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太田裕美 その2

昭和歌謡_其の96

♪~心がないから セルロイド~♪
東京っ子が描いた、妄想の横浜情話

 『ドール』

by 太田裕美

『ビューティフル・ヨコハマ』

by 平山みき

歌は町につれ

前回に引き続き、もう1曲だけ、太田裕美の楽曲を紹介させてもらいましょう。

ただ今回の楽曲は、『九月の雨』ほど皆さんに知られていない?……んじゃないでしょうか。タイトルが『ドール』(昭和53年7月1日発売)って言うんですけどね。ま、さして売れなかったって証拠でしょうが。

この楽曲も、『九月の雨』同様、歌詞を松本隆が書き、曲を筒美京平が書いてます。

東京の、それも大都会のド真ん中に生まれ育った2人が、さほど遠い距離じゃない! とは言いつつ、明らかに【東京】とは異なる文化と巷の空気を醸し出す、【横浜】を舞台に作品を創り上げた訳ですが……。同じ失恋女性の哀感を描きつつ、ううむ、〝なぜか〟なのか? 〝やっぱり〟なのか? 楽曲を聴いた時の印象はたまげるほど違います。

これが歌謡曲の特性、いや流行歌の、と言い換えましょうか、……実に興味深いところでしてね。俗に「歌は世につれ、世は歌につれ」てなことを申しますけれど、ついでに1つ加えるなら「歌は(歌詞に登場する)町につれ」……なんですね。

たとえばムード歌謡の女王と称された青江三奈の大ヒット曲に、『長崎ブルース』(昭和43年7月5日発売/作詞:吉川静夫/作曲:渡久地政信)がありますが、ちょうど1年後には同じく大ヒットの『池袋の夜』(昭和44年7月1日発売/作詞:吉川静夫/作曲:渡久地政信)を世に送り出します。両者ともメロディを渡久地政信が書き、ムード歌謡として成立させる条件である「大人の男女の色恋模様」が歌詞に描かれています。

曲調も〝いかにも〟のムード歌謡っぽい雰囲気がたっぷり! でありながら、ご当地ソングとしてお決まりの、地元で有名な地名や呑み屋街の名称やらが歌詞にインサートされてしまうと、1曲まるまる聴いた時の印象……、ふわりと浮かび上がる、リスナーの想像、妄想も絡めた「目に浮かぶ情景」は、まるっきり〝別物〟になってしまうのです。

つーわけで、今回は、先に『ドール』の歌詞を載せてしまいます。

♪~プイと横向いて 出て行ったきり
あなた夜明けまで 帰らなかった
窓の人形を話相手に 一生結婚はしないと誓う

大きくなったら何になる?  花嫁よ
葉っぱのお皿 木の実のお椀
ままごと遊びの日は 帰らない

横浜生まれのセルロイド
心がないからセルロイド

名字も変えずに 暮らした部屋で
涙で瞳が 青く染まった
Doll Doll Doll よこはま・どーる~♪

横浜が舞台で、タイトルも『ドール』と来なさったから、嗚呼なるほど「だからセルロイドなのね!」と、すぐにピンと来る方は、おそらくは、私同様、昭和のど真ん中の時代に子供だったご年配の皆さんでしょうね。『青い目をしたお人形』(大正10年発売/作詞:野口雨情/作曲:本居長世)っていう有名な童謡がありました。平成世代は、メロディはおろか、この楽曲の存在自体、知らない確率が高いですが。

 

♪~青い眼をした お人形は
アメリカ生れのセルロイド
日本の港へついたとき 一杯涙をうかべてた
「わたしは言葉がわからない
迷子になつたら なんとしょう」

やさしい日本の嬢(じょう)ちやんよ
仲よく遊んでやっとくれ
仲よく遊んでやっとくれ~♪

歌詞のどこにも、人形が着いた港が「横浜だ」とは明記されていませんけれど、はるか大昔に、人形の碑が横浜の山下公園に建てられている〝事実〟もあって、ま、関東圏で生活をしている人間の、ごくごく常識のレベルで、「青い目をした」「セルロイドのお人形」は、日本全国に港町は多けれど、横浜のご当地ソングの代表格になっている……んですね。

前回書かせてもらった通り、松本隆は生粋の東京っ子! それも骨の髄まで〝大〟都会人でありましてね。東京の都心部の光景なら、おそらくは目を瞑ってたって「ここが○○」「あそこが△△」と、住所地名はもちろんのこと、その名称の変遷やら、通りの名前、川の名前、公園の名前、ビルの名前、店舗の名前……やらが、思考の中、記憶の中に棲み着いてしまっていましょう。

