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令和二年 小寒

2020年1月6日

貫く棒の如く

小寒_無事に古い年が改まって新たな年となる

年が開けると同時に〝寒の入り〟となり、立春までが〔寒の内〕となる。

この時候の季語「去年今年/こぞことし」は、一年で一番大きな結界である大晦日を無事終えたことを表す。

この季語で有名な句に、高浜虚子の

『去年今年 貫く棒の如きもの』がある。

鎌倉駅に掲げてあったものを、たまたま見た川端康成がこの句に衝撃を受けたと随筆に書いて一躍有名になった。

〝貫く棒〟の解釈はいろいろあるが、連綿と続く時の流れを具現化して表現したものではないだろうか。

人日と七草

七日は、年明け最初の節句[人日/じんじつ]である。

古来中国の占いでは正月の一日から〔鶏、狗(犬)、猪(豚)、羊、牛、馬の日〕と続き七日が〔人の日〕とされた。

ちなみに八日は〔穀物の日〕であるという。

また、七日の節句は別名[若菜の節供]と呼ばれ、〔七種粥〕を食べる習慣が今でも残る。

こちらもやはり中国が起源で、中国では一月七日に官吏(かんり)昇進が決まるため、出世を祈願して七種の穀物「米、麦、小麦、粟、黍、大豆、小豆」を食べたのが始まりとされる。

これが、日本に伝わって七種の野草に変わり、厳しい寒さの中で新芽・若葉を出した冬の野菜の生命力を頂き、冬を乗り切るというものになった。

七種粥が庶民にまで広まったのは江戸時代とされ「芹、薺(なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座(ほとけのざ)、菘(すずな)、すずしろ(清白)これぞ七種」

という歌もできた。

もっとも庶民は七種全部を用意するのは大変なので、主にナズナと小松菜を入れた粥を食べていたそうである。

この際に余ったナズナを水につけて、その水に爪を浸して切るとその年は風邪を引かないと云う〝七草爪〟をするため、一年の最初の爪切りは七日に行なうという風習があった。

このあと、11日の鏡割り、15日の小正月/左義長、16日の薮入りと続く、こうした日本の遺風はどんどん失われつつあるが隠居の身なれば、なるべく実践したいというものである。

