三条正人、箱崎晋一郎、ロス・インディオス
昭和歌謡_其の116
魅惑のムード歌謡を語る
声の三つ巴が濡らす
前回のコラムから、久しぶりに心持ちが、熱く熱く……ひたすらムード歌謡の世界に没入してしまっている私ですが。
「昭和歌謡の会」をやっている時分、ご常連のどなたかに、「乱(私のこと)チャンは世代的に、ムード歌謡のブームの時代よりは、かなり若いはずなのに、ムード歌謡のどこに〝そんなに〟惹かれたの?」と訊かれたことがありまして。
すかさず答えたのが、
「いやぁ、あの低音から急にすーっと高音のファルセットになる、歌声の魅力です!」……でした。
幼い頃、TVにラジオ、地元の商店街の有線放送やら、から頻繁に繰り返し繰り返し、当時流行っている様々なムード歌謡グループの歌声が、私の耳に流れ込んで来ます。
たとえば……『小樽のひとよ』(昭和42年=1967年9月25日発売/作詞:池田充男/作曲&編曲:鶴岡雅義)ですかね。鶴岡雅義と東京ロマンチカのデビュー曲でありまして。リードボーカル・三條正人の歌声に、一発で惹かれました。
(※この動画は貴重です。デビュー直後の東京ロマンチカの、〝あまりに若々しい〟面々。なかなか流出していませんでしたが、偶然【拾い】ました)
(※こちらは、円熟味を増した三條さんの歌声です。音のアップダウン+ファルセット+ビブラートは健在!)
唄いだしの、♪~逢いたい気持が ままならぬ~♪ の【ままならぬ】……。最初の【ま】の音が、次の【ま】を伸ばすタイミングで一気に、すーっと跳ね上がるのですよ。もうね、これがね、たまらん! のです(笑)。
ちなみに、跳ね上がる時には、かならず耳に心地よいビブラートがかかります。
サビに入るところでも、♪~粉雪まいちる 小樽の駅に~♪ の、すぐ後の ♪~ああ ひとり残して~♪……。この【ひとり】の【と】の音がすーっと跳ね上がり、でもすぐに下がり、また【残して】の【こ】で跳ね上がる。つまりアップダウンの繰り返し。
トドメにもう1箇所。3番の歌詞のラスト、唄い締めの ♪~待ってておくれ 待ってておくれ~♪……の、2つ目の【待ってておくれ】の【お】の直後の【く】が一気に跳ね上がり、【く】【ぅ~】とビブラートがかかる。
これ! これですよ~、ムード歌謡の魅力は! と、少しも興味のない御仁には、正直ナニがなんだかわからず^^;、さぞ私のはしゃぎぶりが愚かに思えるでしょうね(笑)。
幼い頃から極端な運動音痴で、体育のたびに同級生にバカにされまくった私ですが、音痴ではなかったですね。有り難いことに耳も悪くなかった。……ので、大概の流行歌は聴いたら一発で覚えちゃいました。
『小樽のひとよ』もすぐに覚えてしまい、狭い四畳半二間のウチの中やら学校の行き帰り、銭湯の湯船などで、一人口ずさんでみるのです。
ところがですね、メロディだけはとっくにマスターしているのに、歌声のアップダウン+ファルセット+ビブラートの三つ巴……となると、そうそうたやすく真似をさせてもらえない! 齢10かそこらのガキの喉では、とてもとても無理! 「寝小便タレに用はねぇんだよ!」と門前払いを喰らった気分でした。
大人になり、カラオケが流行りだして以降、少しは「真似が出来た!」と、一人勝手に自画自賛していた時期もありましたが、何十年、スナックやらカラオケボックスやらで唄い続けて来ても、いやぁ、本家・三條正人の歌声には足元にも及びませんね。改めてプロ歌手の存在価値に、深く感じ入ります。
前回のコラムの最後の方で、『伊勢佐木町ブルース』を唄った青江三奈を称して、「嗚呼、本家はやっぱり凄いな!」みたいなことを書きました。
ムード歌謡の大ヒット曲の数々は、メロディだけ聴けば、すぐにも「歌いやすそう」に勘違いさせてくれますけれど、いざ歌ってみりゃ、たちまち悟らされます。嗚呼……、プロ中のプロである、本家の歌手の歌声の偉大さに。
