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令和元年 大雪

2019年12月7日

任侠の人

大雪_「五穀の精」は雪の別名

「雪月花」は日本の季節の風景の美しさを表す言葉であるが、雪の別名「五穀の精」は雪多く降らぬ地域に育った人間には馴染みがない。

雪深い地域にとって、特に農家にとっては天恵ともいえる重要な恵みが「雪」であると云う。

雪は山に貯まり、やがてそれは清流となって田畑を潤す。

また、雪がなければ山の動植物は、冬の寒風に耐えられないのだと云う。

冬眠する動物は雪の下で保温され、植物は断熱性に優れた「雪」に強風や乾燥・凍結から守られる。

まだまだ知らぬことばかり多かりき、である。

雪多く降らぬ私の郷里北九州は、気性が荒い。

特に、私が高校卒業まで暮らした「無法松の一生」で知られる小倉はその中心である。

気の荒い漁師がいて、山の民がいて、沖仲仕がいて、給金を手にした筑豊の炭鉱夫が遊びにくるところ。

さらに同和部落が多い。

そして地理的に朝鮮半島が近く、在日の人も多い。

と、これだけ条件が揃えば、必然的にヤクザが多い。

北九州・小倉のヤクザは好戦的で、闘争そのものに存在意識を持つ九州ヤクザの典型である。

指定暴力団というのは全国にあるが、「特定危険指定暴力団」というのは、我が郷里小倉の〈工藤會〉くらいのものである。

危険である。

なにせ、そもそも危ない集団を指す「暴力団」という名称の上に、さらにわざわざ【特定危険】という注意書きがのる。

たまたま高校時代の親友の父親が、先先代の工藤會のナンバー2であったので、そういう方々と接する機会があったが、個人の性質とシノギはまた別であるのが人の妙である。

玉井金五郎

ここ小倉には福岡県立小倉高校という優秀な学校もあり、この高校の卒業生に〈火野葦平/ひのあしへい〉がいる。

作家〈火野葦平〉は、『糞尿譚』で芥川賞を受賞。

その後従軍中に執筆した『麦と兵隊』などの兵隊三部作が評価されたが、彼のもう一つの代表作に『花と竜』がある。

『花と竜』は、本名・玉井勝則の火野葦平の実父で、北九州若松のゴンゾウ(沖仲仕)を取り仕切る『玉井組』を立ち上げた任侠の人【玉井金五郎】と母親【マン】の自伝的小説である。

物語で、金五郎が沖仲士の生活向上のために小頭聯合組合を結成しようと運動してこれを阻止せんとするヤクザに襲われて三十数ケ所の刃傷をうけたり、女侠客から襲撃され危篤となるのは、ほぼ実話である。

火野葦平も著述業の傍ら『玉井組』二代目の務めを果たしていたという。

『花と竜』の物語は人気があり、度々映画化やドラマ化されている。

映画では藤田進/石原裕次郎/中村錦之助/高倉健/渡哲也が、テレビでは鶴田浩二/辰巳柳太郎/村田英雄/渡哲也/高嶋政宏などが玉井金五郎を演じている。(いずれも制作順)

中でもマキノ雅弘が監督した高倉健の『日本侠客伝/花と龍』(共演/マン:星由里子/藤純子/若山富三郎/二谷英明)は続編も作られて人気を博した。

高倉健は、学生の頃、若松で、この〝ごんぞう〟の仕事に近い石炭船の清掃というアルバイトをしたことがあるらしく、はまり役といって良い。

しかし、火野葦平が『花と竜』で描いたのは、沖仲士の生活向上のために命を張った任侠の人玉井金五郎であって、ヤクザではない。

任侠の人とは「困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神を持つ人。弱い者を助け,強い者をくじき,義のためには命を惜しまない人」である。

