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令和元年 立冬

2019年11月8日

持てる者の義務

あるべきところに、あるべきもの

立冬

立冬_暦の上では本日より立春の前の日までが「冬」である。

旧暦と新暦の時差はあるが、「冬」とはいえ、11月は小春日和の陽気の良い日もある晩秋であり、12月に暮れの寒さが訪れ、1月に本格的な冬の寒さを迎える。

そして立春を迎え、再び暦は変わり「春」となるが、初春の2月は実際には真っ只中の冬である。

日本の暦には、それぞれ四季の中に前の季節の名残り、残り香が含まれていて、寒い時期が「冬」、暖かい時期が「春」という身も蓋もない分け方をしないところに日本人の感性の特徴をみることができる。

この和服が仕立てられる際の縫い代のような期間を、暦の四季ごとに設けて、移ろいの情趣を味わうことが、日本人が古来得意としてきたことである。

たとえば風ひとつの呼び名にしても、春は〝東風/こち〟・夏は〝薫風/くんぷう〟・秋は〝秋風〟・冬は〝凩/こがらし〟など季節によってその名は変わる。

令和元年のこの秋の暮れの風が、10月30日の「沖縄/首里城火災」を甚大な被害とした一因ともされている。

今年は4月に同様の災いとして、フランス・パリの「ノートルダム大聖堂」の焼失があったばかりである。

パリの「ノートルダム大聖堂」や、熊本地震で損壊した「熊本城」、今回の沖縄の「首里城」などは、文化遺産、歴史的建造物であるだけでなく、フランス国民、熊本県民、沖縄県民の大切な象徴、心の拠り所のような存在である。

日々、そこにあるだけで良く、そこになければならないもの。
国民や県民の有り様を形にしたもの、誇るべきシンボルなのである。

これらが失われた時、人は狼狽える。

「本能—家が燃えるときは、人は昼食をすら忘れる。されど、灰の上にすわって食べなおす」と云ったのはニーチェであるが、衣食住が整った時、次に人が求めるのは精神の安寧である。

生命の維持の部分の衣食住の次に、日々を生きるための精神的な活力を必要とするのは、人間の本能であろう。

その中でも、地域、文化的なシンボルというのは生活に直結しなくとも、その空間にあること自体が精神的に重要な位置付けにある。

それが、パリの「ノートルダム大聖堂」であり、熊本の「熊本城」であり、今回焼失した沖縄の「首里城」である。

その歴史的意義、文化的な価値と精神性が日本人の中にしかとあり、本当に必要であるのなら「金閣寺」を駐車場としても良い—と云ったのは「坂口安吾」であったか。

しかし、安吾は、人々の中にしかと精神性がすべからく宿っていることが、大変難しく不可能なことと知っているため、逆説的に表現したのであり、文化的・精神的な建造物や文化財を形として残すことの重要性を示唆している。

形が全てはないが、形は大切なものなのである。

その形の再生であるが、報道によると「首里城本殿」などの屋根瓦は、職人の不在により、本来の瓦の完全な復元はすでに不可能なのだという。

何処と何処の土を使って、それぞれをどのように配合したら良いかを知る職人が亡くなっていて、今の職人ではそれが判らないらしい。

もはや金だけの問題ではない。

これまで文化財を支えてきた職人たちを蔑ろにしてきたツケが、このような姿が今後日本各地でどんどん出てくるのであろう。

4月16日、パリの〈白い貴婦人〉「ノートルダム大聖堂」が焼失した際、1週間あまりで8億ユーロ(1000億円)の義損金の申し出があった。

このうち、ルイ・ヴィトンをはじめとする高級ブランドグループ「モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」(LVMH)とコスメグループ「ロレアル」は、それぞれ2億ユーロ(約250億円)の寄付を表明した。

この2グループだけで計4億ユーロ、全体の寄付の半分に及ぶ。

ノブレス・オブリージュ/Noblesse Oblige

欧州では、高貴な生まれや富めるゆえに特権を得ている者は、それに応じた義務を負うべきであるという「ノブレス・オブリージュ/Noblesse Oblige 」の思想が中世からある。

