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歌は世に連れ

昭和歌謡_其の六

先達の文化の伝承

歌は世に連れ、世は歌に連れ

こちらのコラムは、基本、昭和歌謡から想起される〝あれこれ〟を、私自身の過去および今のリアルな日常、および喜怒哀楽にからめて、うだうだタラタラ、薄っぺら~く(笑)書き飛ばす……つもりなのですが。

今回、なんとも大仰なサブタイトルを「付けたく」なってしまったのは、つい数日前、BS某民放の、歌謡曲番組を観ていた際、ある〝有名〟演歌歌手(デビュー30周年)が、あまりといえばあまりの振る舞いをしやがったことに対し、いまだ怒りが収まらない私がいるからでありまして、

この場を借りて、また、全国の歌謡曲ファンを(勝手に)代表しまして、こやつに猛烈に抗議してやろう!! というのが今回の趣旨です。

タイトルに記しました通り、歌謡曲という〝文化〟は、しょせん「歌は世につれ」……、ミモフタモナイ言い方をしてしまえば、良くも悪しくも、その時その時に「流行って売れれば御の字」の商品に過ぎません。

当「麻布御箪笥町倶楽部」の看板でもあります、きもの文化のように、祖母から母、そして娘と、何代にもわたって伝承される価値など、正直、歌謡曲にはありますまい。

でも私は、その事実を哀しいくらいに悟った上で、どっこい歌謡曲にだって、(もちろん全部とは申しませんが)せめて2代ぐらいは継承させても、何らバチが当たらぬような、素晴らしい楽曲がある!! それも「かなりの数」ある!! 事実も、よく認識しています。

ヒッピホップばかり聴いていた女子中高生が、たまたま祖母のウチで、美空ひばりのCDを見つけ、興味半分で聴いてみたら、「うわぁ、めちゃハマるぅ~」てなことだって、実話として存在するのです。

だからこそ若い世代が、自分の両親や祖父母世代の愛好する歌謡曲に、ほんの少しでも興味を持ってくれたのだとしたら、その了見を意気に感じて、【きちんと】【まっとうに】に伝承してあげなくてはいけません。

間違っても、なんちゃってのレベル、おふざけのレベルでお茶を濁すべきではないのです。なぜなら歌謡曲の歴史は、れっきとした日本の大切な音楽文化だからです。

せっかく「ハマって」くれた、若者たちの関心を、「なんだぁ、やっぱダセェ~じゃん」に堕してしまうことは、私たち、歌謡曲を大量に聴きまくってきた世代として、おおいに恥だと自覚すべきでしょう。

耳が覚えてる_?

というわけで、そろそろ本題に入りますが、

冒頭に触れました、BS民放の歌謡番組の話です。この日の内容は、「ロマンス歌謡」の特集でした。男女の〝好いた惚れた〟をテーマにした、大ヒットの楽曲ばかりを、カラオケの人気順に10曲、番組に出演の歌手が唄ったり、スター歌手が熱唱する映像をVTRで流したり……。

番組のなかばに、ムード歌謡の名曲『夜の銀狐』が登場しました。私も時々、カラオケで唄いますが、昭和44年(1969年)7月発売、斉条史朗の熱唱で大ヒットさせた楽曲です(作詞:中山大三郎/作曲:中川博之)。

これを、北島三郎の弟子筋の、今やベテランの域にさしかかった……、ううむ、実名で書きたい(笑)。でも、やめときましょう。イニシャルKが、その場で唄って聴かせてくれたわけですがね。

歌唱の前の、司会者をまじえてのトークの際、私の意識の中に、いささか嫌な予感が走ったのです。彼は『夜の銀狐」ともう1曲、これもムード歌謡の話題作だった、『ホテル』(昭和59年(1984年)2月21日発売/唄:立花淳一/作詞:なかにし礼/作曲:浜 圭介)を唄う予定になっていたのですが、

司会者に「これらの歌は、ご自分のコンサートとかで、よく唄われますか?」と問われ、なんと応えたか?

