1. HOME
  2. ブログ
  3. 令和元年1月から6月
  4. 高田みずえ 安達明

高田みずえ 安達明

昭和歌謡_其の三十二

昭和の『死後』ソング_その言葉、令和時代でも伝わるか

『涙のジルバ』と『女学生』

元号が令和に変わりました。これが、令和時代、初めてのコラムになりますが、だからと言って、内容のどこがどう、変化するわけでもありません。

令和になったのだから、前の元号である平成時代のヒットソングも取り上げなければ、みたいな心持ちを、私はまるっきり持ち合わせてはおりません。

だからといって昭和時代に「何がなんでもこだわる!!」という、頑なな了見でもありません。ただ、いつものように普通に歌謡曲について想ったり考えたりする時、私の自意識にからみついてくる楽曲は、平成POPSではなく、昭和歌謡がほとんどである、と……、まぁ、そんな程度でしょう。

ところで今年のGW。日本人の老若男女が、いまだかつて、たった一度も体験したことのない、暦に組み込まれた怒涛の10連休!! 皆さん、どう過ごされましたか?

新しい令和天皇の御即位を、「国民すべてが厳粛な気持ちになって御祝いする」のが目的の、国を挙げての10連休……だったはずですよね。そのために、保育園も幼稚園も小中高校大学も、会社も、役所も銀行も市場も、どこもかしこも〝強制的に〟休まされたわけです。

それなのに、言い出しっぺの宰相みずから、真っ先に日本を高跳びし、うるさい報道陣が追いかけてこない、海外で優雅に休暇をエンジョイするって、どこまでオツムの構造がユルユルなのでしょう? 大昔なら、不敬罪もいいところです。

「天皇の『退位礼正殿の儀』がある4月31日と、新天皇即位の儀式がある5月1日は、全閣僚が国内に滞在する」(永田町関係者)

 ……と、まぁ、そんなの当然も当然、言わずもがなもいいところ。どう贔屓目に解釈しても、姑息な了見としか捉えられない言い訳を、臆面もなく〝公式に〟発し、恥じ入るところ微塵もないのが、アッパラパー宰相の、裸の王様たる所以ですから、今さら爪の垢ほども驚きゃあしませんが。

でも、ですよ~。べつに法的にどうの、とかいうんじゃないです。公務を怠っているとか、そういうのでもない。要はマインド!! 性根の出来具合の問題です。

司馬遼太郎の許可も得ずに、やたら意図的に「この国のかたち」という言葉を、政治に利用してきた、そのココロが、およそ2百年ぶりに挙行されるという、現役天皇の御退位と、翌日の新天皇の御即位の儀式【だけ】は、海外での豪遊、それも私たちの税金をふんだんに使っての破廉恥三昧から抜け出して帰国し、無事に済んだらまた、すぐに豪遊仲間の元へとんぼ返りする──というんですからね。

この、あまりに〝ぞんざい〝な印象、「ちゃちゃちゃと済ませちゃお」っぽい感覚は、平成天皇にも令和天皇にも、無礼非礼失礼千万!! 辞表をメールで送りつけて平気で、叱ると逆ギレし、「手書きの辞表でなければならないって、べつに法律で決まっているわけじゃないでしょ?」と平然と主張する、今時の若者のバカさ加減と、何が違うのでしょう?

「この国のかたち」の根幹に関わるはずの、象徴たる皇室制度に対して、国のトップみずから喧嘩を売っているとしか思えません。いや、そうならそうで、覚悟を決めてそれをされるなら、勝手にしてくれりゃあいいです。でも、だったら偉そうに、国民に向けて、「心清らかに粛々と、新天皇の御即位をお祝いせよ」なんて命じて欲しくない!! それだけのことです。

強権発動のもと、前代未聞の10連休を〝無理やり〟定めておいて、手前たちゃ、いけしゃーしゃーと脳天気に、われわれの税金を無駄使いしての外遊、豪遊ですと? ふうむ、いったい日本という国は、いつから、こげんミットモネェ~〝かたち〟になっちまったのか?

嗚呼、情けない。

国のトップがそんな無作法ですからね。TVの人気バラエティ番組などは、朝も夜も「GWをどうエンジョイするか?」的な内容ばかり。現に今(御退位の儀式の前日の朝)も、民放各局の生放送は、「関越自動車道は、東名高速道は、ウン十キロの渋滞」やら「羽田空港や成田空港は、観光客で大混雑」という情報を流すばかり。

全国のどこかに、「平成天皇の30年の心尽くしをねぎらい、令和天皇の御即位を祝する、ありがたき10連休に、ワタクシ事の旅行なんてトンデモナイ!!」、「俺(私)は自宅で静かに、心を平らけく清らけく保ちつつ、過ごすつもりです。神棚に手を合わせて、令和時代が、どうか安寧な毎日でありますよう、祈らなきゃ」……な~んて奇特な了見の方が、いらっしゃるのかしら?

