言葉の響き自体が、すでに卑猥ですが)などなど、まぁ、こう並べてみると、さすがに凄まじいものを感じますがね。
ところが渦中にいて、それを毎日の風景として無理やり認知させられますと、べつにどうということもなくなるんですね。いやはや、何事も〝慣れ〟はオソロシイ。
ツッパリ男子も酷かったですが、女子も相当に悪かった。ズベ公なんて単語は、もはや死語同然でしょうが、そうとしか言えないような言動を繰り返していました。そんな中学でワタクシ、学年委員長を3期(半期で交代)、風紀委員長を1期、務めておりましてね。まぁ……、日々、苦労が絶えなかったわけです。
当時、彼らが学校内において、しでかした様々な事件の後始末を、全校生徒を代表して教師とともに〝やらされて〟いた私が、いつも「??」と首を傾げていたことがあります。それは、ツッパリ野郎どもに群がるズベ公どもの中に、必ず1人か2人、かなり可愛い女子が混じっていることでした。
それはまさしく、掃き溜めに鶴、野糞に撒いた消臭芳香剤……という存在でして、私がまた〝そういう〟子を好きになってしまう性格なのです。
やめときゃいいのに、とある女子に何度も何度も告白して、そのたびに体よく断られてしまい、他ならぬツッパリ野郎の一人に、「まぁ、気を落とすな。お前には、もっとふさわしい女がいるはずだから。○子のことは、早く忘れちまえや」などと、しごくまっとうに励まされたり……。
ドラマ『今日から俺は!!』でも、掃き溜めに鶴の役どころで、ドンピシャリな美女!! 超人気アイドルの橋本環奈が演じておりました。
単純上等
ドラマを毎回、楽しく観賞した私でしたが、回が進めば進むほど、ストーリー展開に〝先がない〟ことが、おぼろに理解できました。制作者側も、その辺りを計算済みらしく、無理やり新規の筋書きを捻り出したり……、しているようでしたが、如何せん、ストーリーに手を加えれば加えるほど、ドラマの出来としてつまらなくなるんですよねぇ。
この理由は、考えてみればすぐに分かることですが、要するにツッパリ野郎どもの行動原理は、「喧嘩上等!!」でしかないからです。思考回路が単純明快です。綺麗さっぱり、他にな~んにもありません。あとは道行く可愛いオナゴを「どう口説くか?」に悩む、ぐらいのもんで。
初回から順に、まず自分の学校を喧嘩で制覇し、次に隣の学校の制覇、さらにまた別の学校の制覇……。そんな繰り返しを4回も観せられりゃあ、視聴者も飽きますわなぁ。
「コイツら、喧嘩することしか能がねぇんかい」
7回めあたりでしょうか。観終わって、何気なくそう口にすると、私のカミさんが、「そこがいいんじゃない。その単純明快さが」と応えたのです。
「最近の世の中は、同時にいくつも違うことを考えたり、あれも出来る、これも出来る、何でもオールマイティに出来るような人たちを、高く評価する風潮だけど、人間、単純が一番よ。俺は喧嘩上等!! 私は徒競走なら、誰でも負けない!! みたいなさ。あれもこれも、と複雑に考え抜いて、世の中が良くなれば、それはそれで嬉しいけど、実際そうなってないじゃん。発想が逆だと思うよ。むしろ今の時代、単純な思考こそが、どんなジャンルにおいても必要なんじゃない?」
ふうむ、わがカミサンながら、この御託宣には、一理も二理もあり、つい黙ってしまいました。
単純が一番。……単純上等!!
確かに昭和の時代、特に私たちがまだ中高生だった、1970年代の日本を思い返してみても、政治にしても経済、教育、文化ほかすべての分野において、物事のしくみがもっと単純だったように思います。
その後バブル経済が崩壊し、やたら頻繁に大規模な自然災害にも見舞われ、他人のことまで構ってやる余裕などない、自分1人が生き残っていけるかどうか? という世知辛い状況下に置かれると、嫌でも思考が計算高くなり、より複雑にオツムを使った者だけが生き残れるという、はなはだゲスな処世術ばかりが幅をきかせるようになりました。
処世術を駆使して、毎日が戦々恐々、綱渡りの恐怖を味合わされつつ生きるくらいなら、どっこい、落語の『大工調べ』の棟梁よろしく、「どっこい、べらぼーめぇ!!」と景気のイイ啖呵の1つも切ろうじゃないですか。
そして思考は単純明快、「喧嘩上等!!」の出たとこ勝負。「明日は明日の風が吹く」とばかり、脳天気に生きる。それが、意外に新年号○○時代を生き抜く、瓢箪から駒の、最良な処世術かもしれませんよ。
♪~つっぱることが男の たった1つの勲章だって
この胸に信じて生きてきた~♪
嗚呼、昭和はおろか、平成も遠くになりにけり
私の、皆さんの、明日はどっちだ?
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。