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麻酔の怖い話

連載の30

なぜ歯科医は救命救急を怠ったのか

2歳女児死亡事故

福岡県警は、2017年に福岡市の歯科医院でむし歯治療中に起きた2歳女児死亡事故で、元院長の男性を業務上過失致死の疑いで書類送検しました。

亡くなった女児の死因は、司法解剖の結果、治療で使用した局所麻酔薬リドカインの急性中毒による低酸素脳症とみられています。

事故が起きた当初は、局所麻酔薬の投与量の誤りも疑われましたが、警察のその後の調べで、投与量など麻酔薬の使用については過失を認めていないものの、急変後の対応が不適切だったと判断し、業務上過失致死の疑いで立件する方針です。

むし歯や歯周病治療、親知らずの抜歯など歯科治療を受けたことのある人ならば、麻酔をされた経験があると思います。歯科治療での麻酔薬の安全性は確立されているので、麻酔使用はごく一般的となっており、麻酔がなければ歯科治療は成り立ちません。したがって、麻酔薬で死に至ることは極めてまれです。

しかし、安全だからといって安易な麻酔使用は禁物で、麻酔使用の際は事前に以下の項目のチェックが必要です。

・その日の体調(血圧、体温、特に血圧測定は必須)
・持病や病歴
・服薬の有無と種類
・過去に麻酔で気分が悪くなったことの有無
・歯科治療に恐怖心があるか(緊張度が高いと過敏に反応することがある)
・患者が小児であるか(使用量、麻酔薬に対する反応など、大人と同様に考えてはいけない)

それでも、偶発的に気分が悪くなったり、血圧低下など一過性の脳貧血症状が現れることはありますが、しばらく安静にすることで回復します。

このような場合に大切なのは、歯科医による断続的な経過観察です。もし症状が進行した場合は、ただちに適切な救急措置をしなければなりません。

今回のケースは、下記報道から、必要な救急措置が行われなかったと推察され、それが業務上過失致死につながったと思われます。

【3月7日付西日本新聞】
「両親は容体の急変を受けて元院長に『手足が冷たく呼吸がおかしい。目の焦点も合っていない』と訴えたが、元院長は『泣き疲れただけでよくあること』などと説明、医院内で休むよう指示した」

【3月8日付西日本新聞】
「元院長は治療後、両親から叶愛ちゃんの異変を訴えられており、治療内容から麻酔による中毒症状を予測し、酸素マスクを装着するなどの適切な措置をしていれば事故は防げた、と判断した」

医師や歯科医に課せられる「善管注意義務」

善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)とは、「善良な管理者の注意義務」の略で、「業務を委任された人の職業や専門家としての能力、社会的地位などから考えて通常期待される注意義務のこと」(デジタル大辞泉より)です。ややわかりづらい定義ですが、専門性をもって行われる行為には、法的に注意義務が課せられます。

医師や歯科医師にも善管注意義務が課せられています。通常、患者は、医師は高度な専門知識を持ち、万全の注意を払って治療にあたると信じて治療を受けます。こうした善管注意義務が履行されることで、医療行為が傷害罪や過失致死罪に問われないのです。たとえば、がんの手術で不幸にも命を落とすことがあっても、善管注意義務を果たしていれば「適切な医療行為の結果」と判断され、犯罪とはならず、家族も納得できるのです。

今回のケースはこれとはまったく逆で、払われるべき万全の注意が払われていなかったために女児が死亡し、元院長は善管注意義務を果たしていなかったと判断されたのです。

歯科治療中に患者の急変があった場合、歯科医が行う救命措置には限界がありますから、一刻も早い救急搬送が最善手です。呼吸の確保をしながら救急車の到着を待つのですが、歯科医院が評判低下を恐れ、救急車が乗りつけるのをためらって救急搬送の要請が遅れる場合があります。

救急救命の訓練を受けている歯科医ならば、救急搬送の重要性を理解しているので躊躇なく要請しますが、救急救命の知識も乏しく、訓練を受けたこともない歯科医は評判を気にして救急搬送の要請が遅れがちなのです。

今回のケースの歯科医がどの程度の知識を持っていたのかは知る由もありませんが、歯科医には救急救命の訓練を義務化するなどの法整備が急務で、それが今回のような不幸な事故の再発防止の最善手です。

歯科医師/林晋哉 Shinya Hayashi
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林歯科
〒 102-0093 千代田区平河町1-5-4 平河町154ビル3F
https://www.exajp.com/hayashi/

 

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