なかにし礼 その壱
昭和歌謡_其の六十九
「作詞家・なかにし礼の世界」その壱
人生の道標は、【泣く】【歩く】【死んじゃう】の3択!?
コロナコロナで明け暮れた2020年をやり過ごし、丑年の新春を迎える時節となりました。例年ですと、皆様に「おめでとうございます」と告げるべきところではございますが、今年に限っては、とても、そんな脳天気な台詞を口にする気になれません。
コロナ禍の鬱陶しさ、煩わしさが、大晦日の除夜の鐘と共にリセットされたのなら、ともかく、──三が日も明けぬうちから、またしても都知事のアマゾネスは、さしたる保障の用意もないままに「緊急事態宣言発令!!」と騒ぎ出し、わが家の吉例行事、私とカミサン+妹ファミリー+介護中のお袋が集っての新春会食は、急きょ取りやめになりました。
【嗚呼、実際、この先の世界は、……いや、正直、よその国の心配まで、してやれる余裕はありません。少なくとも日本は、われわれ日本人は、この先、どうなっちまうのでしょうか?】
以上(↑)のくだりは、数回前のコラムに書かせてもらったものです。そして、こう(↓)続きます。
【寺山修司が歌詞を書いた、アニメ『明日のジョー』のテーマ曲の、決め台詞なら、♪~明日は どっちだ?~♪ の心境でしょうが、
大阪で万博が開かれ、三島由紀夫が自決した、昭和45年という節目の年に、いしだあゆみは、『あなたならどうする』という新曲を発売し、なかにし礼が書いた歌詞を通じて、当時の国民に【3つの選択肢】で決断を迫りました。
♪~嫌われてしまったの 愛する人に
捨てられてしまったの 紙クズみたいに
私のどこがいけないの それとも あの人が変わったの
残されてしまったの 雨降る町に
悲しみの眼の中を あの人が逃げる
あなたなら どうする あなたなら どうする
泣くの 歩くの 死んじゃうの
あなたなら あなたなら~♪
「どうする?」と問われても、【泣く】か【歩く】か【死ぬ】しか、答えが選べないなんて「大人って大変だなぁ」と、この楽曲が大ヒットしていた頃、小学3年生だった私は、国鉄は蒲田駅前の商店街のスピーカーから流される、いしだあゆみの歌声を聴きながら、つくづく感じたものです。このメロディを書いた張本人が、昭和歌謡ポップスの「偉大なる創造神!!」、筒美京平先生であります。】
筒美先生に続いて、作詞家として数多くのコンビを組み、昭和歌謡の名曲中の名曲!! 数々の大ヒットを飛ばしまくった、超が付く売れっ子作詞家・なかにし礼も、師走も押し詰まった23日に亡くなりました。享年82……。
生来、虚弱体質だったようですし、癌を患っていましたからね。陽子線照射という、現状、最先端イコールめちゃめちゃ「カネがかかる!!」治療法を、数年前に施したはずですが、やっぱり癌細胞は退治出来ませんでしたね^^;。
なかにし礼は、阿久悠などと並ぶ、掛け値なしのヒットメーカーでしたし、彼が歌詞を書いた楽曲を、かなりの数、私は愛してますので、追悼の意を込めて、【そこ】については、今後のコラムできちんと綴って行くつもりですが、
今回は、歌謡曲の話ではなく、「癌患者・なかにし礼」というニュアンスで、思うところを書き散らしたいと思います。
マッドドクター
残酷なようですが、じつは私はひそかに賭けていたのです。もし、なかにしの癌が、陽子線および重粒子線照射という、癌専門医が、金持ちそうな患者に出会うと、外来で【かならず】家族の誰かしらに「やってみません?」とそそのかすはずの、最先端治療によって、本当に助かるなら、それはそれで、健康オタクの私的には、かなり興味深いエビデンスになり得るのですが、まぁ、失礼ながら「それはないだろうな」と。
私のカミサンの母親は、6年前に、結果的には癌とは異なる脳の病気に倒れ、亡くなりましたが、長年、C型肝炎を患っていました。ある時、カミサンから相談を受けたのです。
「昨日ね、母の主治医が言うには、C型肝炎の段階から、いよいよ本格的に肝癌に細胞が変異しつつあるんだって。でね、重粒子とかナントカ、かなり高額な治療を勧めてきたんだけど、どう思う? 保険適用外だから、300万円もかかるらしいけど、『必ず癌細胞は死滅する!!』と太鼓判を押してくるのよね」
調べてみると、重粒子や陽子線という放射線を、癌に冒された患部に照射するという最先端の治療が実在しました。この治療のメリットは、従来の放射線治療と異なり、照射するエナジーが癌患部にしか作用せず、それ以外の細胞を「まったく傷つけない」ことでした。
確かに癌細胞を【死滅させる】という効能だけで視れば、これまでの治療法のウン十倍? の「エビデンスがある!!」ことは、ある……のですが、医者が安易に口にした「必ず」は、明らかに嘘八百であることが、すぐに解りました。