まだまだお元気、現役の歌手でいらっしゃいます、三條さんに敬意を払い、改めて『小樽のひとよ』の歌詞と動画を紹介させて頂きましょう。
♪~逢いたい気持が ままならぬ
北国の街は つめたく遠い
粉雪まいちる 小樽の駅に
ああ ひとり残して 来たけれど
忘れはしない 愛する人よ
(※2番は省略)
小樽は寒かろ 東京も
こんなにしばれる 星空だから
語り明かした 吹雪の夜を
ああ 思い出してる 僕だから
かならずいくよ 待ってておくれ
待ってておくれ~♪
以前のコラムにも書かせてもらいましたが、昭和歌謡のポップス系の超売れっ子作曲家・筒美京平先生は、新人歌手を発掘し、その子が「なかなか唄えるヤツだ!」と判断すると、意地悪なように、メロディを書く際、音の「アップダウン」を〝やたら〟に多用するんですね。すると歌手も懸命に、そのムズい譜面に「追いて」いき、……結果、大ヒットが生まれる!
その意味では、各レコード会社から、売れっ子も、さして売れなかったのも合わせて、ムード歌謡グループが多数デビューしましたが、どのグループも「なかなか唄えるヤツ!」ばかり。プロ中のプロの歌手が、リードボーカルを務めます。
中でも三條正人の美声は、その昔、銀座のホステスたちに、ひそかに「三條さんは声でアソコを濡らしちゃう」と言わしめたほど、だそうで。
以下、他のムード歌謡グループの中で、私が惹かれまくった「アソコを濡らしちゃう」曲をご紹介しようと思うのですが。
人間バイブレーション
おっと! いけない、うっかり忘れるところでした。歌声のアップダウン+ファルセット+ビブラートを語るなら、欠かせない代表曲が1つ、ありました。
『抱擁』(昭和54年(1979年)5月20日再々発売/作詞:荒川利夫/作曲:山岡俊弘)……。ムード歌謡を語るのに、これを飛ばしちまったら、先へ行けません。
この曲は多くの歌手がカバーしているくらい、皆さん「歌いたい!」気分になる、一度聴いたらもう、もう、たまらん! 魅惑のメロディなのですが、
ただ……これを唄った元祖の歌手は、グループではありません。ピンの歌手の箱崎晋一郎ですね。
『抱擁』という曲は、ムード歌謡のヒットは数多くあれど、〝ここ〟まビブラートをかけまくって唄う歌手は他に見当たりません。歌い出しからラストまで、ほぼ全部の歌声が心地よく【揺れて】いるのですからねぇ。まさに「人間バイブレーション」ともいうべきでしょうか。……惜しくも、箱崎はすでに彼岸。肝臓癌の悪化で43歳の早逝でした。
(※こちらは、晩年……亡くなる2年前の動画です)
♪~頬をよせあった あなたのにおいが
私のいちばん 好きなにおいよ
目をとじて いつまでも
踊っていたい 恋に酔う心
泣きたくなるほど あなたが好きよ
(※2番は省略)
夜よお願いよ さようなら言わせる
朝など呼ばずに じっとしていて
目をとじて しあわせを
いついつまでも 恋に酔う心
泣きたくなるほど あなたが好きよ~♪
多くのカラオケファンのうち、ムード歌謡が「大好き!」という御仁は、私以外にも大勢いらっしゃいます。そのうちの多くが、つい歌いたくなるのが、この『抱擁』なのですが……、
先ほどの『小樽のひとよ』以上に、本家・箱崎さんの歌声のアップダウン+ファルセット+人間バイブレーション! の三つ巴は、超上級テクニックでしてね。
いやはやカラオケ歌唱に自信がある皆さんでも、なかなか上手く本家の歌声を再現できるものじゃありません。
そしてまた困ったことに、この曲……、三つ巴が不十分だと、唄っていて面白くない。いや、もっというと気持ち良くない! んですね(笑)。
……この感覚、きっとおわかりになる方はすぐにピン! と来るはずです。『小樽のひとよ』は、三つ巴が叶わなくても、いささかでも歌が上手けりゃ、〝それなり〟に唄って気持ち良いですが、『抱擁』は駄目です。
オソルベシ、人間バイブレーションの箱崎晋一郎!
