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南佳孝のサウンド(前編)

昭和歌謡_其の97

♪~ウォーンチュ 俺の肩を~♪

 『スローなブギにしてくれ』
by 南佳孝

 

不遇なプロデューサー

 前回2回ほど太田裕美の楽曲『九月の雨』と『ドール』を紹介し、両曲の作詞を担当した、〝超〟の付く売れっ子クリエーターの松本隆〝大〟先生の話を、あーだこーだ勝手に、それも長々と書かせてもらったわけですが。

 数日前、東京新聞の朝刊を読んでいて、田家秀樹さんが連載している「80年代ノート」というコラムに、たまたま松本隆がらみで、私が知らない実に興味深いエピソードを披露してくれていました。田家さんといやぁ、ベテラン音楽評論家として著名も著名、特にPOPS系の昭和歌謡史を語らせたら、私ごときの屁垂れなウンチクもどきなんざ、軽く吹き飛ばされちまうほどの豊富な見識かつ実績があります。

で……、松本隆は、昭和40年代なかば活躍した、伝説の和製ロックバンド「はっぴいえんど」のドラマー兼作詞家だったのですが、昭和48年9月のバンド解散以降、本音では、仲間の同年代のミュージシャンや後輩ミュージシャンのアルバム制作など、プロデューサーとして「生きていく!」のが望みだった……ようなのです。ということは、みずからも〝そちら〟の才覚に「長けている!」との自覚があったはずでしょうね。

ところが松本が手掛けたアルバムはどれも、業界の玄人筋には大受けするものの、セールス的に少しも当たらない。そのうち所属していた音楽事務所も無くなるという、生活上の理由があって、まぁ「しょうがねぇなぁ、ブツブツ……」という感覚で、作詞家稼業に専念することにした、……んですって。

いやはや、まさに人に歴史あり!ですね。もし彼が当時手掛けたアルバムが売れに売れて、敏腕プロデューサーとして君臨してしまえば、太田裕美の『木綿のハンカチーフ』や松田聖子の『赤いスイートピー』も、マッチこと近藤真彦の『スニーカーぶる~す』も、作詞家・松本隆作品は、この世に生まれ出なかったかも? しれないのですからね。

でも、不遇?なプロデューサー生活の中で、南佳孝に狙いを付けた嗅覚は、私が褒めるのもナンですが「さすが!」であり「お見事!」でしょう。昭和48年に『摩天楼のヒロイン』というアルバムの制作を行い、発売しています。ほとんど一般受けしない、つまりは「売れない!」現実が待ち受けていたわけですが、音楽業界のみならず、マスコミ関係者の一部には、実に実に刺激的で魅力あふれる楽曲群! だったのです。

「小」洒落たテイスト

南佳孝……、昭和歌謡史において、様々な音楽雑誌に「都会的で洗練されたシティ・ポップスの帝王」のような扱いで語られることがありますが、あくまで私の感覚なりの評価では、彼の音楽は、ちょいと〝それ〟とは毛色が異なりましょう。

都会的というよりは、アメリカの西海岸、いや、もっと南の方面かな? キューバ辺りの中南米の空気感みたいなのもチラチラと……。ま、何処にせよ、私は実際に行ったことがないので、あくまで空想、妄想の中のイメージに過ぎませんが、仮に都会的=ニューヨークと定義するならば、まったくもって見当違いもイイところ! 曲調のテイストが「ぜーんぜん違う!」ことになります。

南のサウンドには、多くの楽曲において、海の香りや音、潮の匂い、加えてビーチを訪れる人々の汗のしょっぱさ、みたいなものがにじみます。アロハシャツが似合う世界、って言いましょうか。その意味で、シティ・ポップスの必須条件であるはずの「洗練された」イメージとは、似て非なる印象……、私的には、メチャメチャ人間臭いテイストに感じるんですけれどね。

私は彼の楽曲が好きでしてね。同じ大田区の生まれ育ちだっていう理由も、結構な部分ありますけれど(笑)、とにかくメロディラインが小洒落ています。この洒落に「小」が付くところがミソでして、メチャメチャ気取ったお洒落ではないのです。

