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ロス・インディオス&シルビア

昭和歌謡_其の五十八

「夜の街」には、危険とムード歌謡がよく似合う(後編)

『コモエスタ赤坂』
『別れても好きな人』

コモエスタ赤坂

東京の歓楽街っていうのは、都心だろうが場末だろうが、各店々のネオンが眩しいほど煌々と瞬(またた)いていなきゃ、嘘です。そして、そのネオンにジャストフィットするBGMといえば、ムード歌謡を置いて他にない!! と、私は心底、そう信じて疑いません。

3月から始まった、数ヶ月におよぶ自宅幽閉期間に、腹立ちまぎれ、不貞腐れまぎれに、YOU-TUBEで聴きまくった昭和歌謡は、やはりムード歌謡系有名グループのヒット曲が中心でした。

この期間、TVの歌謡番組は、NHK、民放各局を問わず、大概が、だいぶ前に放映されたプログラムの再放送ばかりでしたけれど、その1つに、八代亜紀が司会を務めるBSの番組がありまして、偶然にもムード歌謡の特集だったのです。ロス・インディオスのリーダー&メインボーカル、棚橋静雄が出演していました。

画面の下に【2019年7月12日放映】とありましたから、ちょうど1年前の映像なのでしょう。棚橋さんは昭和13年生まれですから、現在82歳。いやぁ、お若い!! 歌声も、多少、高音の伸びが弱くはなっていますが、まだまだ現役そのものですね。鍛え上げた喉というのは、やはり〝てぇしたもん〟です。
私が生まれた昭和37年にグループを結成し、6年後(昭和43年)に、カラオケファンでなくてもタイトルぐらいはご存知のはずの、『コモエスタ赤坂』(作詞:西山隆史/作曲:浅野和典)をシングル曲として発売します。

♪~コモエスタ セニョール
コモエスタ セニョリータ
酔いしれてみたいのよ 赤坂の夜
別れた人に 逢えるような
そんな気がして ならないの
それが赤坂 赤坂 デルコラソン~♪

ムード歌謡の代表格とも言える楽曲ですが、番組での棚橋さんの話によれば、これは当時、赤坂に実在した人気ナイトクラブ「エル・ソタノ」のテーマ曲だったそうです。この楽曲を気に入った棚橋さんが、店のオーナーにお願いして、「ウチの新曲として吹き込ませてもらった」とのこと。

シルビア三部作

今年がデビュー58年目にあたる、長いキャリアを誇るロス・インディオス(通称ロス・イン)ですが、若い世代のカラオケファンにまで人気が浸透したのは、なんたって、女性ボーカルにシルヴィアを迎えて、昭和54年の9月に発売した、棚橋さんとのデュエット曲『別れても好きな人』(作詞&作曲:佐々木勉)が、大ブレイク(オリコンチャートは最高4位、レコード売上は90万枚以上)したからでしょう。

♪~別れた人に会った 別れた渋谷で会った
別れた時の同じ 雨の夜だった
傘もささずに原宿 思い出語って赤坂
恋人同士にかえって グラスかたむけた

やっぱり忘れられない 変わらぬ やさしい言葉で
私をつつんでしまう だめよ 弱いから
別れても好きな人  別れても好きな人~♪

ロス・インの歴史は、シルヴィア加入の前後で、大きく変わります。『別れても好きな人』に続き、『それぞれの原宿』(昭和55年12月発売/作詞:中原葉子/作曲:中村泰士)、『うそよ今夜も』(昭和56年7月発売/作詞&作曲:六ツ見茂明)……もヒットします。

上記3曲を、私は勝手に【シルヴィア3部作】と名付けておりまして、『別れても好きな人』よりも、むしろ『それぞれの原宿』のメロディに、昔も今も惹かれているのですよ~。今でも、カラオケの際に相方の女性がいなくても、ちょくちょく1人で唄います。

♪~夕暮れ時と 夜の灯りが 色あざやかに 今すれ違う
もと恋人と いま恋人が 知らん顔して ほら すれ違う
やさしい気持ちさ 気付いているのね
それぞれの理由(わけ) それぞれの人

原宿 表参道 ゆれて 青山通り
原宿 表参道 ゆれて 青山通り~♪

リフレインする【原宿 表参道……】のくだりを、地元の蒲田の駅前(呑み屋)通りに当てはめて、

♪~「黒ちゃん」 呑ん兵衛横丁 ゆれて ピンサロ通り~♪

などと替え歌にして、口ずさんだものです。(「黒ちゃん」の意味は後ほど)

TVの人気歌謡番組に、デビューしたての伊藤つかさ、浜田朱里、三原じゅん子、松本伊代ほか、若い女性アイドルと並んで、ロス・イン(すでにオッサンの棚橋さん&当時21歳のシルヴィア)が出演する機会も、かなり多かったですね。

