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美空ひばりと小林旭

昭和歌謡_其の二十六

2019年亥年のテーマソング

『お祭りマンボ』

『ダイナマイトが百五十屯』

占いの世界では、新しい年の始まりは1月1日ではなく、節分明けの立春、つまり、今回のメルマガが更新される予定日(2月4日)――という考えを重んじます。

というわけで、私のコラムは、あらためて2019年亥年にぴったり!! 亥年の気運、猪突猛進、後先考えず、イケイケドンドンの出たとこ勝負!! 「てやんでぇ、べらぼうめ~」「どけどけどけ~」とばかりに、強引かつ乱暴なエナジーを、歌詞にそのままぶつけてしまった……という風な歌謡曲を、ご紹介しようと思います。

と書いたものの、この性格は、何も亥年生まれの特徴に限られたものではありませんよね。こちとら江戸っ子、いわゆる下町の連中の短気で〝がさつ〟な気質は、猪突猛進そのものだったりします。ま~ず他人(ひと)の話は聞きません。腕っぷしに自信がないクセに、喧嘩っ早さだけはイッチョマエ。

でも、強がって「宵越しの銭は持たねぇ」と言い張るのは、本音じゃ「持ちたくても、年がら年中、隣近所の火事に巻き込まれて、家財道具もいくらか金目の物も、み~んな燃えて無くなっちまうから、持ちようがない」が真実だったりします。

だからみんなヤケッパチ。せめて、その日その日を楽しく暮らしたいから、年に一度のお祭り事には、ガキもジジババもこぞって、脳天気なまでに「わっしょい、わっしょい」と景気良く大はしゃぎ……。

美空ひばり『お祭りマンボ』

美空ひばりの『お祭りマンボ』(1952年8月15日発売/作詞&作曲:原六朗)の歌詞が、そのものズバリ、江戸っ子気質(かたぎ)を余すところなく描いていますよね。

♪~私のとなりのオジサンは 神田の生まれでチャキチャキ江戸っ子
お祭り騒ぎが大好きで ねじりはちまき 揃いの浴衣
雨が降ろうが ヤリが降ろうが 朝から晩までお神輿かついで
ワッショイワッショイ ワッショイワッショイ
景気をつけろ 塩まいておくれ
ワッショイワッショイ ワッショイワッショイ
そ~れそれそれ お祭りだ~
(中略)
オジサンオジサン大変だ どこかで半鐘が鳴っている
火事は近いよ ズリバンだ
何を言ってもワッショイショイ 何を聞いてもワッショイショイ

     (中略)
オバサンオバサン大変だ おウチは留守だよ からっぽだ
こっそり空き巣が狙ってる
何を言ってもピ~ヒャラヒャ 何を聞いてもテンツクツ~♪

この楽曲の面白さと言いますか、じつに良く出来ているなぁと感心するのは、一番ラストの歌詞です。祭りの後の静けさとはよく言ったもので、一時(いっとき)の狂喜乱舞のムーブメントにうつつを抜かすのと引き換えに、現実は目も当てられない事態に陥っていたわけですね。

♪~お祭りすんで 日が暮れて 冷たい風が吹く夜は
家を焼かれたオジサンと ヘソクリ盗られたオバサンの
ほんに切ない ため息ばかり
いくら泣いても返らない いくら泣いても あとの祭りよ~♪

美空のひばりお嬢が、これを大ヒットさせたのは、昭和27年のことなんですね。スター歌手の中でも抜きん出て滑舌の良い彼女が、立て板に水のごとき、早口でリズミカルに【これ】を歌いまくる姿は、粋な江戸っ子のイメージそのものでした。

平成の現在でも、特にジャニーズ系のイケメンたちが、ちょくちょく歌謡番組などで『お祭りマンボ』をカバーしますけれど、あまたある歌謡曲のうち、これほどイケイケドンドンの楽曲も、そうそうあるもんじゃあないからでしょう。

小林旭『ダイナマイトが百五十屯』

〝あるもんじゃない〟といえば、もう1曲、猪突猛進ソングを。

小林林旭が歌唱した『ダイナマイトが百五十屯』(1958年11月発売/作詞:関沢新一/作曲:船村徹)です。

まずタイトルの字面にぶっ飛びませんか? どれほど腕っぷしに自信のある、建築現場の職人も、150トンものダイナマイトを間近に拝まされりゃあ、腰を抜かして座りションベン。あまりに危険すぎますからね。

ところで【屯】という漢字。若い皆さんは読めませんね。重さの単位の【t】=トンの宛て字です。この漢字が通用したのは、いつの時代ぐらいまでだったのでしょうか? 少なくとも私の小中学校時代、国語の時間に、この漢字を習った記憶はありません。

この楽曲の歌詞がまた、自棄のヤンパチ、メチャメチャぶっ飛んでます。

♪~烏の野郎 どいていな とんびの間抜けめ 気をつけろ
癪(しゃく)なこの世の カンシャク玉だ
ダイナマイトがよ~ ダイナマイトが百五十屯
畜生 恋なんて ぶっとばせ

  惚れても無駄さ あきらめな どっこい 涙は禁物さ
胸につまった カンシャク玉だ
ダイナマイトがよ~ ダイナマイトが百五十屯
スカッと器用に 咆えてみろ~♪

ぶっちゃけてしまえば、惚れた女に振られたという、それだけのことなんですがね。あんまり悔しいもんだから、胸の内のウダウダ、モヤモヤした情動を、ダイナマイトの導火線に火を付けて、一気に猛烈に爆裂させたい!! というんですね。それも半端じゃない量、ダイナマイトが百五十屯分も。