あくまで「小」です。ちょこっと洒落ている。それでいて、音創りの根幹に、……ううむ表現が難しいのだけれど、〝そこはかとなく〟、でも〝しっかり〟と、生きている人間の皮膚の感覚、体温……、汗や涙や吐息が感じられる、と言いましょうか。

まぁ、そんなサウンドって、昭和50年代なかばの、日本のPOPS系の歌謡曲では、まず存在しなかった! はずです。

私とまったく同じ感覚だったのかどうか? は存じ上げませんけれど、天下の(当時は)角川書店の二代目社長、「泣く子も黙る」角川春樹が、アルバム『摩天楼のヒロイン』をえらく気に入った! ……という経緯もあってか、角川文庫でリリースする片岡義男の短編集、『スローなブギにしてくれ』の映画化に際し、「主題歌を南佳孝に唄わせる」という方針を、おそらくは鶴の一声で決めたのでしょう。

嗚呼、片岡義男! いやぁ、懐かしい作家の名前です。当時、高校から大学にかけての年頃だった私は彼の作品にハマりまくりまして、出る文庫、出る文庫、片っ端から読みふけりました。

片岡先生も現在、御年83になられたんですね。お父上がGHQ関連の仕事をされていた影響で、小・中学生の頃からアメリカのペーパーバックスを強い興味を寄せ、同じくアメリカのポップスを聴きまくったそうです。早稲田大学時代に『ミステリーマガジン」などに雑文を書き始め、アメリカのミステリーを紹介したり、みずから翻訳したり、もしたのでしょう。片岡義男の作品群の、一種、独特な翻訳調の文体は、高校生だった私ら世代には、とても新鮮な刺激を与えてくれました。

タイトルのどれもこれも、海外のハードボイルド小説っぽい〝気障な〟気分をモゾモゾさせてくれるものばかりで、『スローなブギにしてくれ』、『ロンサム・カウボーイ』、『トウキョウベイ・ブルース』、『人生は野菜スープ』、『ボビーに首ったけ』、『いい旅を、と誰もが言った』などなど……。こうして当時、ベストセラーになるほど売れまくった作品のタイトルを列記するだけで、当時の私自身の屁垂れな青春の日常が、オハズカシクも蘇って来るのです。

片岡義男の作風の、じつにけったいなところは、タイトルが〝こんな〟感じで格好付けているクセに、内容は……となると、意外にベタな若い男女の「くっついたり」「離れたり」の日常を描いたものが多んですね。おまけに登場人物の多くが、いわゆるエリートじゃない。むしろ逆、世間じゃマトモに扱われないような連中が、何故か好んで描かれます。

そしてまた、当時は珍しかったはずのサーフィンバーだのプールバー(洒落たビリヤード場)、アメ車専門のディーラー、マクドナルドではない「本格的アメリカン・ハンバーガーを喰わせる」カフェバーなど、まだ未成年だった私が観たことも聴いたこともない、「きっと洒落めかして気取った野郎どもが、たむろっているだろうなぁ」と、勝手に妄想するしかないような店々が次々と登場するのですが、……それらの店が「ある」場所が、湾岸ベリエリアではあっても、何故か川崎や鶴見のはずれ、100%お洒落ではない! いや、むしろ、普通ならわざわざ近寄ったりしない街並みだったりするのです。

いわゆる洒落た都会のド真ん中、それこそ松本隆が生まれ育った東京の山の手エリアは、まず描かれないんですね。それがね、東京の南の外れの蒲田育ちの私には、実に嬉しくて、ですね。

タイトルは失念しちまいましたが、鶴見のはずれ辺りにあるサーフィンバーを、たまたまフラリと訪れた若い男が主人公の短編小説がありました。カウンターだけの店なんですけれど、そのカウンターの形状が奇妙な曲線を描いていて、主人公にはその意味が判らない。マスターに教わると、サーファーだったら誰でも好む「最高にイカす波の状態を、そのままカウンターにしてみたんだ」そうな。で、「お客さんが座ったその位置が、中でも最もイカすスポットなんだよね」……と。

