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蚕という名の家畜_四

お蚕さんのお話 其の五

えっ宇宙食

家畜以上に家畜化された昆虫

明治維新以降の日本が獲得した外貨の、約半数以上を稼いだ〝お蚕さん〟

日本の近代化の礎を経済の面から築いたともいえる〝天から授かった虫・蚕〟とは、どのような昆虫なのだろうか。

和名を〝カイコガ(蚕蛾)〟といい、中国北部で生育されたとされ、その祖は、東アジア全域に生息する〝クワコ(桑蚕)〟であると考えられているが、詳しいことは分かっていない。

最初は、タンパク源供給の食用としていたのが、蛹を繭から取り出すときに、糸ができるのを発見したのではないかと考えられている。

現在、製糸で繭から取り出された蛹(さなぎ)は、家畜や養殖の鯉の餌などになっているが、タンパク質が豊富で、かつ飼育が比較的容易であるということから、長期滞在する宇宙ステーションの食材とするという、まさに先祖返りのようなことが、真剣に検討されているという。

同様に研究されていた魚やニワトリの場合、魚は水の管理が難しく手間がかかり、ニワトリは飼育に広い場所と、大量の餌が必要となるため効率が悪い。

蚕はその点、繁殖が速く、場所や餌、水をあまり必要とせず、排泄物もわずかであり、また、その排泄物は宇宙船内の植物の肥料として使用できる可能性が高いといわれている。

蚕の蛹は、大部分が食べられるタンパク質で、必須アミノ酸を豚肉の2倍、鶏卵や牛乳の4倍も含んでおり、栄養価が高いのも利点である。

一日に必要な摂取量は宇宙飛行士ひとり当たり、蛹170個が必要だという。

果たして、どうなることやら。

蚕は、人間が四千年以上をかけて飼い馴らし、品種改良を重ねた結果、野生回帰の本能をほとんど奪われて家畜化された昆虫である。

同じく家畜のカテゴリーに入れられる〝蜂〟が、その野生本能を多いに活用され養蜂されているのに比べて、蚕は人間の保護下以外では生息することが出来ない。

以前、大日本蚕糸会[蚕業技術研究所]井上元所長(当時)に、

「蚕の祖先とされている桑蚕の蛾は、飛ぶことができますが、今の家蚕は飛ぶこともできなければ、幼虫が箱の外に逃げることもできません。人間から餌を与えてもらわなければ餓死してしまいます。これが、〝家畜以上に家畜化された昆虫〟といわれる由縁です。」と教わった。

蚕の幼虫は、脚が退化しているために、野外の桑の葉の上に置くと踏ん張れずに、微かな風でも落下してしまい、また、蛾となった成虫には口がないために、雄は交尾、雌は産卵の後に餓死して死んでしまう。

蚕は、そのほとんどが繭の中の蛹として生涯を終えるが、原種として羽化するものは、交尾・産卵をするためだけに成虫・蛾となり数日を生きる。

こんな蚕の成虫は、人間が近づくと逃げるどころか、自ら近寄ってくるという性質を持っているのが健気で、また哀れでもある。

蚕の卵は「蚕種」と呼ばれる。「蚕卵」と呼ばずに〝種〟と呼ばれる理由は、卵の形状が、丸く黒ずんだ芥子(けし)粒もしくは菜種ほどの大きさであることにある。

家畜である蚕を一頭・二頭と数えるのに対し、卵である「蚕種」は、一粒・二粒と数えられ、箱(一箱/二万粒)の単位で取引された。

「蚕やしなひ艸」歌川芳員画/早稲田大学演劇博物館蔵
手前の羽で箱に入れている芥子粒状のものが蚕種

1840年代、蚕糸業の先進国であったイタリア・フランスに微粒子病が流行して、両国の養蚕業が絶滅の危機に瀕し、良質な日本の「蚕種」が求められて、一時期は蚕種の出荷額が生糸を上回ることもあったという。

また、一八六五(慶応元)年には、ナポレオン三世に蚕種一万五千箱を贈呈し、その返礼として名馬二十六頭が幕府に献納されたという記録が残っている。

編緝子_秋山徹