私も入れ歯です
連載の拾五
歯にも寿命がある
歯にも耐用年数、つまり寿命があります。長生きをすれば、どんなに磨いていても結果的には一本ずつ失っていくものです。
厚生労働省による「平成23年歯科疾患実態調査」によれば、1人平均喪失歯数が40~44歳までで0.9本、45~49歳では1.5本になります。つまり45歳以降では日本人は平均すると歯が1本以上欠けているのが当たり前なのです。
歯を失えば補わなければなりません。失った歯を補うものを義歯と呼びます。一般に義歯というと、取り外し式のいわゆる「入れ歯」をイメージしますが、失った歯の両隣の歯を削って一体型にして固定する「ブリッジ」や、「インプラント」を埋入してその上に被せるものも義歯です。
しかしながら、固定式義歯(ブリッジ、インプラント)ならば抵抗がない人でも、取り外し式の義歯になるととたんに「絶対嫌だ!」と拒絶する人が大勢います。これは固定式のものは義歯だとは思っておらず、取り外し式のものは入れ歯という認識があるためでしょう。
入れ歯は、年寄りくさい、食べにくそう、面倒くさそう、不衛生、恥ずかしいなどという意見をよく聞きますが、固定式のものでも義歯であり、失った歯を補う入れ歯には違いないのです。
しかし、入れ歯は嫌という人が多くいる一方、先の調査結果によると、意外にも60~64歳でこの取り外し式の部分義歯を使っている人の割合は24.3%で、総入れ歯の人の5.2%を加えれば、取り外し式義歯を使っている人は29.5%に上ります。すなわち約3.3人に1人の割合で、これは年齢が高まるにつれて比率は高くなります。
もちろん、ブリッジなども同時に使用しているケースが多くあります。つまり、高齢になるにつれて失う歯の数も増え、現実的には、どうしても取り外し式義歯である入れ歯を使わざるを得なくなる。いわば、長生きすれば入れ歯からは逃れられないといっても過言ではないでしょう。
入れ歯って素晴らしい
入れ歯は、1本だけ欠けた歯を補う「1本義歯」から、歯が1本も無いケースで使用する「総入れ歯」まで多種多様なケースがあり、また歯が残っている場合でも、抜けている歯の部位が人によってさまざまで、その抜け方次第で義歯作製の難易度も変わってきます。大雑把に、抜けた本数が多いと難易度も上がるといえるでしょうか。
ただし、小さい入れ歯でも、一概に簡単とはいい切れません。被せ物も詰め物も慎重に精密なものをつくらなければなりませんが、特に入れ歯作製には技工技術の差が表れます。
現在、日本の歯科医院のほとんどは、これら詰め物、被せ物、義歯などの補綴物を外注で技工所に出しています。なかには、義歯の設計の指示も出さずに技工所に丸投げという歯科医も少なくありません。
入れ歯は、外したい時には自由に外せるけれど、食事の際には外れず、よく噛めるものでなくてはなりません。もちろん食事で取れてしまうようなものや、痛くて噛めないようなものは論外で、それを入れ歯と呼ぶことはできません。
この相反する要素を兼ね備え、しっかりと咀嚼機能を回復し維持していく入れ歯をつくるのは、やはり並大抵のことではありません。適切な良い入れ歯を提供するには、まずしっかりとした診断と妥協のない順を追った治療の流れと、高い技工技術が合わさらなければならないのです。補綴物は、人の口の中という過酷な状況下で何万回という咀嚼に耐えなければならない人工臓器なのです。
私も入れ歯です
筆者は歯が弱いタイプで、30代後半から歯を失いはじめ、54歳の現在は4本の歯がありません。そしてそろそろ5本目も失いそうな気配です。「歯科医師なのに歯が悪いの?」とよく言われますが、どうやら関係ないようです。
筆者は歯を1本失った時から取り外し式の入れ歯を使用し、現在では右側上下に入れ歯を入れています。なぜならば、今まで本連載で述べてきたように、「入れて出す」という命の循環の入り口である、自分自身の口の健康を回復、維持する方法、手段には入れ歯が最も有効だと診断したからです。
私の周りには歯科医師の仲間が大勢いますが、私が取り外し式の入れ歯を使っていることを知る人はほとんどいないでしょう。それは一緒に食事などに行っても私が食べにくそうにしていたり、不具合を感じさせることかないからでしょうし、実際私も感じていないからです。
入れ歯は、一般に思われているほど悪いものではありません。外して入れ歯も自分の歯もしっかりと清掃でき衛生的です。咀嚼もしっかりできます。歯科医療においては、顎・口腔系の良好なシステムの回復、維持にはなくてはならないものですし、特に高齢になればなるほど最適な手段といえるでしょう。
歯科医師/林晋哉 Shinya Hayashi
林歯科
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1962年東京生まれ、88年日本大学歯学部卒業、勤務医を経て94年林歯科を開業。「自分が受けたい歯科治療」を追求し実践。著書『いい歯医者 悪い歯医者』『歯医者の言いなりになるな! 正しい歯科治療とインプラントの危険性』 『歯科医は今日も、やりたい放題』など多数。