だからこそ、彼が歌詞を書いた『東京ららばい』に出てくる、♪~午前三時の東京ベイは~♪ の「東京ベイ」は、都会に憧れる田舎者が、格好つけてそう称するのとは次元が異なり、松本先生の感覚じゃ、歌詞に東京湾を取り上げるなら、当たり前に「東京ベイ」でなくては気持ち悪い! ……んじゃないですかね。

同じ東京っ子でありながら、場末町育ちの私の感覚は真逆です。この楽曲の大ヒット当時の本音じゃ、東京湾は……どう逆立ちしたって東京湾でしかなかったです。それも、大昔には海苔の名産地であったはずの羽田から大森エリアの東京湾は、(当時は)水質汚染が極度に進み、海苔の養殖なんざ出来ようはずもない! 現実もあって、中原理恵が ♪~午前三時の東京ベイは~♪ と熱唱するのを聴かされるたびに、「フン、なぁにが東京ベイだ!」とブツクサ文句を吐き捨てたいくらいに気持ち悪い! でした。

ま、そんな前提を引きずらせつつ、横浜が舞台の『ドール』の歌詞を読んで行きますとね、前回の『九月の雨』の歌詞の随所にひたひたと滲み出る、〝その町〟に生活する主人公の言動のリアリティというものが、『ドール』には欠片もない! と言い切ってしまうとミモフタモナイですけれど、あくまで物書きが勝手に横浜界隈をイメージし、地元の資料なんぞを参考に、要はオツムの中の働きだけで歌詞を書き上げてしまったような、……そんな印象を、私は強く抱くのです。

ま、あくまで私の、それこそ勝手な推測、妄想ですよ。間違っていたら、ゴメンナサイ、松本先生。

先に謝った上で、もう少し〝ツッコませて〟もらえば、横浜を舞台に、『九月の雨』同様、恋人だと信じていた男の裏切り、別離をテーマにした歌詞を要求された時に、横浜のご当地ソングといやぁ、古き時代の童謡じゃあ『赤い靴』と『青い目をしたお人形』がある。歌謡曲の世界で人形といやぁ、弘田三枝子の看板ソング『人形の家』(昭和44年7月1日発売/作詞:なかにし礼/作曲:川口真)がある。

お互いが惚れて暮らし始めた「愛の巣」なのに、時が流れりゃ私だけ1人ぽっち、部屋の隅に置き去りにされて、とっくの昔に自分の存在など恋人に忘れ去られてしまい、その姿はまるで ♪~ほこりにまみれた 人形みたい 愛されて 捨てられて 忘れられた~♪ である、と。

最初からそのつもりだったか? 思案の末にたどり着いたコンセプトだったか? は知りませんけれど、「横浜」と『青い目をしたお人形』と『人形の家』という、いわば落語の世界でいうところの三題噺のごとく、姑息な発想ででっち上げた歌詞が『ドール』なのではないか? と、今回、改めてこの楽曲とちょいとタイトに向き合ってみた結果、私はそう感じたのです。

不肖ワタクシは、花園乱という官能作家です(でした)もので、編集部から「今回はこのテーマで」と命じられて、おおよそ400字詰め原稿用紙×30枚の短編小説を書くわけです。その際、与えられたテーマを聴いて、即座に「あっ、今回はこんな情景で行ける!」と閃いた時は、当然ながら執筆もスムーズですし、その情景が事前に私の意識にリアルに定着しますから、ストーリー展開も上手く転がるものです。

ところが、時折どう逆立ちしても与えられたテーマから何一つリアルな情景もイメージも浮かばず、締切ばかりが近づくという状況が訪れるものでして、そうなると、とりあえず作品に使えそうなネタをどこかで拾い、無理やり何らリアリティも感じられぬ、頭でっかちなストーリー展開で、何とか30枚、エンドマークを付ける、……ことになります。

確かに締め切りには間に合いますけれど、書いている本人が「こんなモンで大丈夫か?」と意識下に?マークをいくつも飛ばしつつ、さして面白くもなく、エナジーを注ぐこともなく〝でっち上げた〟作品ですから、そりゃあもう、読者はエライ迷惑ですよね^^;。

なかにし礼が歌詞を書いた『人形の家』では、恋人に捨てられた女を、あくまで「人形みたい」にとどめているところを、『ドール』では人形そのもの、それも自分で自分のことを ♪~心がないからセルロイド~♪ と認めてしまう、哀れな主人公を設定した! このアイデアは、さすが、松本先生! と素直にそう思います。

