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蚕の吐く糸_壱

お蚕さんのお話 其の六

タネからアリまで

蚕種と蟻蚕

蚕の卵〝蚕種〟飼育の最盛期は昭和5年の1650万箱で、戦後のピークは昭和32年の416万箱を最後に、養蚕農家とともに減少の一途をたどっている。

ここでは蚕種の誕生から出荷までを、簡単に辿る。

切開─振出─雌雄識別
原種の繭をひとつひとつ切開して、中の蛹を取り出す。それをベテランの鑑別士が、ひとつにつきわずか1-2秒という速さで雌雄に分別する。養蚕の最盛期には、腕の良い鑑別士は各地で引っ張りだこであったという。

発蛾
鑑別された雌と雄は、蚕箱と呼ばれる発蛾用の通気性の良い竹製の浅いかご状の物に入れられ、別々の部屋で保護される。雌と雄を隔離するのは発蛾したときに同一品種同士の交尾を防ぐためと、雌雄の発蛾の時間をずらすためである。室温を調整して、まず雄が朝光を浴びて発蛾した後、一日遅れて雌を発蛾させる。これは、交尾に備え雄の体力温存のため、一日休養をさせて最良のコンディションにするためである。やはり交尾には雄に体力的な負担がかかるということか。

交尾
交尾用の和紙に、約400頭のつがいを入れるが、ペアリングの相性を考慮して、少し多めに雄が入れられる。雄は雌が分泌するフェロモンを触覚で感知し交尾する。約一時間半から二時間かかる一回の交尾を一交と呼び、三交まで行われ、これで雄の役割は終わり破棄される。交尾のためだけに孵化され数日を生きる。交尾さえできず死にゆく雄は同性として哀れでならない。

産卵
交尾から四時間後、雌は触覚などを駆使して、卵が他の雌の卵と重ならないように、円を描きながら産卵する。この時、一頭の雌は六時間をかけて約500粒の卵を産む。

「蚕やしなひ艸」歌川芳員画/早稲田大学演劇博物館蔵
右下に産卵の様子が伺える

母蛾検査
産卵を終えた全ての雌は、30頭を一セットとして機械で細かく粉砕され、顕微鏡で微粒子病の疑いがないか検査される。微粒子病で壊滅したヨーロッパの二の轍を踏まぬよう、この検査は必ず2人の検査士によって厳しく行われる。

浸酸
夏から秋にかけて養蚕飼育される蚕種は、次に塩酸につけられて、孵化の時期が細かく調整される。このあと丁寧に洗いをかける〝洗い落し〟にむかう。

乾燥
洗い落しが終わった蚕種は乾燥されるが、この時乾燥に使うのは、人の手である。人肌の温もりで、時間をかけて優しく卵の水分は飛ばされていき、黄色味がかっていた蚕種は、ここで小豆色に近くなる。一見、システマティックに行程が進む蚕種製造であるが、やはり生物の卵を作るという工程には、人の手わざの温もりが必要不可欠となる。

風選—冷蔵保存
乾燥が終わると、蚕種を受精卵と不受精卵に分けるために風選が行われる。扇風機の風に吹かれて、重い受精卵は手前に落ち、軽い不受精卵は遠くに落ちることで、これを選別する。選別された受精卵が、孵化時期毎に温度調節された冷蔵室で保存される。

催青
蚕種を孵化させるために低温保存から常温保存に切り替える。蚕種は五℃以下では発育しないが、一〇℃以上になると発育を始める。催青期間は二週間前後で、孵化は二・三日にわたる。催青とは、孵化直前の卵は殻が透けていて、中の卵が青く見えるためにこう呼ばれる。

孵化—出荷
孵化したばかりの蚕は、蟻のように黒くて細いため蟻蚕と呼ばれ、養蚕農家や稚蚕飼育所に出荷されていく。

下記のサイトでは「蚕種から蟻蚕まで」の過程が動画で詳しく収められている。
「現代に生きる蚕種製造技術」/上田市デジタル・アーカイブ・ポータルサイト

編緝子_秋山徹