だいたいが、連休を増やせば国民が喜ぶだろうという、その発想が、そもそも古い。大きな見当違いであることに、首相以下閣僚どもに気付いて欲しいんですけれどね。多くの大人も子供も、本音じゃあ「GW10連休なんて、正直、大迷惑」と感じているはずです。

それでなくても、一般会社員は「働き方改革」のおかげで、ひと昔前なら当たり前の残業を禁じられ、連日、業務が溜まりまくっているわけです。10連休なんて冗談じゃない!! 仕方なく、経理部にはカウント出来ない自宅仕事とやらを、嫌々やらされていたりね。

可哀想なのは、子供たちも同じです。4月に学年が変わり、新学期が始まったばかり。新しく知り合った担任教師や同級生たちとは、数週間を経て「なんとか慣れてきた」し、部活も本格的に動き出し、各教科で新たに学ぶ単元も、日々、難しくなっていく……状況下で、10日も続けて、学校を休みたくないわけです。

多くの国民の、ネガティブな本音が充満する空気の中で、新令和時代がスタートしました。どっこい、せめてこのコラムだけでも、心から令和天皇の御即位を祝したいものです。

平成時代、皇太子と呼んでいた御方は、私とほぼ同世代、還暦までのカウントダウン、残り〝あと1つ〟の御年齢ですし、若き日々に柏原芳恵チャンの大ファンだったわけで

新天皇が青春時代に愛した(はずの)昭和歌謡について、私が「あーだ、こーだ」記すことは、アッパラパー宰相の外遊と、そもそもの〝かたち〟が異なります。れっきとした陛下への祝辞代わりです。

『涙のジルバ』のバイビー、ああー痛恨の「バッチグー」

昭和歌謡を聴きまくっていると、ちょくちょく歌詞に、今や絶対に使わない、いや、おそらくは使わない、いやいや、ひょっとして誰かがまだ使っているのでは? という日本語と出くわします。いわゆる『死語』と称する言葉ですね。

たとえば高田みづえのヒット曲『涙のジルバ』(1981年7月5日発売/作詞&作曲:松宮恭子)には、行きずりの感覚で知り合った恋人に、振られてしまった。本音は思いっきり泣きじゃくりたいところを、ぐっとこらえ、あえて陽気な素振りを装い、ふさけた調子で「バイビー!!」と発する女性が登場します。

♪~このまま笑ってジルバ いつもの調子でジルバ
   なじみのお店を出たら ふざけた調子でバイビー~♪

ふうむ、バイビー……。

みずえチャンの楽曲は、デビュー曲の『硝子坂』(1977年3月25日発売/作詞:島武実/作曲:宇崎竜童)はもちろん、どれも大好きな私ですけれど、この「バイビー!!」には、正直〝ねぇよなぁー〟と感じます。『涙のジルバ』発売当時、私は大学1年生でしたが、その時点でさえ『バイビー!!」は、いかにもダサかったし、少なくとも私の周りで、そんな挨拶を交わす若者は1人もいませんでした。

どなたか、「私は結構、使ったよ」みたいな声が、ひょっとしてあれば、ゴメンナサイ。職業柄、時代感覚というものに超敏感なはずの、売れっ子作詞家・松宮先生がチョイスした言葉ですから、おそらくどこかの集団なりエリアなりでは、スラング的に流行っていたのでしょう。

『死語』の厄介なのは、〝そういう〟ところでして、長い時代経過と共に、100%、現在、使われない言葉なのか? いえいえ、一般的には廃れた表現でしょうけれど、どっこい、一部の皆さまの間では、「まだまだ日常会話のレベルで使ってるよ~」という言葉なのか? 判断が難しいのです。

一番わかりやすい『死語』は、とある時代にだけ、打ち上げ花火のごとく、ドカ~ンと1発ブームになったものの、早晩、口にするのもはばかられるほど、まるっきり使われなくなる、流行語の類いでしょうか。

じつは苦い経験があります。私は、筆名・花園乱という官能作家の顔も持っておりますが、30年ほど前の私は、毎日のように、現役女子高生たちの日常を取材しておりました。1人、情報源の女の子を捕まえ、彼女にバイト料を払い、常に最新の女子高生データを入手していたのですが、ある時、「いいこと教えてあげようか」と、自慢げに彼女が私に耳打ちしてきたのです。