平成ポップス隆盛時代になりゃ、陳腐というか、べつに目新しい発想じゃなくなりますが、昭和53年当時の歌謡曲の世界で、歌詞の主人公=セルロイドは、かなりドッキリ! させられたものです。特に太田裕美はアイドル歌手出身ですからね。「セルロイド人形」の悲哀は、落ち目になったアイドルのそれと見事にリンクしますからね。

とはいうものの、……やはり頭でっかちなコンセプトである事実は、拭えないものがあります。

松本隆クラスの超の付く売れっ子作詞家でなけりゃ、ひょっとして没にされてもおかしくないんじゃね? という気もします。

唄い出しの ♪~プイと横向いて 出て行ったきり あなた夜明けまで 帰らなかった~♪ の部分はベリグーなのです。問題はその次の歌詞ですね。

♪~窓の人形を話相手に~♪ ……ほんのちょっと愚痴らせて、その後は主人公の心情描写であるとか、部屋の外=横浜の港の情景なんぞに、リスナーの関心を移してくれるとありがたいのだけれど、何を血迷ったか、人形に向かって ♪~一生結婚はしないと誓う~♪ と辛い宣言をさせちまった……わけですよ~、松本先生は。

そうなると、主人公はおのずと、まだ幼かった自分が、ままごと遊びの中で「○○クンのお嫁さんになる~!」などと無邪気にはしゃいでいた〝あの頃〟を想い出してしまい、

♪~大きくなったら何になる?  花嫁よ
葉っぱのお皿 木の実のお椀
ままごと遊びの日は 帰らない~♪

恋人が不在の愛の巣で、人形相手にブツブツ、メソメソ、陰々滅々、一人寂しく「おままごと」をする。この展開が、まぁ、なんともダサイでしょ! 売れ線のポップスの歌詞として、まったくもって「あり得ねぇんじゃね?」と。

人形と気付いてしまった女は、開き直ったかのごとく、自嘲気味にみずからを、どうせ「心がないセルロイド」とつぶやく。──この部分のメロディだけ、長調(メジャーキー)に転じさせるところなんざ、まさに音の魔術師、筒美京平先生の真骨頂でして。明るげな様子で同じフレーズが2回繰り返されることにより、かえって主人公の胸の内のネガティブな情動が、もはや〝いっぱいいっぱい〟であることを、リスナーは知ることになるわけです。

筒美京平の恐るべきところは、いったん自分が引き受けた楽曲ならば、絶対に「売れ線のポップスに仕立てる!」と常に自分に強く課している、……ところです。具体的なタイトルは明かしませんが、こんなヘンテコな歌詞に、よくもまぁ、こんな素晴らしいメロディを付けたな、と呆れながら感心させられるケースは、かなり多く実在します。

『ドール』の歌詞をヘンテコと称しては、本気で松本先生に叱られそうですけれど、ひょっとして松本先生は、あくまで確信犯で、「ままごと遊び」をするセルロイド人形同然の主人公の姿を、当時すでにスター歌手としてブレイクしている太田裕美に唄わせたかった! のかも? 知れませんが……。

事実はどうあれ、『九月の雨』のように歌詞もメロディも、まさにがっぷり四つ! 巨匠同士の作品がジャストフィットした、都会派ポップスのお手本……と比べると、あえて残念ながらと書かせてもらいますが、松本の歌詞は、随分と筒美サウンドに助けられていましょう。

「おままごと」などというダサイ印象の方向に走る歌詞を、飛び抜けてセンスがGOODのメロディと、斬新きわまりない編曲の手腕で、ちゃんと「売れ線のポップスに仕立てる!」手腕は、歌謡曲の作曲家多しといえども、筒美京平の独壇場じゃないですかね。

特に前奏……、歌詞の「おままごと」と「セルロイド」を彷彿とさせる、玩具のピアノの音色で、音域がせわしく小刻みに上がったり下がったりします。これはおそらくテクノサウンドを意識したのでは? あくまで想像ですが。当時はまだYMOやジューシーフルーツ、ヒカシューなど、コンピューターで作成した電子音楽を売りにするバンドが登場する〝前夜〟ですから、あくまで実験的な試みになりましょうが、テクノサウンドを模した玩具のピアノの音色が、血も心も通わない「セルロイド人形」にふさわしいとの判断で。