抗癌剤の治療などと比べてみて、「遥かに高い効能」ではあっても、重粒子線を照射しようが、なかにしがトライした陽子線を照射しようが、5年以内に再発する確率は、ゼロではない……のです。
私なりに仕入れたデータを引っさげて、ちょいと主治医の本音、つまり患者側に【300万円もの大金をはたかせる】だけの覚悟とやらを、直接、訊いてみたくなりました。――結果は?以下がその時の、私と主治医のやり取りの、ほぼ【そのまま】の再現です。
ここで、ちょいと自慢させていただくと(笑)、会話の中で、私はわざとエビデンスという専門用語を使っています。コロナ禍においては、子供でも口にする流行り言葉のようになりましたが、当時(10年ほど前ですかね)の私は、最先端の癌治療をネット検索するうちに、この言葉を【拾い】ました。科学的および客観的に「きちんと研究データが成立している」ことを、エビデンスと称する、と知ったのです。
「先生、ズバリお訊きしますが、その重粒子治療を行えば、癌は再発しないんですね」
「(即答で)ハイ」
「ホントですか(苦笑)? 本当にそんな明瞭なエビデンスが、リアルに医学界に存在するんですね?」
「(やや驚いて)え?」
「いえね、さまざまな癌治療の現実的な問題、つまり世間に公表されている範囲のエビデンスで鑑みると、俺はあり得ないと感じます。重粒子線や陽子線だけが、100%再発はしない!! なんて、まずあり得ない」
「いや、まぁ……、あくまでお母さんの肝臓の状態で考えると、そうなります」
「ホントですね? だったら安心だ。先生のその言葉、俺たちは信じますよ。信じた上で、メチャメチャ大金の、300万円を支払います。それを、ドブに捨てるような結果には、先生は絶対にしない!! わけでしょ? だったら先生、念書を書いてもらいましょうか」
「いえ、……それは出来ません」
「何故です?」
「何故って、念書だなんて」
「そりゃそうでしょ。300万ですよ、300万。100%再発しない!! って自信があるなら、念書ぐらい、すぐに書いて下さいよ」
「…………」
「黙らないで下さい。そこ、一番大事なところじゃないですか。ハッキリ明言してくれなきゃ、家族は怖くて、安心して先生にお任せ出来ませんよ」
「えーと、……あのぉ、ですね。仮に5年以内に再発したら、治療費のうちの何割かは、お戻しします。ウチの大学病院の規定がありまして……」
主治医は、少し動揺気味に看護婦に指示を出し、どこかから、病院の内部規定が記された紙を持って来させました。でも、それを見せてもらうまでもなく、私やカミサンの【答え】は決まりましたので、
「先生、いいですよ。もうやめましょう。この治療はお断りします。100%再発しないという台詞を、かりにも主治医が口にした、その舌の根も乾かぬうちに、『5年以内に再発したら』云々……そんなふざけた治療法を、よく患者に勧めますね。エビデンスも何も、あったもんじゃない。先生はおそらく、重粒子線の治療を試してみたいんでしょ? 最先端だもんね。でも、あまりに高額だから、よほどのセレブな家族でもない限り、すんなり治療を受け入れてはくれない。ウチがそう見えたのなら、勘違いもいいところ(笑)。カミサンの母親を、先生のモルモット代わりにするのだけは、勘弁して下さい」
主治医は黙ったまま、軽くうなずきました。その後、改めて調べてみると、主治医の所属する某上州の大学病院は、重粒子線治療のマシンを購入するのに、30億円もの経費をはたいたのだそうで。
肝癌のみならず、重粒子線で【叩ける】さまざまな癌細胞を持つ患者の担当医は、事務局長より直接、「マシンの購入費を5年で回収したいので、支払い可能そうな家族には、かならず、しつこく、重粒子線治療を勧めるように!!」との、恫喝とも言える要請が為されていたらしい、……ことを突き止めました。
まさしく患者は、大学病院の借金を返すための、内蔵モルモット。私が主治医に放った台詞は、ズバリ的を射ていたわけです。
そればかりか、その数年後でしょうか、この大学病院の肝臓癌の専門医が担当する【8人の患者】が、【手術後4カ月以内に死亡していた事実が判明】という、とんでもないスキャンダル事件が起きましたよね。当時は連日マスコミを賑わせましたから、ご記憶の方もおられましょう。
幸い、母親の主治医は、事件の首謀医師とは違う人物でしたが、いやはや、300万円も搾取された上に、殺されるところでしたね。アブナイ、アブナイ^^;。
