オリコンのヒットチャート
昭和歌謡_其の九
たかが商品、されど—
売れてなんぼ
月に1回、東京メトロ「赤坂見附駅」から徒歩1分、会員制酒場にて「昭和歌謡を愛する会」を主宰していることは、すでにご案内のとおりでして、
毎回、「今月は◯◯」という1つのテーマに沿って、不肖ワタクシが、つまらんテキストを記すわけですが、楽曲を紹介する際に、かならず、そのレコード&CDが、実際に何枚売れたか? オリコンのヒットチャートの何位に輝いたか? のデータを列記することになります。
たとえば、先日、63歳の若さで亡くなった、西城秀樹のヒット曲でみると
「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」(ヤングマン ワイ・エム・シー・エー)は、秀樹の28枚目のシングルで、1979年2月21日に発売。オリコンの週間ヒットチャートでは、5週連続の1位を獲得!! レコードの累計売り上げは、約81万枚(180万枚とするデータをあり)のビッグヒットを飛ばしました」
となります。
ある時、会の常連のお一人で、元NHKに勤めていらした、70過ぎのオッサンから、面白いことを指摘されました。
「前から不思議に思ってたんだけどさ、どの曲の紹介文にも、レコードが何枚売れた、オリコンとやらで1位を獲った、と書いてあるけれど、いくら流行歌は【売れてナンボ】だとしても、音楽業界って、そんなに売れるか売れないかだけが、大事なの? これが文学作品だとして、作品の内容よりも先に、出版社が何冊売ったかを話題にする文芸評論なんて、いまだかつて私は読んだことがないのだけど」
ううむ、私は思わず唸ってしまいました。じつは私自身、そのことがいつも【引っかかって】はいたのです。
「売れれば、それですべて良いのか?」
長いこと、主に出版や放送業界でメシを喰ってきまして、初版(最初に書籍が印刷されること)が何部か? ラジオやTV番組の視聴率、聴取率が何%か? 無関係だったことなど、一度もありません。
私は花園乱という筆名で、官能小説を書きまくっていた時期がありまして、著書の数もそれなりにありますけれど、オハズカシナガラ、すべて初版止まり(笑)。本名で脚本を書いた番組も、ほとんど話題にならない。業界でいうところの【数字の獲れない】ものばかりで、いわゆる【売れる】という体験を味わったことがないため、余計にそう感じるのかもしれませんが……。
昭和歌謡全盛期も、J-POPS全盛の今も、マスメディアを通じて楽曲が紹介される際、その楽曲を知らない世代に、まず「どんな歌なのか?」を知らせるよりも前に、「どのくらい売れたか?」を伝える傾向が目立ちます。
極論すれば、おそらく【そこ】しか、楽曲の価値などない!! と、音楽業界に関わる多くの連中が、いや、多くの音楽ファンさえも、思い込んでいるところがあるのではないか?
レコードだってCDだって、あくまで商品ですから、新発売のチョコやキャンディが全国のコンビニで何個売れる、という現実と、何も変わらないわけですけれど、
ある楽曲のメロディや歌詞が、リスナーの心を捉え、大きな感動を呼ぶ……ような、文化的なクリエイションと、チョコやキャンディを同列に扱ってしまうことは、本当に正しいのでしょうか?
甘いはずのお菓子が、少しも甘くなかったら、猛烈に腹を立てて然るべきかもしれませんが、あるリスナーが聴いて「つまんない」と放された楽曲が、別のリスナーに「なんて素晴らしいんだろう」との喜びを与えることは、決して珍しいことではありません。わずかでも感じてくれる人がいたとして、それでも売れなければ、楽曲の【価値はある!!】ことに、ならないのでしょうか?
