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令和二年 立冬

2020年11月7日

僕らの田圃

〝藁にお〟と〝収穫〟

 立冬

立冬—小学生低学年の頃、稲刈りの終わったこの時期の田圃は、僕らの遊び場だった。

初夏の田植えから秋に稲が育ち、稲穂がたわわに実っている間、僕らは畦道を歩くしかないが、稲刈りが終わり藁の株ばかりとなった田圃は入り放題である。
見つかるとお百姓さんには怒られるが—

まず、田圃には青蛙やミミズなど沢山の虫たちがいて、僕らの遊び相手となる。

そして稲の脱穀が終わると、いよいよメインの〝藁にお(藁塚)〟の登場である。
〝藁にお〟は、脱穀後の稲藁を円錐形に高く積み上げたもので、僕ら小学生には天然素材のジャングルジムだ。
始めは崩れぬようにソロリソロリと登ったりするが、次第に乱暴になり、しまいにドロップキックや跳び膝蹴りをして壊してしまったりする。
これは見つかると本当に怒られる。

農家の爺さんが鍬や鎌を持ちすごい形相で「こらーっ」と追いかけてくる。
僕らは「ぎゃーっ」と全速力で逃げ出すのである。
次の日は少し離れた田圃でまたこれをやる。
こうして、下校途中にある田圃を次から次に制覇するのであるが、当然この遊びに情熱を注ぐのは僕たちだけではない。
違う奴らのグループも虎視淡々と〝藁にお〟を狙っている。

僕らがボロボロにしてしまった〝藁にお〟をようやく組み直したのを違う奴らが崩してしまい、憤怒の形相の爺さんに追いかけられているのを指差して「あはは—」と笑っていたら、そいつらがこちらに逃げてきて、「あっ、ちょっと待って」と慌てて僕らも駆け出して逃げるということもあった。

 おやつの収穫

この一戦が終わるとおやつの時間である。
田圃の近くの農家の庭先や畦道にはイチジクや柿が植えてある。また少し林を入るとアケビがあったりする。
これをいただくのである。
だから、僕らは初秋のイチジク、晩秋の柿の食べ頃を良く知っていた。

あそこの家のイチジクはまだ早いが、こちらの家のはそろそろだなどと、日々品定めをしてその日が来るのを楽しみにしている。
もちろん、家の人に見つからずに頂かなければならない。

イチジクも柿も、〝熟しすぎ〟というくらいの時が美味しい。
イチジクは、実が紫色になりやがて割れてその実が萎れて腐りかけかなと思うくらいのものが、凝縮した甘味と酸味のバランスがすこぶる良い。

柿は、枝から落ちる寸前にまで熟しているものに限る。
熟れたばかりの柿は齧ったときに皮が当たり邪魔になるが、熟れ切った柿を食べる時は、皮を破ってそこから実を口で吸い取って食べるので、手ぶらの僕らにはちょうど良いのである。
なにしろ熟柿(じゅくし)のズルズルのジュボジュバが旨いのである。

柿にしろイチジクにしろ、この状態のものは今も昔も決して八百屋やスーパーでは売っていない。
もう二度と食べることはできないのだろうなと残念に思っていたら、イタリアはキャンティ郊外のレストランで、僕らが好きだった状態の熟れ切ったイチジクと生ハムが出てきたことがある。

アンチパスト・前菜であったが、懐かしく嬉しくてたまらなかった私は、キャンティワインを片手に何度もこればかりをお代わりして結局食事を終わらせてしまい、周りに呆れられた。
そのレストランは、その後の狂牛病の煽りで廃業してしまった。
あれから二十年、あのイチジクをどこかでまた食べることができぬものか。

小学生の僕らが柿やイチジクを庭先からいただいている時、家人に見つかってしまうと、やはり鍬か鎌を持った爺さんに「こら—っ」と追いかけられることになる。
これが〝藁にお〟の時に追いかけてきた爺さんと同じだったりする。
「まて—っ、またお前らか—」追いかける爺さん。
「うひゃひゃひゃー」と柿を手に逃げる僕ら。

時代は、前回の「東京オリンピック」の少し前のことである。
まったくもって平和である。

この文章で、僕ら・僕らと書いていたら、月刊漫画『ぼくら』が思い浮かんだ。

『ぼくら』は、1954(昭和二十九年)から1969(昭和四十四年)まで講談社から発行されていた月刊の漫画雑誌である。(同じ時期に少女漫画『なかよし』が発行されていた)
私の生まれる前から小学校六年生まで発行されて、まさに田圃を駆け巡る頃の私の愛読書であった。

連載されていた作品には『 狼少年ケン(伊東章夫)』『風のフジ丸 (原作:白土三平)』『快獣ブースカ (益子かつみ)』『妖怪人間ベム(田中憲)』などがあるが、中でも有名なのが梶原一騎原作、辻なおき画の『タイガーマスク』である。

『タイガーマスク』は、当時の子供達の大好きなもの「巨人・大鵬・卵焼き」の次に上がるものとして、プロレスの人気を確固たるものにした漫画であった。
同じく梶原一騎原作の『巨人の星(川崎のぼる)』『あしたのジョー(ちばてつや)』も夢中になって読んだ。

後にこれらは、テレビアニメ化され毎回ハラハラ、ドキドキ、時に涙しながら見た想い出がある。

『あしたのジョー』についての当時の逸話として、三島由紀夫が前回の続きをどうしても早く読みたいと、『週刊少年マガジン(講談社)』発売前の編集部に駆け込んだのは有名な話である。

今年やはり「漫画—テレビアニメ—映画」という流れの『鬼滅の刃(作・吾峠呼世晴)』という劇場版アニメ映画が公開されて興行収入の記録を更新しているという。
疫病により文化関連の催し諸々に影響が出ている本年度に、サブカルチャーとはいえ、過去を超える作品が出るということは慶ばしいことである。

編緝子_秋山徹