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平成三十一年 大寒

2019年1月20日

ティファニーのテーブルマナー

作法は破るもの?

Tiffany’s table Manners for teenagers

年末に本棚の整理をしていて、久しぶりに開いた本がある。

宝飾品だけではなく、ナイフ&フォークなどのカトラリーの扱いも多い銀製品の老舗ティファニー/Tiffanyu&co.,の前会長W.ホービングが著した『ティファニーのテーブルマナー』という本である。

もともとは、ティファニーのカトラリーを購入した顧客に配布していたものを、多くの人に読んでもらいたいと米国で出版されたものだが、日本語版も50年前の昭和44(1969)年に鹿島出版(後藤鎰尾/訳)から刊行されている。

現在私の手元にある2007年版で29刷となっているので、相当なロングセラーである。

私がこの本の存在を知り最初に購入したのは、30年以上前のまだ飲食業界に身を置いていた30歳そこそこの頃である。

初めて手にした時は、なぜもっと早くこの本に出会わなかったのかと歯噛みした。

なぜなら、テーブルマナーに関して初めて知ることもあったが、何よりこの本が、私がその頃テーブルマナーに関して抱いていた戸惑いと呪縛を解いてくれたからである。

その頃の私はサーブする側の人間として、当然知っておくべきテーブルマナーについて調べていたが、書籍によって細かい部分で違いがあり、また実際に現場で行われる作法とも違い、大いに戸惑っていた。

そんな時にこの本に出会ったのである。

この十代の若者に向けた「テーブルマナー」の本は、約百ページと決して厚いものではなく、また微に入り細に入り作法について書かれたものではない。
ページのレイアウトも1ページにウィットに富んだ趣味の良い大きな挿絵がひとつあり、その下に簡単なマナーの解説があるだけである。
それも平易な文章で簡潔にストレートに書かれている。

本の構成

■着席しましょう/Let’s Be Seated
■スープコース/The Soup Course
■魚コース/The Fish Course
■肉コース/The Meat Course
■サラダコース/The Salad Course
■デザート/The Dessert Course
■ベからず集/Some Don’ts….
以上の七つの章からなる。

まず「着席しましょう」の冒頭が—「若い男性は、右側に座る若い女性を助けて、楽にかけさせてあげるのがならわしです。二人が腰かけ終わったら、豆鉄砲を食った鳩のように、キョロキョロ見まわさないで、右側の女性に顔を向けて、話しはじめましょう」—である。

午餐や晩餐などの食事に際し、第一に気を配るべき重要なことは、ナイフ&フォークの使い方や食事の作法ではなく、右に座る女性であるというのである。

その後、ナイフ&フォークの種類などが載り、

さらに—「間違ったことに気づいても、そのまま食べ続けなさい。ナイフやフォークを元に戻してはいけません。のん気に、なにげなくふるまうこと」—と続く。

ナイフ&フォークの使い方の間違いは正すな、そのまま堂々とシラを切り通せとある。ということは、サーブする側も指摘したり正しいものを新しく持ってきてはならないということである。客同様に知らんぷりを決め込むのが正しい。

「スープコース」「魚コース」で、スプーンの持ち方と飲み方、午餐(ランチ)と晩餐(ディナー)のスープ皿の違いなど—

「肉コース」では—「フォークを口にもっていくには、手首を曲げ、前腕を少しあげます」や—「ナイフは決してお皿から4〜5センチ以上、上にあげてはなりません。この作法を覚えていれば、ナイフを口に入れたところを見つかるようなことは起こりません」と基本的なナイフ&フォークの作法が—

「サラダコース」には、アスパラガスやアーティチョークは手で食べることなどが記される。

「デザートコース」では、フィンガーボールの使い方などが—

そして最後の「べからず集」に

「食べ物を口の中にいっぱいいれて話をしてはいけません。—中略— 一度に少しずつ口にいれれば、いつでもすぐ会話に加わることができます。これには熟練を要します」—そう、熟練を要するのだということが、はっきり書かれている。

また—「水のついであるコップを倒しても〝あっ、しまった!〟などといわないで、コップを直し、相手との話をつづけるのです。自分のナプキンで食卓をふくこともいりません」—とあり、この場面こそがサーブする側の出番なのである。
グラスを割った時もしかり、実は客に動かれると処理が非常にやり辛いものであり、貴方が日本人ならばひと言〝申し訳ない〟と心から詫びれば十分なのである。

そして—「右側の女性が向こうを向いて、形勢が一転しても、ぽかんと空間を見つめないで、直ぐ左側の女性の方へ向きます。相手がこっちを向かないときは、こんなことをいってはいかがでしょう。〝そちらの素敵なかたにおさらばして、ちょっとこちらにもお耳を貸してください〟と。気弱では女心はつかめないということを、どうぞお忘れなく‥‥」—これが大切なことなのだ。
その食事の時間をいかに楽しく過ごすのか、両隣に座る女性を退屈させずに有意義な食事であったと思わせること、そのことに懸命に努力すること、それが一番のマナーなのである。
ついでにお近づきになれれば、この上ない_この下心は決して悟られてはならないが

作法を破ることができます

本の最後の最後に一番大切なことが書かれている。

「これで作法の心得がわかりましたから、作法を破ることができます。しかし、作法を破るには、十分社交知識の心得がいることを忘れないでください」

これをはっきりと記しているマナーブックは、この『ティファニーのテーブルマナー』以外にない。

歌舞伎の〝型破り〟と同様である。〝型〟があっての〝型破り〟、〝型〟をしっかりと身に付けてこその〝型破り〟なのである。

この『ティファニーのテーブルマナー』は、基本的に個人が主催する午餐や晩餐に正式に招かれた際の「マナー」について十代の若者に向け書かれたものだが、当然レストランなどでの作法にも通用する。

この「マナーブック」にしては薄く平易で簡潔な文章の本には、サーブする側の心得についてのヒントが多く含まれていた。
サーブする側も、細かいことに捉われず、テーブルの客にいかに恥をかかせることなく、食事を楽しんでもらうか、その一点のみに集中すれば良いこと。

結局のところ「マナー/作法」とは、何が何でも頑なに守り通すものではなく、その場その場の状況に合わせて対応する場合の指針であることを、『ティファニー』という老舗が明記してくれていることが、その時の私には大きく、「テーブルマナー」に抱いていた私の戸惑いが消えた。

いまでは「食の大国」と呼ばれているフランスにナイフ&フォークなどのカトラリーが伝わったのは、1533年にイタリア・フィレンツェの君主メディチ家のカトリーヌ・ド・メディチがアンリ2世に嫁いだ時だといわれる。

フランス王宮で国王をはじめとする貴族たちが、手づかみで食事をするのを目の当たりにしたカトリーヌは、こんな野蛮な食べ方はできないと、急ぎフィレンツェからナイフ&フォーク一式を取り寄せたと伝えられている。

1533年(元文2年)といえば日本では室町時代、織田信長(元文3生)が尾張に生を受けた頃である。

この時代の300年前の1235年には、道元禅師(1200-1253)が、禅における食事作法とその精神性の在り方である「典座教訓/てんぞきょうくん」「赴粥飯法/ふしゅくはんぽう」を記し、同時代には村田珠光(1422-1502)が〝侘び茶〟の基礎を築き、それが武野紹鷗から千利休へと続いて確立されている。

欧州に比べ、遥かに洗練された、知性・教養のひとつ、また文化としての「食事作法」が日本には存在していた。
と、最後に日本自慢をしても、薄茶を適当に点てるのみの己を恥じるのみである。

編緝子_秋山徹