歌詞の『聴き(覚え)まつがい』
昭和歌謡_其の七
だれにもある、だれにも言えない間違い
としのはじめの〜
だいぶ前ですが、某所のちっぽけな塾で、小中学生を相手に作文を教えていたことがありました。1人、今でも強く記憶に残っている女の子がいましてね。
名前は、よっちゃん(仮名)。小学3年生でしたが、親が水商売をしている関係か、妙にコマッシャクレたところがありまして、常々、生意気な言動を繰り返し、私も含めて講師たちを、ずいぶん手こずらせたものです。
年の瀬のこと、教室に入ってくるなり、よっちゃんは、私にこう訊きました。
「ねぇ先生さ、お正月になると、かならず食べるタメシって、どんな味すんの?」
タメシ? はて、何のこっちゃ? 私はすぐには解らず、その通り、「知らないなぁ」と答えると、たちまち呆れた風な表情に変わり、「なんだガッカリだ。先生のくせに、タメシの味も知らないなんて」と、いつになく侮蔑した物言いをしました。私も、ついムッとして、やや苛立った声で、「それ、本当にタメシって名前の食べ物なのかよ?」と問い返しました。
「決まってンじゃん。歌にも、出てくるでしょうが? ♪〜と〜しのはじめの タメシとて〜♪って。あたし、そのタメシが、どうしても食べたいんだ。どこへ行けば食べられる? 先生なら調べてよ!!」
思わず噴き出してしまいました。そうか、コイツは、昔なつかしい文部省唱歌の『一月一日』の歌詞に出てくる、「年の初めの例(ためし)とて」の【例(ためし)】を、食い意地が張っているから、てっきり正月に食するお節料理か何かの【タメシ】だと、大きな勘違いをしたわけか……。
それにしても齢九つのガキンチョが、よくぞ『一月一日』を覚えてくれました。そのことが嬉しくて尋ねると、深夜勤務の両親に替わり、お祖母ちゃんが彼女の面倒を見てくれているらしく、お祖母ちゃんが子守唄がわりに唄ってくれる、さまざまな【日本の古い歌】を、音感の良いよっちゃんは片っ端から覚えてしまったそうな。
前回のコラムにも書きました通り、昭和歌謡だろうが、童謡や唱歌のたぐいだろうが、世代を超えて、きちんと伝承させるべき【名曲】は数多くあります。よっちゃんの家庭事情は、お世辞にも子供の教育によろしいとは言えないでしょうが、こと音楽の教養に関して、他のクラスメイトよりは、よほど恵まれた環境下にあると思われます。
よっちゃんは、きっちり正しくメロディを覚えたものの、いかんせん歌詞の意味までは「よくわかんな〜い」わけで、今流行りの言い方をするなら、『言いまつがい』ならぬ、歌詞の『聴き(覚え)まつがい』をしてしまったわけですね。
唱歌のみならず、歌謡曲の歌詞でも、皆さん、結構、よっちゃんと同様の『聴き(覚え)まつがい』を経験されているようですね。
歌謡曲の『聴き(覚え)まつがい』
私にも同様の『聴き(覚え)まつがい』は、多々あります。それも唱歌ではなく、歌謡曲の歌詞で。
マッチこと近藤真彦の、デビュー曲にして大ヒット!! の『スニーカーぶる〜す』(1980年12月12日発売/作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:馬飼野康二)。このサビの部分……
♪〜Baby スニーカーぶる〜す Baby この世界中
Baby 涙でびしょぬれ〜♪
【この世界中】が、何度聴いても【殺せ怪獣】としか、私の聴覚に認識されないんですね(笑)。もちろん、そんなはずはないと、頭では解っているんですよ。
レコード店に行き、実際に楽曲のシングルレコードを手に取ってみれば、すぐに正しい歌詞を覚えられたはずですが、億劫がってそれをしないものですから、なかなか『聴き(覚え)まつがい』から卒業できないわけです。
ネット情報を探ると、【殺せ怪獣】の『聴き(覚え)まつがい』は、私以外にも結構な数いらっしゃるようで、お仲間に出会えてホッとしましたけれど。
もう1曲、庄野真代が唄って大ヒットさせた、『飛んでイスタンブール』(1978年4月1日発売/作詞:ちあき哲也/作曲:筒美京平)でも、私は『聴き(覚え)まつがい』をやらかしました。
2番の歌詞に、こんなフレーズがあります。
♪〜おいでイスタンブール 人の気持ちはシュール
だから出会ったことも 蜃気楼 真昼の夢
好きよイスタンブール どうせフェアリー・テール〜♪
この楽曲が流行っていた当時、私は高校2年生になったばかりだったと思いますが、この【どうせフェアリー・テール】の部分が、うまく認識できず、【どうせ裏切っている】だと思い込んでしまいました。
この勘違いは、数年後、カラオケブームの到来とともに、モニター画面に表示される歌詞のテロップを眺めた際、初めて修正されましてね。同時に、英語のフェアリー・テールは、日本語に訳すと【妖精の話→おとぎ話】だということも理解したのです。
歌詞に英語が使われると、情けない話ですが、『聴き(覚え)まつがい』は頻繁に起こります。
ジュディオングの大ヒット曲『魅せられて』(1979年2月25日発売/作詞:阿木燿子/作曲&編曲:筒美京平)のサビの歌詞は、いまだに正確に覚えられないままです。
♪〜Wind is blowing from the Aegean〜♪
4月から始まった、NHKの朝ドラ『半分、青い。』の主人公の女の子も、(ドラマの筋書きとして)この部分の歌詞を正確に覚えられず、♪〜ウエンジ ボギ フォミ エージャー〜♪と、でたらめ英語で唄っていました。
ハリー・ベラフォンテの大ヒット曲であり、日本でも1957年、浜村美智子がカバーした『バナナ・ボート』(作詞:L.Burgess・W,Attaway/訳詞:井田誠一/作曲:L.Burgess・W,Attaway)……。当時の多くの日本人は、各人が適当にデタラメな歌詞を【創作】し、唄っていたようですね。
♪〜Come Mr.Tallyman tally me banana〜♪
私が生まれ育った蒲田の、ご近所のスナックのお兄さんは、【あんみつだ タレマン タレミ バナ〜ナ】だと、かたくなに信じておりまして、小学校に入ったばかりの私に、「そのように唄え!!」と命じるものですから、仕方なくそう覚えてしまったものです。
いま、ウン十年ぶりに、あらためて口ずさむと、……恥ずかしい〜(^_^;)。
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。