「まだ全国的には広まってないけどね、そのうち必ず【バッチグー】って言葉が、若い子たちの間で流行るわよ。【バッチリ】+【ベリグー】を縮めた、私たちが考えた流行語なの。ネ、なかなかイケてるでしょ?」

ふむふむ、なるほど【バッチグー】ね。確かに、こりゃ女子高生のスラングとして、大流行しそうだな。さっそく私は、それを、執筆中の長編小説、それも青春エロス系の作品の中に、台詞なり地の文なり、何箇所も取り入れてみたのです。

原稿を書き上げ、担当編集者に見せたところ、案の定、【バッチグー】の箇所で引っかかりました。意味不明だと言うのです。そりゃそうでしょう。私だって、つい先日、初めて聴いた言葉なんですから。事の経過を話し、おそらくこの本が出る頃には、【バッチグー】は女子高生たちの流行語になっているはずで、「【バッチグー】が、この作品の、良い意味でのアクセントになっていて」とかなんとか、編集者を無理やり納得させた記憶があります。

ところが、この作品、長編ですから、書き上げた後も、あちこち直したい箇所が続出し、編集者からのダメ出しもかなりあり、最終の完成原稿にいたるまで、予定よりも大幅に時間がかかってしまったんです。その間に、情報源の彼女の予言どおり、【バッチグー】は、特に関東エリアの現役女子中高生たちの間で、大いに流行りました。

こりゃイケる、イケる!! とほくそ笑むものの、肝心の作品の直しが終わらず、【バッチグー】は、あっという間に飽きられ、『死語』と化しました。そうなると、みっともなくて、もはや小説の中でも使えません。

なまじ【バッチグー】を多用したものですから、その言葉だけ抜き取るだけでは済まず、結局、冒頭からエンディングまで、作品全体を書き直さねばならなくなりまして、どうせ書き直すなら、「いっそのこと、まったく新しいプロット(筋書き)にすべきじゃない?」なんて意見が編集者から飛び出し、じつは私もそう思い始めていたところで……。

私がモタモタするうちに季節が3つ過ぎ去り、その出版元が、突如、青春エロス系のジャンルから撤退することに決まったのです。編集部は解散。担当編集者も会社を去り、「落ち着いたら、連絡しますよ」という電話を最後に、なぜか行方知れずになりました。当時は携帯電話がありませんでしたから、こうなると、もはやアウトです。私とすれば、1冊、書き下ろしの長編小説を出し損なって、幻の【バッチグー】作品となりました。

『女学生』とブルセラ

『女学生』とブルセラ


安達明のヒット曲『女学生』(1964年8月発売/作詞:北村公一/作曲:越部信義)を聴くと、私がブルセラ女子高生を追っかけ回してきた、1980年代後半~90年代半ばぐらいまでの記憶が、鮮明に蘇ってきます。

安達明は、遠藤実門下の1人としてデビュー。2曲めのコレが大ヒットしましてね。甘いマスクのおかげもあって、アイドルとして女性ファンが群がりました。ところが人気絶頂の中、突如、引退してしまいました。理由は不明です。

♪~セーラー服に朝霧が 流れて行った 丘の道
  赤いカバーのラケットを そっと小脇に抱えてた
  君は明るい 君は明るい 女学生~♪

令和の時代に突入する、ずっと前に、女学生もブルセラも『死語』の仲間入り。たいがいの人は、まず口にすることなど、ないでしょうね。

そんなことは百も承知で、でも『女学生』という言葉、ある年代より上の殿方にとっては、いま耳にしても、胸のあたりに甘酸っぱいものがこみ上げてきやしませんか?

私にとっての『ブルセラ』も、同様です。破廉恥だけれど、なかなか憎めない、ユニークなキャラ揃いの少女たちを取材しまくっていた頃が、超多忙ながら、一番興味深かった気がします。

流行語なんてものは、時代の変遷の中で、常に新規の言葉に取って代わります。古い言葉は『死語』扱いされ、簡単に世間から忘れ去られてしまいます。でも私たちの記憶に、胸の奥に、今もなお、決して消えずに遺っているのだとすれば、その言葉は死んでなんかいない!! 時代が平成になろうと、令和になろうと、いつまでも生き続けるのでしょう。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

 

関連記事

メールマガジンの登録

最近の記事

おすすめ記事

昭和歌謡/過去記事