『ドール』の発売時、同業者の作曲家は単純にたまげたそうです。歌謡曲の前奏に「まさか玩具のピアノの音色を用いるなんて!」と。筒美先生の、してやったりという笑みが想像できます。

メロディ本編もまた、『九月の雨』同様、歌唱力抜群な太田裕美の楽曲〝だからこそ〟の、かなり難度の高いフレーズを用意しています。

前記した通り、♪~横浜生まれのセルロイド 心がないからセルロイド~♪ で、いったん明るいメロディに転じさせておいて、……次の ♪~名字も変えずに 暮らした部屋で~♪ で、元の短調(マイナーキー)に戻りますが、「名字も」と「変えずに」で2回ほど音がスーッと跳ね上がります。続く ♪~暮らした部屋で~♪ で、みたび音がスーッと跳ね上がり、その「で」の音がハイキー(一番高い音)だと思わせておいて、……お次の ♪~なみだで~♪ の「み」の音が、「で」よりもさらに1音高い! のです。

しかも、これで終わりません。筒美先生は、太田裕美の才能を信じているからこそ、トドメとばかりに ♪~Doll Doll Doll~♪ の直後の ♪~よこはま・ど~る~♪ の「は」および「ま」の音を一気にピン! とハイキーに設定します。

いやぁ、この高さの音を、ファルセット(裏声)ではなく、地声で美しく出せる、アイドル上がりの歌手は、前回も書きましたけれど、太田裕美か……、もう1人、岩崎宏美ぐらいじゃないですかね。『九月の雨』も同じくですが、もう、もう、ひたすらビックリです。とんでもない芸当です。ちょいと歌に自信がある程度の、カラオケ好きの素人衆には、決して真似できない、とんでもないプロ中のプロの芸当です。」

ヨコハマ三部作

横浜を舞台にした筒美サウンド「3部作」と言われる楽曲は、いしだあゆみの『ブルーライト・ヨコハマ』と、今回の『ドール』、……もう1曲、平山みきのデビュー曲『ビューティフル・ヨコハマ』(昭和45年11月10日発売)でしてね。平山みきは、太田裕美同様、筒美京平が可愛がって育てた秘蔵っ子中の秘蔵っ子です。

デビュー当時の声

数年前の声(リニューアル録音)

この楽曲、昭和歌謡マニアの間では「隠れた名曲」として知られてますが、さほど売れなかったこともあり、一般には馴染みがないでしょう。でも筒美先生は、この楽曲を生涯愛していたらしく、生前発売された「自薦曲ベスト」的な企画アルバムでは、これを真っ先に選んでいます。……ちなみに『ドール』は選外(笑)。

作詞家でコンビを組んだのは、『ブルー・ライト・ヨコハマ』でも一緒に仕事をした橋本淳! 2年前に出した『ブルー・ライト・ヨコハマ』の続編といいますか、♪~街の明かりが とても綺麗ね 横浜~♪ と彼氏につぶやいていた女の〝その後〟が描かれている……との触れ込みですが、歌詞もメロディもじつに軽妙です。

『ドール』に描かれる、頭でっかちなコンセプトと比べりゃ、思いっきりガクンと肩透かしを喰らわされた気になるほど、なーんも考えずに歌詞もメロディも「書いちゃった!」印象が強いのですが、

これが……ですね。聴けば聴くほど、メロディと歌詞が意識にこびりついて、鼻歌まじりに唄いたくなる……のです。作詞家と作曲家が、本気で楽しくワクワク「こんな曲を平山みきに唄わせようじゃん!」と語らいながら創り上げた……ように感じられる作品なのです。

『ドール』と『ビューティフル・ヨコハマ』の、どちらが歌謡曲として優れているか? ってな話じゃなくて、ある意味、両極端なテイストのメロディを、製作時期の違いはあれど、筒美先生が書いたという興味で、ご存知ない方はぜひご拝聴下さい。

♪~ヨコハマ ヨコハマ 素敵な男が
ヨコハマ ヨコハマ いっぱいいるわ
遊び上手なミツオにサダオ
話し上手なジローにジョージ
わたしの好きな あの人は ひとりで海を 見ているわ
ラララ ララララ ビューティフルなお話しね

ヨコハマ ヨコハマ 素敵な男が
ヨコハマ ヨコハマ いっぱいいるわ
それでも私 もう恋しない
こころがとても みたされたのね
あなたのために この髪だって 黒く染めたの 安心してね
ラララ ララララ ビューティフルなお話しね~♪

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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