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乳児の哺乳とお口の咄

連載の六

乳児期の授乳が咀嚼システムの育成を左右する

本連載では、前回まで全身の健康は口の健康が支えており、その口が健康であるためには、口をストレスなく機能させるための良好な咀嚼システムを獲得することが大事だということを述べました。

口は命の源

自然界において、人間の赤ちゃんは「超早産」といわれています。脳(頭)が大きすぎるため、完全発育する前に出産しなければ産道を通ってこられないからです。したがって、ほかの動物たちと違って、生まれてすぐに放置すると死んでしまいます。対して馬や犬などは、自ら立ち上がって母親のおっぱいを飲みにいきます。

その人間の赤ちゃんが生まれた時点で唯一持っている能力が、吸啜(きゅうてつ)反射です。頬や唇に乳首が触れると、そちらを向いて乳首をくわえおっぱいを飲むという反射です。その行為がなされなければ生きてはいけません。つまり、摂食という生きるための情報は、口から初めて脳にもたらされます。

出産直後、肺が空気で満たされて呼吸が始まり、そしておっぱいを飲むという摂食も始まり、「入れて、出す」という命の循環が始まります。この時、口から脳にもたらされる情報が、これから始まる「生きる」ということを支える原始的なシステムを発動させるのです。

体のシステムの形成は哺乳から始まる

人間の胎児は、おなかの中でおっぱいを飲むように顎を動かす仕草をすることが確認されています。いわば哺乳の練習でしょう。こうして、生まれてすぐにおっぱいを飲み始め、ここから咀嚼システムを始め、生きるために必要なさまざまなシステムの形成・育成が始まります。

人間は通常、生まれた時には歯が生えていません。生後6カ月頃から下の前歯の乳歯から萌出し始め、生後3歳を過ぎた頃に全部の乳歯20本が生え揃います。最初の歯のない時期は完全に哺乳のみで生命活動のエネルギーのすべてをまかない、この間に咀嚼筋、顎関節など顎・口腔とそれを機能させる咀嚼システム(系)が日に日に発達・発育していきます。

このとき大事なのは、どのような質の情報が脳にもたらされるかということです。この哺乳期は、体から脳に入る情報の多くは口からのものです。つまり、口から入る情報の良し悪しが体全体の発達・発育に大きく影響すると考えられます。

例えば、哺乳をミルクで行うか、母乳で行うかでは口から脳に入る情報はかなり違います。まず力学的な視点でみると、その哺乳のしやすさです。母乳の場合は乳首を噛むようにおしつぶす努力をしないと飲みづらいのですが、ミルクの場合は出づらい乳首を選んで買わない限り、普通の乳首では努力をしなくてもたやすく飲むことができます。つまり、咀嚼筋に対する負荷が違い、結果その発達に違いが出てきます。決してそれぞれの良し悪しを論じるものではありませんが、ミルク育ちと母乳育ちではその口周りの筋肉の発達度には見てわかるほどの違いが現れます。

また、おっぱいの唇や頬に触れる質感、におい、ぬくもり、母乳の味など、たくさんの情報が哺乳の行為の中で脳に入り、それを基に咀嚼システムをはじめとするさまざまなシステムの形成が行われていきます。赤ちゃんは一番の成長期です。成長期には栄養・エネルギーを与えるだけではなく、適切な負荷をかけ、幅広い情報を与え、鍛え、育てるという観点も重要です。

咀嚼システムは正しく育成するもの

生後6カ月あたりから、乳歯が生え始めると「口の中に硬いものがある」という情報が脳に入り始めます。その後、ほかの乳歯が少しずつ生えてきて上下の歯が触れ合うようになると「口の中の硬いものが噛み合う」という情報に変わります。このように、日々変わる歯や口からの情報に応じて、食べ物を粉砕し飲み込めるものにするという咀嚼行為を学習し、食べられるものの大きさや種類を大幅に増やし発達させ、ついには口の中いっぱいの食べ物の中から髪の毛一本を選り出すという神業のごとき振る舞いができる咀嚼システムへと成熟していくのです。

では、もしこの時期に歯や口に不具合が存在したらどうでしょうか。

例えば、「乳歯に虫歯ができて痛みがあり、その歯で噛めない」「顎関節に動きの不調和がある」といったことがあれば、それに応じたシステムづくりをしていきます。噛める側と噛めない側の筋肉や骨格には明らかな差が生じ、噛める側だけを使って咀嚼するシステムとなっていき、偏った咀嚼運動を自分固有のものとして獲得してしまうのです。さらに、そのシステムに応じた筋・骨格系へと固定化してしまうという悪循環に陥ります。この顎・口腔領域の筋・骨格の左右差やゆがみは全身にも影響を及ばします。これについては、別の回で「顎・口腔系」の力学的視点として詳しく説明いたします。

筋・骨格などの物質的な要素と、それを働かせるシステムは相互に影響し合い、日々変容し、その人オリジナルの連携をつくっていくのです。

哺乳から始まる一連の成長過程の中で、咀嚼システムを正しく育て、より良く成熟させることが体全体の発育にとって非常に大事だということの一端をおわかりいただけたのではないでしょうか。

次回からは、咀嚼システムの青年期、壮年期、老年期に応じたとらえ方と「かみ合わせ」との関連を考えていきたいと思います。

歯科医師/林晋哉 Shinya Hayashi

林歯科
〒 102-0093 千代田区平河町1-5-4 平河町154ビル3F
https://www.exajp.com/hayashi/

 

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