映画やドラマが放映されるたびに、『玉井組』をヤクザと勘違いする人が多くて、玉井家としては困ったという。

任侠の人

12月4日、ペシャワール会現地代表の【中村哲】医師がナンガルハル州ジャララバードで武装勢力の襲撃を受け、死亡したという速報が流れた。

中村医師の活動を詳しく知るわけではないが、2016年に放映されたNHKのドキュメンタリー番組『武器ではなく命の水を』をたまたま見てお名前は知っていた。

アフガニスタンなどで医療支援活動を続ける中で、医療支援だけでは問題の本質は解決しないと、灌漑事業や農業支援も同時に行われていたと聞く。

以下中村医師のレポート

「アフガン情勢といえば内戦、イスラム過激派などの政治問題が語られるが、人々を根底から苦しめてきたのは気候変動に伴う水欠乏だ。国民の多くが農業で生活するこの国で、近年、干ばつが頻発、全土で沙漠化が進み、致命的な打撃となっていることは案外知られていない。2000年、大干ばつの惨状を目の当たりにした我々(われわれ)PMS(平和医療団・日本)は、荒廃した村落の復興を掲げ、地域の灌漑計画に邁進(まいしん)してきた。」

「(東日本大震災以降の日本は)豊かさの考え方を変えないといけません。無限に経済成長が続くことはありえないのに、多くの人が夢から覚めない。小さなコップの中で議論していて、干ばつや震災、自然の巨大な動きも科学と経済力で何とかなると信じている」

この言葉通り、中村医師は郷里の福岡の朝倉市で山田堰を見て、現代の技術ではなく、この江戸時代の伝統技法をアフガンに導入することを決める。

「山田堰(福岡県朝倉市)は、二百数十年前に築かれた「石張り式斜め堰」である。石張り式斜め堰は、江戸時代に全国数百カ所に造られたと言われ、それまで氾濫原だった平野部の農地開拓を全国で支えた。—中略—これをアフガン山岳地帯の適正技術として導入すべく、努力を重ねてきた。」

約八年の歳月をかけて完成した山田堰と用水路は、アフガンの一地方の砂漠を緑の大地に変えた。

山田堰は、現地の人が現地の資材を使って作り、自らが管理することを可能とした施設のため、今後もアフガン内での計画が進められている。

このアフガンでの成功の影響から、現在、山田堰のある朝倉市には東南アジアやアフリカからの視察が相次いでいるという。

中村医師は、現地政府の役人が足を踏み入れるのに、二の足を踏むような危険な場所で支援活動をしていたという。

中村医師の襲撃を受けて、武装勢力タリバンの報道官は「襲撃には関与していない。この団体(ペシャワール会)は復興に関わっており、タリバンと良好な関係を持っていた。(この団体の)誰も標的ではない」とコメントしたことからも、中村医師の活動の尊さを物語る。

「困っていたり苦しんでいたりする人を助けるために体を張る自己犠牲的精神を持つ人」

まさに中村哲という人は〈任侠の人〉であったと、今回の報に接して考えていたところ。

中村医師の訃報に関連して、従兄弟という方のコメントが出ていた。その方のコメントよりも、北九州市若松の〝玉井さん〟という名前と住所に引っ掛かったので、調べてみると、あにはからんや従兄弟のの方は火野葦平の息子さんということだった。

思わず「ああっー」と声を上げた。

中村哲さんは、火野葦平の妹さんの息子さん、つまり玉井金五郎の孫であった。

道理で任侠の人である。

高倉健や渡哲也のように男気が溢れる容貌ではないが、穏やかで飄々とした風貌でありながら、内面に熱い男の情熱を抱えている。

これを真の「漢の中の漢」というのだろう。

金五郎の妻マン、つまりお祖母さんから小さい頃云われたそうである。

「弱者は率先してかばうべきこと」

「職業に貴賤はないこと」

「どんな小さな生き物の命も尊ぶべきこと」

あー、なぜ桜を〝ぼーっと見ている輩〟よりもこの方が先に逝ってしまうのか。

〝恥ずかしき人〟とは、その人の前に出ると、その人が立派すぎてこちらが恥ずかしくなってしまう人を云う。

〝恥ずかしい人〟になりそうな、漢の中の腑抜けな親爺は、しみじみと自らを省みるのである。

編緝子_秋山徹