なかにしの場合、著書『闘う力 再発がんに克つ』(2016年2月25日発売/講談社刊)によれば、食道に発生した癌細胞を、初めての陽子線照射治療で「100%やっつけた」らしいですね。まぁ、私に言わせりゃ、大金をふんだくられた主治医に、そう【信じ込まされた】だけのことでしょうが。
ところが、──嗚呼、やっぱり2年半後、食道の脇のリンパ腺に癌が転移してしまった、のだそうな。だから言わないこっちゃない!! カミサンの母親の主治医は「5年以内に再発したら、治療費の一部を返還する」とほざきましたが、彼の主治医は、どうなのでしょう? 5年以内どころか【2年半】ですからね。
なかにし礼は、それを知った瞬間、「大いに嘆いた」と。しかし、どうやら彼の嘆きの【方向】は、私のごとく「大金をはたかせておいて、再発しやがって!!」ではなく、一度、陽子線を照射した部位(食道)には、「再び放射線を照射することは出来ない」事実に対して、だったようで。
ふん、ヒット曲を連発させ、印税で儲けまくった野郎は、庶民の俺たちとは発想が違うわい、と、私はいささかムクレましたけれど、
でも、貧乏人の浅ましいヒネクレ根性で言わせてもらえりゃ、なかにしのような、懐の裕福な【お利口さん】であればあるほど、じつは……どんな患者よりも先に、生身の肉体をモルモット代わりにして「最先端の癌治療を行いたい」、マッドドクターたちの餌食になるのです。理由は、なまじ物事の理解が速いために、医者の言い分を聴き入れやすいからです。
正しく、泣き・歩き・死ぬ
コロナの自粛に対する過剰反応、および同調圧力も同じことです。どこぞの貧乏かつ民度が低い場末町に住まう連中なら、まず毎日、真面目にコロナ対策に関する政府の報道なんて、見聞きしないでしょう。かりに「一応はチェックした」ふりをしつつも、日々の唯一の娯楽であるパチンコや麻雀を犠牲にしてまで、自粛なんて、する気はさらさらないはずです。
この手の連中は、去年の春頃、「愚か者」「日本人の恥」「人間のクズ」だと、猛烈に罵られました。ところが不思議なことに、全国のパチンコ店や雀荘のたぐいが、コロナウイルスのクラスターになったという事実は、全国的に眺めても、ほぼ皆無です。
一方、誰よりも【お利口さん】な態度で、政府や都道府県知事の休業要請に、100%素直に従った、アノ店からもコノ店からも、仕事を失った経営者や従業員の自殺者が、現在もなお続出しています。
これに対して政府は、持続化給付金「店舗は200万円」を【たった1回だけ】、プラス国民全員「10万円給付」も【たった1回だけ】、手渡したのみ!! うるさく、しつこく要請するだけしといて、これだけ!! 「舐めとんのか、われ!?」の気分ですよ、まったく。
なかにしは、みずから書いた『あなたならどうする』の歌詞の中で、恋に破れた女の〝明日〟には、【泣く】【歩く】【死んじゃう】の3つの選択肢しか、用意しませんでした。
ガキの時分の私には、あまりにも唐突な3択に思えたものの、今、還暦前の禿げナス頭に至ってみると、どんな奴の、どんな人生の、どんな状況でも、最初は泣きじゃくるほど嘆き、それが収まりゃ【何かしらの決断】をして、未来に向かって歩きださなきゃならない、と気付きます。
歩きだした、その道筋で眺める景色は、十人十色さまざまでありましょうが、人間、いつかは死にます。絶対に死にます。そのタイミングが、早いか遅いかの違いだけです。
82歳で没した、なかにしが31歳の時に書いた、この楽曲の歌詞の3択は、じつに言い得て妙な、正しい人生の道標だったわけですね。このあたりの「言葉選び」の感覚の鋭さは、作詞家・なかにし礼の真骨頂でありまして、次回以降のコラムで、解き明かして行きましょう。
たとえ自分が癌に罹ってしまっても、コロナ禍に置かれても、医者やら、国や都道府県のトップやら、自称「感染症の専門家」の言うことなんざ、鵜呑みにしていたら、命が保ちません。
自分の五感+第六感のアンテナが【おかしい】と感じたたら、それだけを、ひたすら信じ続けましょう。あとは自分の意志で……、まずは思いっきり、泣きたいだけ泣き、泣くのに疲れ果てたら、仕方ないので、シノゴノほざく前に歩きだす。断じて同調圧力には屈しない覚悟!! でね。世間の空気を読もうが読むまいが、どうせ最後は死んじゃうのですから、大きなお世話です。
命が消え果てる寸前に、「嗚呼、後顧の憂いのない人生だったなぁ」と、知らずに笑みがこぼれる。──そんな最期を迎えたいものです。
なかにし礼は、どうだったのでしょう? 合掌。
(其の六に続く)
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。