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昭和の歌謡曲

昭和歌謡_其の壱

ほろ酔い気分で、あの頃、あの歌謡曲

あの頃の流行り歌

あれから、どのくらいの月日が経過しましたか? 巷のどこかで耳を澄ますと、かならず、さまざまな昭和の流行歌が聴こえてきた時代がありました。

大阪万博が開かれた昭和45年(1970年)をはさんで、前後の数年間……、小学校の低学年だった私は、訳あって、JR(かつての国鉄)京浜東北線の蒲田駅の、ホームの真ん前に位置する、母方の実家に預けられていたんですね。

蒲田の町は昔も今も、赤羽や小岩、錦糸町などとならぶ、東京の最南端の歓楽街というイメージが通り相場でしょう。そんな町の駅前に、祖父の商売の関係で住まいがあったわけですから、冗談でも誇張でもなく、右側のお隣は深夜スナック、真後ろは大人のオモチャ屋、ご近所さんといえば大衆キャバレーが数軒、ピンサロが数軒、パチンコ屋が数軒、焼き鳥屋や小料理屋のたぐいが数軒……。

ごく普通の一般家屋がひとつも存在しない、はなはだ教育環境のよろしい(笑)エリアの中で、幼い私は、毎日すこやかに寝起きしておりました。

こちらがべつに聴く耳を持たなくても、上記のそれぞれの店舗から結構なボリュームで、その当時に流行っていた歌謡曲の数々が漏れ聴こえてきます。加えて、駅前商店街のスピーカーからも、有線放送の流行歌が昼夜を問わず、結構なボリュームで垂れ流されていました。その結果、無意識に私は、それらの歌を片っ端から覚え、年がら年中、鼻歌で唄いまくるような子供になったのです。

昭和45年前後のヒット・ソングといえば、今でも記憶に残っているのは、人気GS(グループ・サウンズ)のパープル・シャドウズの代表曲『小さなスナック』や、ピンキーとキラーズのデビュー曲『恋の季節』あたりですが、

エノケンの『洒落男』やフランク永井の『西銀座駅前』ほか、けっこう古い時代の流行歌であっても、私特有の好奇心のアンテナが「なんか面白いメロディだな」と感じると、すぐに覚えてしまったものです。

ほんの7、8歳の小学生が生意気にも、もちろん歌詞の意味などまったくわからずに、誰かしら大人の前で唄ってみせるわけですから、今思えば、気色の悪いガキだったかもしれません。

そんな私が思春期を迎え、たいがいの同級生たちが、洋楽のロックやポップスにハマるか、アイドル歌手にハマるか、していた時期にも、どういうわけか相変わらず、フランク永井や青江三奈、鶴田浩二などが唄って大ヒットさせた、夜の盛り場がよく似合うムード歌謡ばかりを、好んで聴きまくっていたのです。理由はいまだによくわかりませんけれど、まぁ「好きだった」んでしょうね。

ニチゲイの演劇学科を卒業し、放送作家の隅っこに勝手に居座ったり、ブルセラ女子高生たちのインタビューが多少話題になったり、三十路手前に、花園乱という筆名で官能作家デビューしてからも、昭和歌謡好きの性格(生活?)は変わらず……。

それを知った、赤坂見附にある会員制酒場『インディアン・サマー』のママから勧められるまま、2011年、東日本大震災があった年の暮れから月に1度、毎月第1金曜日に、『昭和歌謡を愛する会』を開くことになったのです。2018年2月の会で、72回目を迎えます。

この会は、毎回1つのテーマを決めまして、たとえば『昭和のカバー曲』特集だとすると、さまざまな時代にヒットした歌謡曲のうち、カバー楽曲だけを、あくまでワタクシの嗅覚に引っかかったもののみ、15楽曲ほど集めましてね。勝手気ままな解説、面倒くさげな薀蓄? などを交えながら、店にお集まりの皆さんと一緒に鑑賞するという……、まぁ、そういう「会」ですが、べつに堅苦しくもなんでもありません。

この「会」をやり始めてから、私自身、あらためていろいろ勉強させられています。知っていたつもりの知識が、会の常連のご年配の方に「それは間違いだ!!」と叱られたり(^_^;)、若い頃は意味がわからなかった歌詞が、五十路の峠を越えると、涙がでるほど「わかる!!」内容になったり……。

流行歌は、その名のとおりの【流行り】歌ですから、どんなに売れまくっても、数年も経たぬうちに、たいがいは老若男女の関心を失います。まさに「歌は世につれ、世は歌につれ」が原則。これは宿命としか言いようがありません。

でも、あらためて今、昭和の【あの時代】のヒット曲に意識を向けてみますと、当時の「たかが流行り歌」の多くが、作詞、作曲、編曲、それぞれのジャンルにおいて、プロ中のプロのクリエーターたちが、才能を競い合いつつ創りあげた、みごとな【商品】であることに気付かされます。

作詞家でいえば西条八十に佐伯孝夫、なかにし礼、阿久悠、松本隆ほか、作曲家ならば服部良一に古賀政男、吉田正、筒美京平、平尾昌晃ほか、まさに職人芸ともいうべき腕前を発揮して、私たちの耳を楽しませてくれたのです。

そしてまた、その楽曲を唄う歌手たちも、わずかに数フレーズの歌声を聴いただけで、すぐに歌い手の見当がつくほど、個性豊かな【喉】を披露してくれました。たとえ歌が下手くそなアイドル歌手であっても、それはそれで強い印象を残したものです。

そんな、私たちの記憶のどこかに、今でも残っている昭和歌謡のヒット曲たちを、いま一度、皆さんに思い起こしていただきながら、その歌が流行っていた【あの頃】に、しばしのタイムトリップを……。

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

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