そんな理由もあるのでしょうか? 以前、上州は前橋の飲み屋で、個人でカラオケ教室をやっている妙齢のオバハンに会いまして、彼女いわく、
「男性でムード歌謡好きの生徒さんは、決まって最初に『抱擁』をレッスンしたい! とおっしゃるの。でもアノ曲は難しいのよ。素人がマイク掴んで、イイ気になって唄われちゃうと、他のお客さまの迷惑になるでしょ^^;」
ゴメンナサイ。他ならぬ私も、間違いなく〝その〟口だわ。……と、冷や汗が出ちゃいまして、以降、自分から積極的には『抱擁』……唄わなくなりました。
チーママに三つ巴なし
そんな私が、まぁ、素人でも、とりあえず気持ち良く唄えている【ような感覚】になれるムード歌謡……としてオススメの曲が、ロス・インディオスの初期の看板ソング『コモエスタ赤坂』です。
♪~コモエスタ セニョール
コモエスタ セニョリータ
酔いしれてみたいのよ 赤坂の夜
別れた人に 逢えるような
そんな気がして ならないの
それが赤坂 赤坂 デルコラソン
(※2番は省略)
コモエスタ セニョール
コモエスタ セニョリータ
酔いしれてふるえるの ろうそくの炎
ひとり暮らしの 私には
ここがいつもの 愛の部屋
それが赤坂 赤坂 デルコラソン~♪
グループのリーダー兼リードボーカルの棚橋静雄は、去年の9月、85歳で亡くなりましたが、ほぼ最期まで現役歌手としてステージに立ち、美声を披露し続けてくれました。
このグループの結成当時の特徴は、リードボーカルの棚橋さんの他にもう1人、ファルセット専門といいましょうか、高音部を受け持つメインボーカルが居た、ことでしょうか。
後にこの彼は抜け、代わりに女性ボーカルのシルヴィアが加入し、新生ロス・インディオス&シルヴィアが誕生! 『別れても好きな人』(昭和54年=1979年9月発売/作詞&作曲:佐々木勉)、『それぞれの原宿』(昭和55年=1980年発売/作詞:中原葉子/作曲:中村泰士)、『うそよ今夜も』(昭和56年=1981年発売/作詞&作曲:六ツ見茂明)の3部作を連チャンで発売し、大ヒットを飛ばしました。
余談ですが、このグループにシルヴィアが加入した当時、私は大学生でしたが、彼女の歌声……は、まぁともかく、顔立ちに惚れてしまいまして(笑)。いやはや、偶然にも彼女にそっくりな居酒屋の〝チーママ〟と出会い、……ちょっとオカルトめいた話にもなるのですが、ここではやめておきましょう。
棚橋さんと彼女との「デュエット」という形で、ニューバージョンの『コモエスタ赤坂』を発売するのですが……、
女の声で高音を唄うのは、しごく当たり前の話ですからね。いくら私がシルヴィア好きであっても、ここまでさんざんオススメして来た、ムード歌謡の魅力の、歌声のアップダウン+ファルセット+ビブラートの三つ巴は、悲しいかな、どこにも存在しない! でしょ。
という意味もありましょうか、ムード歌謡ファンの間では、ロス・インディオスを語る際、シルヴィア【加入前】【加入後】と、明確に活動期間を分けるのが定番になっております。
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。