咀嚼システムと脳の関係
連載の七
病気や体調不良の原因は「歯」?歯と体と脳の怖すぎる関係
全身の健康は口の健康が支え、口が健康であるためには良好な咀嚼システムを獲得することが大事であり、それは哺乳期から始まるということを述べました。
咀嚼システムは成長段階に応じて学習・発達していくものです。3歳を過ぎて乳歯が生えそろうと、食べ物を噛み砕いたり、すりつぶすための歯という道具を使いこなせるようになり、しっかり咀嚼という行為ができるようになります。この頃から本格的な咀嚼システムの発達段階に入るといえるでしょう。
そして、乳歯から永久歯への生え替わりの混合歯列期(6~15歳位)を経て、すべての永久歯が咬合する状態となり、以後成熟期を迎え、その後はゆるやかに衰退するという身体のどの部分とも共通した生物のたどる自然な流れに変わりはありません。
この間に、さまざまな咀嚼をはじめとする口の機能を経験し、その情報を基にその人オリジナルの咀嚼システムを構築し、修正を適応的に経て成熟させていくのです。
咀嚼システムのオリジナリティー
筆者が歯学部の学生だった約30年前は、咀嚼運動は咀嚼筋の中に存在する筋紡錘というセンサーが伸展されることによって起こる反射の連続であるという程度に考えられていました。
しかし現実にヒトが行う咀嚼は、無意識のうちに食べ物によって咀嚼の仕方を変えながらスムーズでリズミカルに行われており、この多様性を説明するには、画一的な反射の連続ということでは成り立ちません。
たとえば、自覚している人は少ないでしょうが、咀嚼するときにピーナッツは左側で、肉類は右側で食べるなど、食べ物に応じて決まった噛み方があるということがかなりの確率で起こり得ます。試しにポイッとピーナッツを口の中に放り込んでみてください。必ずといっていいほど、決まった歯でポリッと噛み砕きます。何回やっても意識して変えない限り、その位置に運びその歯で噛みます。これがあなたの咀嚼システムのオリジナリティーということになります。
つまり、人は胎生期から乳幼児期、幼少期の成長期とその後の成熟期を通して現在に至るまでの間の咀嚼に関するその人独自の経験の蓄積によって、このような咀嚼システムが獲得されたということです。
この経験を左右する要素は、感覚の入力系の状態(歯、舌、口腔粘膜、かみ合わせなど)や出力系の状態(筋肉状態、神経系の状態など)をはじめとし、さらには属する国、気候、風土などであり、このそれぞれに関する情報が咀嚼行動を通して入力され、その都度、入力された要素同士が相互に複雑に適応的に作用し合い、その結果をもれなく盛り込んだ、その人特有の咀嚼システムが形成、獲得されます。
だからこそ、ピーナッツを口の中に放り込んだときには、どの人も奥歯で噛み始めるという基本的機能運動形態は各人同じくする顎・口腔系ですが、どの奥歯で噛むかが違ってくるという細かい機能運動形態間では、決して小さくない差異が存在し、これが顎・口腔系における個人差といえるでしょう。
咀嚼システムとかみ合わせ
咀嚼システムを形成・構築する際に、そのよりどころとなる情報は咀嚼をはじめとする口の働きからもたらされ、それに応じたオリジナリティーを持つ咀嚼システムへ成熟していくことがおわかりいただけたと思います。
その咀嚼行為を行うときに最も重要なのが、どの歯がどのように噛み合っているかという情報を正確に脳が把握していることです。
カチカチと噛んだときに、一定の位置で安定した顎位(上下の顎の位置関係)が再現されること、これにより顎機能運動を始める際のスタートポイントが確立し、そこからさまざまな咀嚼運動を行い、そしてまた安定した顎の位置に戻るという咀嚼の基本的な行為となります。
つまり、常にこの歯がここに、このようにあり、そして動かしたときにはこのように擦り合うといった情報が、いつ何時もしっかりと歯が触れあうたびに脳へ送られる状況そのものが最も重要なのです。つまり、それは一本一本の歯そのものが単独の情報源として担うものではなく、歯列全体の上下の歯の接触情報の総体である「かみ合わせ」としての情報が、咀嚼システムの形成・構築に影響を与えているのです。
次回からは、顎・口腔系を発生学的な視点で考えていきたいと思います。
歯科医師/林晋哉 Shinya Hayashi
林歯科
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1962年東京生まれ、88年日本大学歯学部卒業、勤務医を経て94年林歯科を開業。「自分が受けたい歯科治療」を追求し実践。著書『いい歯医者 悪い歯医者』『歯医者の言いなりになるな! 正しい歯科治療とインプラントの危険性』 『歯科医は今日も、やりたい放題』など多数。