記憶力の出来が、ドが付くほど悪い私のことですから、あくまでうろ覚えによる勝手なストーリーの再現です。……店の隅に、10円玉を入れて通話をする電話機が一台ありましてね。そこへ、何度も何度も電話がかかって来ます。マスターはもちろん、常連客はみな、何故か電話を無視します。でも、あまりに頻繁にかかって来るので、主人公が電話に出ようとすると、マスターに「きっとまた○○だから、出なくてイイんだよ」と、ある女の名前を口にします。言われるとますます気になる主人公が、「やめとけ」という忠告を無視して電話に出ると、いきなり酒かシンナーでラリった若い声の女が、「てめぇー、なんで早く出ねぇーんだよ、バッキャロー! アタシは今日こそ死んでやるからね。後悔したって知らねぇぞ!」とかなんとか、大声でやたらわめいてる。たまげて電話を切ると、マスターや常連客は、「だろ? だから、やめとけって」と笑う。

ようやく状況を飲み込んだ主人公は、かえって女に強い興味をいだき、その後も何度もかかって来る電話に、あえて出てみては、人生相談のつもりで話を聴いてやることにします。「そんなの、聴いてやったって無駄さ。ラリりゃあ、いつもこうなるんだ。頭がイカレちまってんだから」……という周囲の声も聞き流し、主人公は、わめいては切れ、わめいては切れる電話に、何度も出ては話しかけます。そのうち女は泣きじゃくりながら「迎えに来てよ~!」と懇願します。「どこへ?」と訊いても、「よくわかんない」と。でも、周囲の様子から、そこが羽田空港そばの、大きな鳥居じゃないか! と推理し、迎えに行くことにするんですね。マスターに「アンタもモノ好きだねぇ」とからかわれつつ。

主人公だって、それなりに酔っ払ってるはずです。……が、バイクを飛ばして迎えに行くのです。平成キッズなら、即刻「それって飲酒運転じゃん!」などと眉間にシワを寄せて怒りまくるでしょうが。昭和時代は良い意味で、そういうところは緩いのです。刑事ドラマで犯人を追う刑事が車に乗り込むと、真っ先にシートベルトを締める。そう描かないと世間から猛烈なバッシングを受ける。〝そんな〟野暮な時代には描けない世界、人間模様が、片岡義男をはじめ、昭和時代の作家の作品には、当たり前に描かれるのです。

大鳥居までバイクを飛ばしてくると、そばにある公衆電話ボックスの中で、涙で顔がぐちょぐちょの若い女が、受話器をつかんだまま居眠りしている。起こすと、寝ぼけ眼で女が「ホ、ホントに迎えに来てくれたの?」「ああ。……さ、話の続きはどうなった? 僕が聴いてあげるよ」

そんな結末だったんじゃないかしら? 全然違ってたらゴメンナサイ^^;。

つまりね、私にとっての片岡義男の評価は、ですね……。南佳孝とまったくもって同じく、作風のテイストはたしかに洒落てはいますけれど、決して「メチャメチャ」お洒落なわけでなく、あくまで頭に「小」が付く小洒落た感覚なのです。

だからってこともあって、片岡義男と南佳孝のカップリングは、「小」洒落たテイスト同士、私にとってはまさしく「ぴったんこ!」な相性でありましてね。さすが鬼才・角川春樹の嗅覚の鋭さに、今更ながら感服させられます。

スローなブギにしてくれ

片岡が初めて角川文庫で出版した短編集『スローなブギにしてくれ』は、昭和51年2月に初版が発売されますが、これは売れなかったようですね。……で、斬新なリニューアル、忘れもしない、真っ赤な地の紙にアメリカンテイストの写真を載せた表紙に創り替えて、昭和54年6月に発売し直すんですね。これがバカ当たりしました。私が読みふけったのも、このリニューアル版です。