画面に映し出されるシルヴィアの顔を眺めているうちに、ハズカシクも私、すっかり彼女に魅了されてしまいました。随分と、欲望の妄想ネタにもさせて頂きました。その事実を高校、大学時代の友人、それも数名に語りまくると、失敬にも、たちまち大笑いされ、

「蓼食う虫も好き好きとは言うけれど、まさか、あんなタヌキ顔の年上女(私より4つ上)で勃つなんて、キミは、つくづくブス好みだねぇ」

異口同音に、まぁ、似たような台詞を投げられましたがね。

そのシルヴィアは、どういう経緯があったか? いまだに良く理解できないのですが、ロス・インのメンバーを続けつつ、デュエット相手を菅原洋一に変えて、『アマン』(作詞:杉紀彦/作曲:森田公一)を発売するんですね。これが大ヒットしたことは、カラオケファンなら、皆さん、よくご存知でしょうが、それを機に、シルヴィアはロス・インを脱退し、本格的にソロ歌手としての活動を始めたのですが……。

その後の【活躍】を、あくまで私は、という限定付きですけれど、ほとんど見聞きしませんでした。……平成22年11月28日、肺癌に侵されて、52歳で亡くなったんですよね。ビックリしました。久しぶりにシルヴィアの名前がスポーツ紙の芸能面に、けっこうデカデカと載ったと思えば、急逝の報。

昭和が終わり、平成、令和と変わり、コロナとの共存時代を迎えた現在、正直、ウイルス感染が恐ろしくて、なかなか大好きなカラオケにも、興じる気になれない私ではありますが、

どこかで気持ちに折り合いをつけ、近々、ふたたびマイクを握りしめながら「ムード歌謡を唄いたい!!」……となった時、カラオケマシンに打ち込みたい楽曲は、『コモエスタ赤坂』と『それぞれの原宿』と決めてあります。

その日がいつになるか? 数日後か? それとも年内は、まだ無理か? 自分でもよくわからないのが、正直ナサケナイところなのですが、この原稿を書きながら、改めて私の自意識に濃厚に絡みついてくる記憶は、大学時代の数年間、明らかにシルヴィアの歌唱姿に欲情した!! という事実です。

逃避行未遂

合わせて、これは妄想でも何でもなく、ハッキリと現実に起きた出来事なのですが、ちょうどシルヴィアに【萌え】ていたのと同時期……、今から38年前になりましょうか、あまりにも彼女と良く似た、年上の女と、逃避行を図り損なった、……という【大事件】があったことを、嫌でも思い出すのです。

11月6日生まれの私が、二十歳になったばかりの頃、蒲田の駅前にあった居酒屋「黒ちゃん」の雇われママに、「ようやく大人になれたわね。おめでとう。その、お祝いに」と、100%カシミア布地のマフラーをプレゼントされたのです。それだけでも舞い上がってしまう私を、ママは晩秋の海に誘ったのでした。

「ねぇ、急でゴメンだけど、明日、……2人きりで、誰もいなくなった海を見に行かない?」

私の生まれ育った蒲田の街には、昔も今も国鉄(現在のJR)に並行し、京急線が走っていまして、京急蒲田駅から三浦海岸までは、乗換なしの一直線、ジャスト1時間で「行けちゃう!!」んですよ。

当時はまだワタクシ、童貞も童貞、ほっぺにチュッ程度の、【かすりキス】すら未経験でしたからね。そりゃ目一杯、全身の血が滾(たぎ)りましたよ~。滾りすぎて、ここじゃあ書けないほど、アソコだって痛いほどに。

でも、この心理は幼くして百戦錬磨の、当メルマガの主宰者には、100%解ってもらえないでしょうが、期待より不安、不安より恐怖が先に立ってしまい、つまりは、せっかくのママの誘いを、もったいなくも放棄してしまったのです。

数週間ほど「黒ちゃん」には、足を向けられませんでした。どうママと接したら良いか? 謝るべきなのか? 開き直るべきなのか? 童貞だからこそ、はなはだ余計な、くっだらねぇことを頭の中だけで考えまくりましてね。

けれど、やっぱりどうしてもママに会いたくなり、すでに暦は師走……も半ば過ぎていましたか? 「黒ちゃん」の入ったビルの前まで行くと、なぜか看板が表に出ていません。嫌な予感が走りつつ、店に続く地下への階段を降りると、「黒ちゃん」のドアが開けっ放しで、でも営業している風には思えない。なんとも「危険」な空気が、店外にも漂っていましてね。

