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歌が店に沁みる……

昭和歌謡_其の八

歌は3分間の人間ドラマ

歌が店に沁みる

だいぶ前の記憶になりますが、某小説誌の編集長のMさんと、新宿のはずれの、小汚い安酒場のカウンターの隅で呑んでいた際、BGMがわりに流れていた昭和歌謡のいくつかに合わせて、私と二人、下手糞な鼻歌合戦を繰り広げておりました。

ひとしきり唄い終わると、Mさんはトイレに立ち、戻ってくるなり、ぼそりと、こう口にしたんですね。

「歌が店に沁みるなぁ、しみじみとよ。飲み屋の基本だぜ、これが」

歌が店に沁みる

Mさんは、私より一回り以上も年上。面白い表現をするものだと、感心しつつ、あらためてBGMに耳を傾けますと、ちょうど畠山みどりの大ヒット曲『出世街道』(1962年発売/歌詞:星野哲郎/作曲:市川昭介)でした。

♪〜やるぞ みておれ 口には出さず
腹におさめた 一途な夢を
曲げてなるかよ くじけちゃならぬ
どうせこの世は 一本どっこ〜♪

♪〜他人に好かれて いい子になって
落ちて行くときゃ 独りじゃないか
俺の墓場は おいらが探す
そうだ その気で行こうじゃないか〜♪

Mさんはしばし両目を閉じて、歌詞を噛みしめるようにし、曲が終わったタイミングで、「大将、熱いおしぼりを一本くれや」と告げてから、

「男っ気にあふれる歌だよなぁ。畠山みどりは歌手だから、3分間で簡単に唄い上げて、おしまいだけどな。こんな恰好イイ生き方、お前に出来るかい?出来るわけねぇよなぁ。俺だって無理だ。あっははは」

景気よく笑っているくせに、頬は涙で濡れていましたね。それを私に隠したくて、おしぼりを頼んだわけです。

『出世街道』が発売された昭和37年(1962年)の日本は、まさに高度経済成長期の真っただ中、加えて2年後に東京オリンピックを控え、国民全体が明日への夢を賭けてイケイケワッショイ、異様に浮足立っていた頃だと思われます。しかしながら、その勢いに乗れない中小企業の経営者も、当然、全国にかなりの数いらっしゃっただろうことは、その年の11月にオギャーと生まれた私でも、齢55にもなれば容易に想像がつきます。

「会社の負債がかさみ、もうダメだと首をくくろうと決めた時、神様の思し召しなのか、どこかから私の『出世街道』が聴こえてきたんですって。♪〜曲げてなるかよ くじけちゃならぬ どうせこの世は一本どっこ〜♪……歌詞の内容にえらく励まされ、『そうだ、まだまだ俺だって!!』と、自殺を思いとどまった……。そんな社長さんが、当時、結構いらっしゃいました。ギリギリのところで奮起して、耐えて努力して、ようやく業績が回復した後で『私に御礼がしたい』って、長い長い直筆のお手紙と一緒に、その社長さんが製造している缶詰を大量にいただいたこともあります。皆さんは、たかが流行り歌って思われるかもしれませんがね、私の師匠の船村徹先生のお言葉ですけれど、【歌は3分間の人間ドラマ】……。だから昔も今も、私は命がけで唄っています」

しばらく前に、某TV番組のインタビューに応えて、往年の大スター歌手はそう語っていました。彼女は北海道の稚内出身、Mさんは帯広。ざっくりと【同郷】の畠山みどりが熱唱する『出世街道』には、ことさらに感じ入るものがあるのでしょう。

……と、続いて流れてきたのが、打って変わって、やけにナヨナヨした1981年の流行り歌、堀江淳の『メモリーグラス』(作詞&作曲:堀江淳/編曲:船山基紀)でした。ちなみに彼もまた、北海道は苫小牧出身です。

 ♪〜水割りをください 涙の数だけ
振られたんじゃないわ 私が降りただけよ
遊びの相手なら 誰かを探してよ
(中略)
あいつなんか あいつなんか あいつなんか
飲みほしてやるわ〜♪