そして映画化が決まり、昭和56年3月7日に公開。

製作:角川春樹/監督:藤田敏八/脚本:内田栄一/主演:浅野温子、古尾谷雅人、山崎努、竹田かほり/主題歌『スローなブギにしてくれ (I want you)』

映画版の『スローなブギにしてくれ』に関しては、まぁ、言いたいことがたくさんありましてね。日活出身のビンパチこと藤田敏八は、梶芽衣子を起用した『野良猫ロック』シリーズや『八月の濡れた砂』、秋吉久美子主演の『バージンブルース』などを撮った監督ですが、場末町に住まう〝すれっからし〟で欲求不満な若者の情動、衝動を、過剰に暴発させる! ようなストーリー展開が得意……なんですけれど、少なくとも〝この〟作品に関しては、ビンパチの作風が仇になった、としか思えません。

片岡義男の作品には、前記した通り、タイトルが気取っているわりに、登場人物のキャラは〝すれっからし〟だったり、物語の舞台になる場所が場末町だったりする……けれど、だからって「ダサく」はないんですね。最低限「小」の付くお洒落感が、作品全体に保たれなけりゃ、それはもう片岡テイストじゃない! 観客は、ただただ辛気クサくて貧乏クサい話を見せられるだけ、になります。

そもそも主演に浅野温子を起用したのが最大のミステイクで、もうね、彼女が演じる女の言動、および周囲の連中どもの貧乏クサさがたまらなく嫌で、映画館で観ていて途中で席を立ちたくなったほどです。ちなみに浅野は、私と同じく蒲田&隣町の中学の出身ですがね。

でも……、この映画のヒットは主題歌です。主題歌〝だけ〟は、じつにじつにベリグーでした! 昭和56年1月21日発売。作曲を南佳孝が手掛け、自身で唄っています。作詞は、またしても松本隆です。

最近(といっても11年前)の歌唱は、こちら

片岡義男の「小」洒落たテイストと、南佳孝の紡いだメロディの「小」洒落たテイストが、まさにドンピシャリ! 見事すぎるほどのカップリングでした。プロデューサーの角川春樹が、はなから〝この〟結果を想定して主題歌を南佳孝に依頼した……のだとしたら、やはり〝天下〟の〝鬼才〟の腕前はオソルベシとしか言いようがありません。

これを初めて聴いた時の衝撃は忘れられません。なにしろいきなり ♪~ウォーンチュ~♪ ですからね。それに、タイトル通りの、みょうに耳に心地よい、ゆ~ったりとスローテンポなブギウギのサウンドテイスト。こんな「小」洒落た歌謡曲は、ニューミュージックが流行りだした昭和50年代後半の音楽シーンにおいて、他に例を見ないでしょう。

南佳孝は、この2年前、昭和55年4月21日発売で『モンロー・ウォーク』(作詞:来生えつこ/作曲:南佳孝))を歌唱しています。

そこそこ売れましたが、一般的な認知では、おそらくその8ヶ月後(昭和55年1月21日)に郷ひろみが歌唱したシングル『セクシー・ユー』じゃないでしょうか。

タイトルや歌詞の一部が原曲と異なることについて、当時さまざま大人の事情とやらがあったんですって。この件は、結構面倒ッチーので今回省きます。スミマセン。

『セクシー・ユー』は、やはり超の付くスターアイドル出身! の郷ひろみの楽曲ですからね、当たり前にヒットしましたけれど、作曲をした南佳孝の存在は、まだまだ一般的に知られちゃいませんでした。

あくまで歌手としての南佳孝のブレイクは、『スローなブギにしてくれ』の大ヒットです。この歌唱によって、一般的なリスナーにも広く、その存在が知れ渡りました。

♪~Want you 俺の肩を抱きしめてくれ
生き急いだ男の夢を憐れんで
Want you 焦らずに知り合いたいね
マッチひとつ摺って顔を見せてくれ

人生はゲーム 誰も自分を
愛しているだけの悲しいゲームさ

Want you 弱いとこを見せちまったね
強いジンのせいさ おまえが欲しい

人生はゲーム 互いの傷を
慰め合えれば 答えはいらない

Want you 俺の肩を抱きしめてくれ
理由なんかないさ おまえが欲しい
おまえが欲しい~♪

南佳孝のサウンドが大好きな私が、皆さんに紹介したい曲は、他にもありましてね。とあるヤクザ映画の主題歌に、これまたドンピシャ! な楽曲があるのです。

次回、引き続き、南佳孝の魅力について書かせていただきましょう。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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