ひょっこり店内を窺えば、そこには、風貌も服装も、明らかにヤクザ系のお兄さんが数人、怖い顔して居並んでおりまして。どうやらママは、店の売上金を無断でごっそり持ち出したまま、夜逃げしてしまった!! らしいのです。

「おい、若けぇの、お前……、ここのママ、どうしたか知ってるか?」

今でも忘れられません、この台詞。その時の私を、眼光だけで射抜くほど、それこそションベンちびりそうな迫力で睨みつけ、地を這うほど低くドスの利いた声。

私はなんと答えたのか? さすがに覚えていませんが──、とにかく「黒ちゃん」が、とんでもなくヤバイ状況に陥ったこと。自分は一刻も早く、この場を立ち去らなきゃいけないこと。それだけは理解できましたので、きっとまぁ、適当なことを口走って、「ママとは一切、関係ない!!」と主張したのでしょう。

わが家の近くまで猛ダッシュで逃げてきて、もう大丈夫だろうと、ホッとした瞬間、首に巻いてあったはずのマフラーがない!! ことに気づきました。ママにもらったカシミアのマフラー。どこかに落としてしまったのでしょうか?ひょっとして、「黒ちゃん」の店内に置き忘れたかも?

都会の街は、昔も今も、かように「危険」に満ちております。それは【そのとおり!!】ではありましょうが、「危険」だから面白いんですよ。「危険」だから人間が成長できる──のです。

ケミカル系保存料に漬けこまれた生肉は、数週間、冷蔵庫に眠らせておいても腐りません。その意味では「安全」ですが、化学物質である保存料を摂取しすぎると、人間の生体機能が壊れます。人間が人間でいられなくなります。

3密回避、ソーシャルディスタンス、真夏の炎天下でもマスク着用、どれもが、確かに【そう】すりゃあ「安全」でしょうが、ほどほどにしておかないと、人間が人間でいられなくなります。

この夏、まず間違いなく、有名人の誰かが、マスク着用のままジョギングなどを行い、熱中症で倒れますよ。最悪、死に……ます。コロナ共存時代の「新しい生活様式」は、すでに人間の生体機能が許容し得るキャパを、軽く飛び超えてしまっていましょう。

とはいうものの、コロナウイルスは、コンチクショウなほど「怖い!!」です。加えて「しつこい!!」です。「夜の街」にはびこる、あまたの「危険」とは明らかに異なり、若気の至りでビビったり冷や汗かいたり、退散の方便を思案する……ヒマもなく、下手すりゃ、数日で死んじゃうかも?です。いえ、死ぬのは【若気の至り】の側じゃなく、ウイルスを移された側の、特に年寄りね。

恋人たちの危険球

ここまで書き終えた、まさにそのタイミングに、目の前に置かれた、ずっと点けっぱなしのTV画面の向こう側で、番組の司会者が、視聴者のこんな手紙を読み上げました。

「2年ほど前から交際している彼女が、県外に住んでいて、4ヶ月ぶりに『会いたい!!』と言われたのですが、正直、コロナ感染が怖いです。会っても大丈夫でしょうか?」

匿名希望の25歳の会社員だそうですが、私は呆れました。コロナ感染渦の世の中は、ついに、こんなチンケな悩みを、それもイッチョマエのはずの大人が、洒落でも冗談でもなしに発せざるを得ないほど、【おかしく】なってしまったのか? しかし、さらに異常だったのが、番組にリモート出演していた感染症専門のドクターの、質問者への回答です。

「それは危険ですよ。久しぶりに恋人同士が会えば、3密どころか、もっと激しい濃厚接触も避けられぬはずでしょうから、感染リスクの高さは否めません。ぜひ、いま流行りのリモートに切り替えて、コロナ共存時代の新しいデートを楽しんで下さい」

性に目覚めたばかりのガキじゃあるまいし、マトモな性衝動の大人の男女が、それも4ヶ月ぶりのデートにも関わらず、リモート画面越しに「オナニーを見せ合え!!」とでも言うのでしょうか?

わずか半年前なら、100%あり得ない言動が、今や、ごく普通の【当たり前】のことになりました。

こんなご時世じゃ、青春真っ盛りの若者、それも男性諸君に、「夜の街」の「危険」を通して、せいぜい「人生修業に励みなさい!!」などと、うっかり口走ることも叶いません。

死ぬこと以外 かすり傷だが
かすりキスにて 虫の息

前々回のコラムの中でも使わせてもらった、名【台詞】です。ネットで見つけた「詠み人知らず」の惹句(川柳? コピー?)のようですが、私は座右の銘にしたいぐらいに、気に入っています。

それでも「かすりキス」を求めて、「夜の街」を彷徨うキミ!! 日本男児たるもの、そうでなくちゃ面白くない。ベリグー!! 健闘を祈る。

でも、俺には当分、近寄らないでね^^;。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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