Mさんは急に機嫌が悪くなり、

「おい大将、消してくれ、消してくれ、辛気臭せぇーオ×マ歌!!」

差別的な3文字を叫び、

「あーヤだ、ヤだ、耳が腐る。よりによって、威勢の良い畠山みどりのあとに、女々しい愚痴の垂れ流しを聴かせるこたぁ〜ねぇじゃないか」

すでにけっこうヘベレケな酔っぱらい。いくら常連客の特権とはいえ、これ以上わめき散らされると、他の酔客に迷惑だろうと察し、

「いやMさん、この歌は歌で、しみじみとこの店に沁みますよ。Mさんがたままた嫌いなだけでしょ。俺は、堀江淳のこの歌、けっこう気に入ってンだから」

嘘でした。本音ではMさんと一緒でしたが、こうでも言わないと、酔いどれのオッサンの暴言を制することが出来ませんのでね。

「チッ、お前は相変わらず、趣味が悪いねぇ。だから、いつまで経っても、気の利いた作品が書けないんだ。こんなオ×マ歌の、どこがイイってぇ〜んだ」

計算どおり、Mさんは急に興味をなくしたとみえて、あとはブツブツと小声になり、そのうち頬杖をつきながら眠ってしまいました。

ホッとしつつ……、

私はひとり、【歌が店に沁みる】という言葉の意味について、しばし思案してみました。

たしかに畠山みどりの『出世街道』は、この店の空気というものにピッタリ合います。年配のオッサンどもの幾人かが、鼻歌まじりに口ずさんでいたのが、その証拠みたいなもの。でも、堀江淳の『メモリーグラス』が、安酒場に合わないかといえば、不思議なことに「そうではない!!」気がしたのです。私にとっては、けっこう大きな発見でした。

作詞家の超ヒットメーカー・亡き阿久悠先生の代表作、八代亜紀が歌唱した『舟歌』(1979年5月25日発売/作曲:浜圭介/編曲:竜崎孝路)の中に、♪〜はやりの歌などなくていい 時々 霧笛が鳴ればいい〜♪とありますように、多くの中高年の酔客たちの認識として、場末の焼き鳥屋などに流れるBGMは「古い演歌にかぎる」と決めつけているようなところがありますよね。

そんなこともないのではないか? というのが、今回のコラムの趣旨です。

古けりゃ良いわけじゃない

Mさんが、どういう想いで「歌が店に沁みる」と言ったのか? 詳しくは不明ですが、私の解釈では、その店の佇まい、内装、お品書き、酒の種類、店の女の子ほか、アイテムは何だってよろしいけれど、どれか1つでも、楽曲のメロディや歌詞の内容とピッタリ【添い寝】できるようなものが見つかれば、酔客たちは納得して【それ】を聴き入れ、ある人にとっては、思わず涙を流すほど感応できるのではないか?

だからというわけでもないですけれど、楽曲のジャンルはロックだとしても、【焼き鳥屋に沁みる】ことだって、じゅうぶんあります。ジョーちゃんこと、柳ジョージ&レイニーウッドの『祭ばやしが聞こえるのテーマ』(1977年10月1日発売/作詞:東海林良/作曲:大野克夫)や、『青い瞳のステラ、1962年 夏』(1980年7月25日発売/作詞:水甫杜司/作曲:上綱克彦)などは、歌詞もメロディも沁みましょう。

 

アイドルソングの場合、ピンクレディやAKBの大ヒット曲を、焼酎をちびちび呑りながら聴きたくはありませんが(笑)、桜田淳子の『しあわせ芝居』(1977年11月5日発売/作詞&作曲:中島みゆき/編曲:船山基紀)や、小柳ルミ子の『冬の駅』(1974年10月10日発売/作詞:なかにし礼/作曲:加瀬邦彦/編曲:森岡賢一郎)、キャンディーズの『わな』(1977年12月5日発売/作詞:島武実/作曲&編曲:穂口雄右)あたりは、みごとに沁みるはずです。

逆に古い演歌でも、なぜか三橋美智也や三波春夫の楽曲は沁みません。あくまで私の感覚においては、の但し書き付きですがね。

これが村田英雄の『無法松の一生』(1958年7月発売/作詞:吉野夫二郎/作曲&編曲:古賀政男)や『王将』(1961年11月発売/作詞:西條八十/作曲:船村徹)だと、じつに沁みる。理由は、判然といたしません。不思議です。

 

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

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