花園乱名義で作品を世に送り出す際、一度だって、私自身が「つまらない内容だ」と感じながらエンドマークを付けたものはありません。どれも著者の意識としては、読者を愉しませたい!! 感動……まではいかなくても、大いに興奮させたい(笑)!! と願いつつ、執筆してきた作品ばかりです。
でも、結果はすぐにシビアに出ます。作者がどんなに熱弁をふるって、「今度の新作は、最高のエンターテインメントだぜ」と豪語しようが、その想いが読者に届かなければ、それまでです。
たかが商品、されど——、と言いたいところですが、マスコミ商売というのは、どんなジャンルであれ、売れなければ【されど】はすぐに引っ込みます。
「敗軍の将、兵を語らず」の喩えではありませんが、出版物でもレコード&CDでも、いや映画やTVドラマなど、創作クリエーションという仕事はすべて、売れない作品を世に送り出した作家、歌手、監督に、その作品の内容について語る資格など、ないに等しいのでしょう。特に、バブルが弾けて以降の、わが国の経済においては。
今回、べつに【初版止まり】作家の私の、愚痴をこぼすために、このコラムを書き始めたわけではありませんので(^_^;)、本題に移ります。
オリコン
音楽業界の、レコード&CDが「売れる売れない」という、唯一?の指針になっているのがオリコンという民間会社で、レコード&CDの売り上げの公査部数として、毎日、毎週、毎月、毎年、ヒットチャートのランキングを発表します。
1968年1月4日から「週間チャート」を発表し始めまして、第1回の、レコードのシングル盤のトップ楽曲は、黒沢明とロス・プリモスが唄った『ラブユー東京』でした。
それ以前にも、もちろん昭和歌謡史に残るビッグヒットはたくさんありますが、いくら「何十万枚売れた」「ミリオンヒット(百万枚以上)を飛ばした」としても、音楽業界的な公式データとしては、認められないことになる……ようです。
そのくらいの権威が、オリコン発表のチャートデータにはある……ようです。
今、私はあえて「……ようです」を繰り返しましたが、じつは私にもよくわからんのですよ。何故、オリコンという、たかがイチ民間企業が発表するデータを、そこまで信用するのか?
オリコンは、かつて「オリジナルコンフィデンス」が正式名称でした。社名にコンフィデンス=信用、信頼を付けるぐらいですから、そりゃ信用しないわけにもいきますまい。
昭和歌謡、J-POPS問わず、現在までのシングル盤の売り上げトップ3は、抜きん出て1位が、子門真人が唄った『およげ!たいやきくん』(1975年12月25日発売)で457.7万枚。2位が、宮史郎とぴんからトリオが唄った『女のみち』(1972年5月10日発売)で325.6万枚。3位が、解散したSMAPが唄った『世界に一つだけの花 』で、312.0万枚。
私の会では、毎回のテーマに合わせて15曲ほど聴いていただきますが、すべて私の好悪、興味を優先させます。私は天の邪鬼な人間ですから、どんなに売れていても、作品的につまらん楽曲は採り上げません。
逆に、さして話題にならなかった楽曲でも、歌詞の一部、メロディの一部に感じるものがあれば、常連の皆さんに「こんな良い歌もあるんですよ。覚えてちょうだい!!」と紹介いたします。
たとえば、1983年3月21日にデビューした、女性アイドル歌手・桑田靖子のデビュー曲、『脱・プラトニック』がそうです。よほどのアイドル好きでもないと、まずご存じないでしょうね。
でも……、今、気づいてしまいましたが、【さして話題にならなかった】はずの楽曲を、何故、私は知っているのか? それは、【そこそこは売れた】からですよね。あらためて調べてみましたら、オリコンの週間チャートの50位までは昇りつめたようです。
となれば、【そこそこ】どころじゃあない。この楽曲の制作スタッフに叱られます。業界的には、オリコンチャートの50位以内にランクインすることが、「まずは目標」だと伺ったこともありますので、当時とすれば、【けっこう売れた】部類の1曲ということになります。
つまり、末尾に皮肉を込めて記しておきますが、
やはり、売れるか売れないか【だけ】、データ上の数字【だけ】が、大事なのでしょう。出版も、音楽業界も、映画界もTVドラマ業界も。
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。