そのくらい、「この俺を振りやがって」というルサンチマンが、この歌詞の主人公には熱く滾(たぎ)りまくっているわけですよ。あはは、青春バンザイです。

小林旭は、日活ニューフェイスの「第3期合格」組。1956年(昭和31年)10月31日公開の映画『飢える魂』でデビューしましたが、扱いは大部屋所属の俳優の1人に過ぎず、本人いわく、「学生時代に柔道で鍛えているから、体力と喧嘩だけは誰にも負けなかった。そうでなかったら、横のやつに分け前もぶん取られる。簡単に潰されちまう、そういう世界ですよ、当時の映画界はね」

男とすると、かなりのハイトーンボイス。おまけに歌も上手かったため、映画俳優としてはパッとせずに腐っていましたが、レコード会社から声がかかり、1958年9月、コロムビアから『女を忘れろ』(作詞:野村俊夫/作曲:船村徹)というシングルを発売し、歌手デビューします。

この楽曲も、好きな女に振られちまった男が主人公です。「くよくよしないで、自分を袖にするような女は、とっとと忘れちまいな」というような歌詞内容。

前奏の出だしが、いきなり激しいドラムのソロ演奏という趣向は、旭の、風貌に不釣合いなほどの美声と相まって、音楽業界的にはかなり話題になったようですが、一般リスナーの関心を得るまではいきませんでした。

勝負を賭けて2ヶ月後に出したのが、ご紹介した『ダイナマイトが百五十屯』で、みごとに大ヒットをかっ飛ばしました。この楽曲によって、小林旭の人気が急上昇し、爆弾男=ダイナマイト・ガイのニックネームが付けられます。

翌1959年に入り、小林旭主演、4月公開の日活映画『二連銃の鉄』のなかで、『ダイナマイトが百五十屯』が唄われました。この時点で、小林旭をマイトガイ(ダイナマイト・ガイを短く縮めて)として売り出そうという、日活側の方針が固まったようですね。続いて7月には、『爆薬(ダイナマイト)に火をつけろ』という映画も公開されました。

思えば、日活の全盛期を彩った、あまたいる男性スター俳優の中で、今でも〝現役〟の歌手&役者として活動できているのは、小林旭だけじゃないですかね。ネットの情報では、彼は「ああ見えて」酒も煙草もやらないのだとか。

日々、呑んだくれて憂さを晴らすくらいなら、てめぇの〝居場所〟にしっかり喰らいつき、猪突猛進、要らぬことなど考えず、とにかく吠えまくる。暴れまくる。「小林旭ここに在り!!」を世間に認めさせる……。まさしく小林旭の生き様は、亥年の節分明けにふさわしい、亥年の気運そのものでしょう。

――と、ここまで書いてエンドにしようと思いきや、あちゃちゃスミマセン。オハズカシイ話、私は〝ある事実〟に、まるっきり触れずに稿を終えようとしておりました^^;。

皆さん、おそらくは、すでにお気付きのことでしょう。今回のコラムに挙げた、昭和芸能史を彩る超が付くほどのトップスターご両人、美空ひばりと小林旭は夫婦だったんですよね。

ううむ、ハイハイ、そうだそうだ、そうでした。どういう塩梅でしょう? 私の思考回路から、すっぽりと抜け落ちてしまっていたんですねぇ。

アブナイ、アブナイ!! このところハッキリと疑っております、若年性アルツハイマーの症状は、こうして、ひたひたひたと、音もなく忍び足で迫ってきましてね。幸い、まだ、どこかのタイミングで「ハッ!?」と気付くことも多く、命取りになるほどのリスクに遭遇してはおりませぬが……。

しかし、今回は私の了見からすれば、かなりヤバイです。重症です。昭和歌謡に因んだ原稿を書いていて、それも〝超大物〟を2人並べて、話のネタにさせていただいているクセに、書いている本人が、2人が夫婦であることを失念したまま、文章を書き進めるなんて。

美空ひばりと小林旭の結婚の裏に、当時の山口組三代目・田岡一雄組長(ひばりの父親代わり)の〝強要〟があったことや、同時期に旭が熱愛していたのは浅丘ルリ子だったという〝事実〟、さらに2人は「じつは籍を入れていなかった」ことなど、ゴシップ週刊誌の記者や読者が喜ぶネタは、たくさん転がっているのですが、どれもこれも昭和歌謡と無関係ですので、あえて私も取り上げません。

ただ、無理やり2人を結びつけて、今回のコラムの〝落ち〟にするとして……、

『お祭りマンボ』の歌詞に出てくる「こちとら江戸っ子でぃ」という連中同様、ひばり自身の性格も、かなり猪突猛進、♪~何を言ってもピ~ヒャラヒャ 何を聞いてもテンツクツ~♪ という風な、脳天気なまでに大胆不敵な性格だったんじゃないか? と、これはあくまで私の推測ですがね。ひょっとして、ひばりは亥年生まれなのでは? と思って調べてみますと、アテが外れて丑年でした。

一方の旭(寅年です)は、わずか2年弱の結婚生活を終え、離婚会見でこう語りました。

「本人同士が話し合わないで別れるのは心残りだが、和枝が僕と結婚しているより、芸術と結婚したほうが幸せになれるのなら、と思って、理解離婚に踏み切った」

「理解離婚」なんてコムズカシイ新語までこしらえて、自分の胸中の本音を無理やり引っ込めた彼は、アノ風貌に似合わず、じつに繊細で「細かいところまで神経を遣う」用意周到なタイプであることを、さまざまなデータから知り得ました。

つまりは『ダイナマイトが百五十屯』の主人公のごとく、決してイケイケドンドン、出たとこ勝負的な性格じゃあないんですよね。

そんな2人が所帯を持ったわけですから、破局も時間の問題だったでしょう。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

 

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