「まぁ、当時、大ヒットしたからねぇ。耳が覚えているというかさ」

それを聞き、咄嗟に私は、ああコイツ、番組収録前に、ちゃんと楽曲の〝おさらい〟をしてねぇな、と感じたのです。

画面は替わり、別室のセットの前に、マイクを握ったKが立ちます。『夜の銀狐』のイントロが流れだし、とても印象深い唄い出し、

♪~淋しくないかい うわべの恋は~♪

ここまでは良かった。問題はその直後です。

♪~こころを隠して 踊っていても~♪

このフレーズ、カラオケファンならよくご存知でしょうが、音のアップダウンが激しく、なかなか難しいところなのです。Kの野郎、「少し音を外しちゃった」程度なら、まだ許せますが、ちゃんと正確に、この部分のメロディを覚えていなかったのですよ。

サビの部分の ♪~ソーロ・グリス デ・ラ・ノーチェ 信じておくれよ ソーロ・グリス デ・ラ・ノーチェ 愛しているのさ~♪……の後に続く、

♪~静かなしあわせ 欲しくはないかい~♪

のメロディを、そっくりそのまま、無理やり、先ほどのフレーズに当てはめてしまったのです。つまり自分で勝手に【作曲】しちゃったのです。

テレビ画面に映し出される、Kの信じがたい行為を前に、私の口は、知らずポッカリ開きました。「なんじゃ、こりゃ?」と、ひとり叫びながら。

2コーラスめ以降は、さすがに自分でも気づいたか? はたまた脇で観ていたスタッフに指摘されたか? 【原曲】通りに唄い直していましたが。

だったら何故、いったん収録を中断させて、イントロから唄い直さなかったのでしょうか?

3コーラスまで延々と、誤って唄い続ける映像を観せられたならば、Kばかりか、番組スタッフ全員が、『夜の銀狐』の正しいメロディを知らないことになりますけれど、

【そうでない】のだとすれば、考えられるのは、現場の統括スタッフ(プロデューサー&フロア・ディレクター)が年齢的にKより若く、演歌歌手として30年選手のベテランに、きちんとダメ出しの指示を出せなかったか? あるいは、出したとしても、Kが聞く耳を持たなかったか?

こう考えるのが、一番妥当なような気がします。

老害という言葉が、真っ先に浮かびました。Kは今年で還暦になりますけれど、御大・北島三郎ファミリーの立場に驕っているのでは? と勘ぐりたくなるような、じつに不愉快な【事件】です。

BSといえども、全国オンエアの民放の収録番組において、師匠・サブちゃんの楽曲で【これ】をやれば、一発で破門でしょう。笑って許される話、冗談で済まされる話ではないと思われます。

収録前に、その日に唱うことになった楽曲のメロディを確認し、歌唱を〝おさらい〟する……程度の、プロの歌い手なら、しごく当然の業務をホカした上、収録中に唄い誤って、平気でいられる破廉恥な神経は、老害以外の何物でもありません。

今の時代、せっかい若い世代の多くが、昭和時代に流行った歌謡曲を、「めちゃハマるぅ~!!」と、強い関心を持ってくれるという、歌謡曲愛好家の1人として、とても嬉しく頼もしいムーブメントがあるというのに、プロの歌手自身が、それもベテラン勢の1人が、きちんと【まっとうに】メロディと歌詞を聴かせ、伝える努力を怠るなど言語道断です。

 Kのていたらくぶりを、真横で眺めてどう(本音で)感じたのか? 共演者の平浩二はさすがでした。司会者とのトークの中で、自身の大ヒット曲『バス・ストップ』(昭和47年(1972年)9月1日発売/作詞:千家和也/作&編曲:葵まさひこ)の歌唱について訊かれ、

「出だしの ♪~バスを 待つ間に~♪ のメロディに、どう気持ちを込められるかが、この歌の肝でしてね。この曲、意外に難しいんですよ。耳で聴くのと、実際に唱うとのは、まるで違ってね。毎回、神経をつかって唄っています」

Kよりはるかに先輩、来年でデビュー50周年の大ベテラン歌手の、この殊勝な言葉に救われる思いがしました。長年のキャリアに決して驕ることなく、日々のボイス・チェックには余念がないことが、この言葉から窺われるからです。

実際、平の歌声は若い頃のまんま、みごと朗々たるもので、持ち歌の『バス・ストップ』と、もう1曲、ムード歌謡の名曲を、もちろん、たった1音もミスることなく熱唱されました。素晴らしい!!

「歌は世につれ」るのが、歌謡曲の宿命。

でも、若い世代にも「ぜひ唄ってほしい!!」と感じる、昭和歌謡の名曲たちを、先達の皆様がたが、日本の音楽文化として、きちんと【まっとうに】伝承させる努力を怠らなければ、「世につれ」ずに、長い年月、生き遺ることも可能だと、私は信じています。

 

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

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