富を持った人間の義務で有名なものとして、戦時下においては、イギリス王室の王子や貴族の子息が、前線に将校として配置されることが知られる。

健康なイギリス王室や貴族の子弟は、必ずみな軍隊の経験を持ち、予備役として有事の際には、戦場に赴く。

もちろん、最前線というわけではないが、それでも軍人として前線に赴くことが義務として課せられる。

中世からのイタリア貴族もまた、代々領地として所有してきた農園や葡萄畑などの維持管理が責務となる。

広大な領地を維持管理することは、金銭的な面も含め大変に労力のいることで、貴族の子弟にとっては負担が大きい。

しかし、ワイナリーや農園を運営し、観光資源でもある美しい田園風景を維持することは彼らに課せられた義務なのである。

もちろんこれらが法律で定められているわけではなく、社会の不文律、暗黙の掟となっているところに、より彼らの苦労がある。

アメリカでも同様に「ノブレス・オブリージュ」は存在し、富を得たものはボランティアや文化団体、病院や学校などへの寄付は、半ば義務であり、これを回避していては社会的に認められない。

マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツが、早々に経営から退き、夫妻でボランティ団体の運営に専念しているなどはこの典型であろう。

犯罪組織のマフィアでさえ、フロント企業を使ってボランティア団体などに寄付をする。

日本でも、江戸時代の各藩主は、領内の伝統工芸品などを幕府に収め、これを支える職人を育成し技術の伝承維持に努めたものが特産品として多く現在に残る。

廃藩置県の後の明治時代では、日本経済の黎明期を支えた人物が、芸術的、文化的な分野のパトロンとなり、芸術品や工芸品を収集した。

三井財閥創設者のひとりで、茶人・数寄者としても知られた「益田鈍翁」などがその代表である。

このように財閥の創始者などが蒐集した美術品を保存展示するための私設美術館が日本各地にある。

住友財閥の泉屋博古館/京都
京都の実業家・藤井善助の有鄰館/京都
東武財団創始者・根津嘉一郎の根津美術館/東京
虎ノ門の実業家・大倉喜八郎の大倉集古館/東京
灘の白鶴酒造創業者・嘉納治兵衛の白鶴美術館/兵庫
倉敷の実業家・大原孫三郎の大原美術館/岡山

などがそれで、日本各地その土地を代表する企業は、大なり小なり冠を呈した美術館、博物館を持つか、その地方の建築技術を凝らした本邸や私邸を普請している。

欧米に比べると、富めるもの特権を持つものとしての義務としては、社会性に乏しい感があるが、これらが日本的「ノブレス・オブリージュ」と云えるだろうか。

この日本的「ノブレス・オブリージュ」も、大戦後の日本の企業が、たとえ財閥企業といえども、その代表者がサラリーマン社長となってしまったこと、オーナー企業といえども、自由に文化投資ができないシステムになってしまったことで、急速に無くなってしまう。

一時、バブル経済期に企業の「メセナ活動」の機運が高まったが、景気の冷え込みと同時に消え去ってしまった。
メセナ/mécénat—文芸を庇護した古代ローマの政治家マエケナス(Maecenas)の名にちなんだ言葉—企業が行う文化・芸術活動に対する資金支援。

戦後、良い意味でも悪い意味でも、日本の中に〝高貴な生まれや富めるゆえに特権を得ている者〟が存在する要件が無くなってしまった。

多少このカテゴリーに当てはまるものもいるが、欧州の階級社会ほど大きな格差とはなってない。

昨今のIT長者などは一過性の存在に過ぎず。

欧州貴族の規模に比べれば、彼らの手にした富の程度には限度があり、またその富の使い方にしてから社会性をみることはできない。

最近、日本企業としての「ノブレス・オブリージュ」を感じたのは、台風15号の強風で近隣の住宅に倒れた千葉県市原市のゴルフ練習場の鉄柱の除去作業を無償で買って出た解体業界大手の「フジムラ」に対してである。

「フジムラ」には、いち早くノートルダム大聖堂の復元費用寄付の声を上げた「モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)」と「ロレアル」に近しい精神を感じた。

現代の日本のように、企業が文化・芸術活動に資金を注ぐ環境にない状態では、文化・芸術、伝統工芸を支えてきた職人の活躍する場所がどんどん失われ、技術の継承が途絶えている分野が多くなっている。

今回の「首里城の瓦」の修復が困難なように、これから我々はこのツケを払わされるのである。

編緝子_秋山徹