もっとも奉公人の年に2回の休みの〔薮入り〕は、帰るアテなき身であるが—

サービス

この歳になると、義理事や法事のみが多くなる。

暮れも押し迫った29日、身内の法事で中国方面の地方都市で一泊することになった。

往復の飛行機とホテル一泊がセットになった航空会社のパッケージを購入したのだが、この時予約で迷ったのが、ホテルである。

ホテルは2軒のうちから選ぶのだが、1軒は全国展開チェーンのビジネスホテルで、このホテルチェーンの特徴である温泉の浴場が最上階についている。

もう1軒は、その地方都市に昔からある老舗シティホテルで、どちらも朝食付きで、料金は老舗ホテルの方が2千円高かった。

通常ならば一も二もなく全国チェーンのビジネスホテルを予約する。ホテルの格や客室よりも、温泉の大浴場の方がありがたい。

旅先で夜寝る前と朝食の前に、大きな浴槽に浸かる幸せは何者にも代え難い。

雑誌の編集者時代も、地方取材の際は必ず大浴場付きのホテルを探し選ぶようにしていた。

取材が長丁場になればなるほど、大浴場は疲れを癒してくれる。

ホテルの格や客室では疲れは取れないのである。

実際、大浴場付きのホテル確保は、カメラマンや取材クルーに評判が良く、有り難がれた。

しかし、今回は懸念材料があった。

午前中から始まる法事に参列して、そのあとの会席に参加して、夕刻に飛行場に行くまでに喪服から着物に着替えなければならない。

東京に帰ったその足で、仲間内の年末の寄合に着物で参加する予定であるからである。

寄合の場所と時間を考えれば、羽田から一旦帰宅して着替えて会場に行く余裕はない。

ここで考えたのが、ビジネスホテルが一旦チェックアウトした客に、その後着替える場所を与えるかどうかである。

マニュアルや施設の性質、さらにオペレーション上から、これは難しいだろうとして、老舗シティホテルを予約してみることにした。

老舗ホテルのホームページにチャペルを併設した結婚式場などがあったので、どうにか着替える場所を確保できるのではないかという希望があった。

今回は大浴場よりも着替え重視である。

当日、最終便で到着した私がホテルにチェックインしたのは、午後10時を過ぎていた。

館内のレストランや喫茶などはすでに閉まっており、ロビーは閑散としていた。

チェックインを済ませて、明日朝の朝食券を受け取ってから、肝心の明日の着替えの件を尋ねた。

明日午前チェックアウトの後、法事があり喪服で出かけること。その後戻ってきてから着物に着替えたいので場所を借りたいこと。着物と荷物はそれまで預けたいことを伝えた。

フロントの若い男性は、多目的トイレがあるので、そこで着替えることができますと云ったが、明日チェックアウトの際に再度フロントに相談してくれという。

一抹の不安が過ったが、多目的トイレを確認したところ、まあまあの広さであったので、最低ここでも構わないかとしぶしぶ思った_しかし、トイレである明日使用する際に汚れていないとも限らない。トイレで着物に着替えるのは避けたかった。

とにかく明日の朝の交渉次第かと部屋に向かった。

部屋を見た途端、明日の着替えはトイレと観念した。

狭い!

未だ嘗てこれ以上狭い部屋に泊まった記憶がないほどに狭い。

部屋には、小さめのシングルベッドに、これまた小さめの机があり、ワードローブもなくドアの横にハンガーがかかったフックがあるだけの、シティホテルにあるまじき狭さである。

そのくせ机の上の壁に固定されているテレビは40インチ近かった。

浴室はさらに酷く、両手を広げれば両方の壁に手が届く幅に、本当に小さな三角形のバスタブに洗面と便器が備え付けてある。

あまりの狭さに閉所恐怖症の人は震え上がりそうである。

歯ブラシと髭剃り、シャワーキャップの備品は浴室内に置き場所がなくベッド脇の机に置かれている。

この部屋が特別狭いのかと、避難用のフロア見取り図で確認すると、他のシングルルームもこの部屋と同じ広さで描いてある。

これならば、大浴場を優先した方が良かったかと後悔しながら寝た。

翌朝、可もなく不可もない朝食の後、チェックアウトの後荷物を預けながら、昨夜同様の説明で着替えのことを尋ねた。

対応したフロントの女性は、夜勤のものから伺っております。お戻りになりましたら、ご用意させていただきますと答えた。

まさかトイレではあるまいな—と思いながらも、礼を云って法事へと向かった。

午後に法事から戻り、朝対応してくれたフロントの女性が着替え用にと案内したのはツインルームの客室であった。

ゆっくりお着替えくださいという女性に礼を云って、着物が汚れる心配もなく着替えを済ませ、ホテルの喫茶でのんびりと時間を過ごしてから空港へ向かい、東京に戻った。

東京の寄合に、世界のリゾートホテルを巡っている旅行専門のライターがいたので、ホテルのサービスについての話となった。

彼女いわく、ホテルの評価には二つの要素があり、ひとつはその設備施設の品と質であり、もうひとつは人・スタッフのサービスが洗練されているかにあるという。

設備施設は初期投資をすればそれなりののができるが、人が施すサービスについては一朝一夕ではどうにもならないという。

また彼女の私見として、
二流ホテルとは、マニュアルの守られていないホテル。
普通のホテルとは、マニュアルが守られているだけのホテル。
一流ホテルとは、マニュアル以上のサービスを心得ているホテル。
超一流ホテルとは、マニュアル無きが如く最高のサービスを施すホテル。
となるという。

さらに彼女の超私見として、特に海外のリゾートホテルにおいて、サービス責任者がゲイの男性であると100%に近い確率でそのホテルのサービスの質は高いという。

彼らのきめ細かな感性がサービスに生かされている部分が多いらしい。

今回私が体験したホテルとそのサービスは、彼女いわく、施設は明らかに二流であるが、それを補ったサービスはシティホテルとしてのものであり、総合すると普通のホテルとなるらしい。

ただサービスには対価があるものである。

それゆえに、一流ホテル、超一流ホテルの料金はそれだけの価格になっている。

しかし、私が今回購入したパッケージツアーの料金は航空券とホテル代を含めても、往復の飛行運賃よりも安い。

サービスには無料、フリー、オマケという使い方もある。まさかホテルサービスが無料ではなかろうが、対価はどこにあるのか、などとつらつら思いながら〔棒の如く〕年を越した。

編緝子_秋山徹