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令和二年 小暑

2020年7月7日

紫陽花の門守り

単衣から羅へ

 小暑

小暑・七夕(乞巧奠)_単衣から羅へ、暮らしのしつらいが夏にかわる時候

夏である。
きものが裏地である胴裏のある袷(あわせ)から、胴裏のない単衣(ひとえ)に替わる〝更衣〟が六月一日であれば、単衣から羅(ら/うすもの)へと替わるのが七月一日である。

本来〝羅〟は織り方の名称であるが、夏物の〝うすもの・うすぎぬ〟全般を指す言葉としても使われるようになった。

〝うすもの〟には、絹の羅・紗・絽、麻の上布、馴染み深い綿の浴衣などがある。

羅・紗(しゃ)・絽(ろ)の違いは糸の染め方と織り方が異なることで区別され、紗と絽は経糸2本と複数の緯糸の絡み織りで、〝紗〟は糸を染めてから機にかけ反物に織ったもの、〝絽〟は糸を白生地の反物に織ってから染めたものである。
また、〝羅〟は経糸が3本以上ある絡め織のきものを云う。

これらは、通常の糸よりも撚りを強くした太めの糸を絡めて織ることで、糸と糸の間の隙間が大きくなり、風を通すようになるため、夏のきもの生地として使われる。

〝上布〟は、麻で織られたもので、新潟の越後上布、石川の能登上布、岐阜の近江上布、沖縄の八重山上布が有名である。

ご存知の〝浴衣〟は、湯浴みに使われていた湯帷子(ゆかたびら)が、夏の普段着・街着となったものである。

この夏の装いは八月の末まで続き、九月一日には羅が単衣に、十月一日には単衣が袷へと替えられる。

もっとも、宮中を筆頭に公家や大名・武家などは、一年を通してもっと細かい更衣があり、その名残として、袷から単衣に替わる直前の、五月下旬にだけ着られる〝紗袷(しゃあわせ)〟などが今にも残る。

かつては、こうした夏のきものだけでなく、室内の装いもまた夏のものとなった。

夏座敷

この小暑の時候には、家中の障子や襖を外し、葭戸(よしど)を嵌めて、御簾(みす)を下げ、葭簀(よしず)を立てかけ、縁側の椅子は籐椅子に替わり、軒には風鈴のついた吊り忍が吊るされて、〝夏座敷〟の室礼となった。

日本の風土は多湿である。
夏は殊の外湿度が高いため、日本の家屋はまず第一に夏向きに建てられた。

少しでも涼の取れるように、壁の少ない風通しの良い家が作られ、建具も夏とその他の季節のものが替えられるように、固定された扉ではなく、開け放たられるように可動式の障子や襖となり、さらに多湿となる夏には蘆(あし)で編まれ、よく風を通す建具である葭戸などに取り替えられた。

私の子供の頃、郷里の九州の田舎ではこういった作りの家が多かった。そして夏でも風が通り、存外涼しかったと憶えている。

数年前の初夏に岩手遠野の曲がり屋を取材した際も、外の暑さに比べて家の中は随分涼しくて凌ぎやすかった。

取り換える建具や家具を収納する場所も必要であったから、家にはそれなりの広さが求められる。現在もこの昔ながらの家が残るのは、土地に余裕のある地方に限られる。

コンクリートの箱形マンションか、新建材の戸建てが主流となった現在の日本の夏では、、クーラーがなければどうにもならぬが、クーラーの苦手な私にとって、子供の頃に家内に吹いていた蘆の匂いのする穏やかな風が恋しい。

近年の熱中症になる危険性のある茹だるような日本の夏では、クーラーでなければ太刀打ちできないぞ、という声が聞こえそうである。

日本の風土に抗って作られたようなコンクリートの箱の中で、機械の作り出した人工的な風を受けながら、日本古来の風通しの良い日本家屋の夏座敷の室礼であれば、案外凌げるのではないかと、私は密かに思っているのであるが、如何であろう。

私が金満家であれば、夏暑く冬寒さ厳しき金沢あたりの古い町家を求めて、毎日をきもので過ごし、かつての日本家屋と暮らしぶりを実体験したいものだ。

門守り

あじさいの門守り

金沢といえば、京都の祇園と並び称される遊郭の〝ひがし茶屋〟からほど近いところに、長谷山観音院がある。

この寺では、毎年七月九日に「四万六千日(しまんろくせんにち)の縁日」が行なわれ〝祈祷もろこし〟の赤とうもろこしが配られる。

「四万六千日(しまんろくせんにち)の縁日」は、この日に参拝すると「四万六千日」お参りしたと同じご利益があるとされ、「四万六千日」は百二十六年にあたるので一生分のお参りに相当するという有難い日となる。

金沢の人は、配られた〝祈祷もろこし〟を玄関の軒先や柱に飾り、一年したらこの日に新しいものを求め、古いものをお焚き上げしてもらう。特に縁起を担ぐ花街では商売繁盛を願い玄関に飾られる。

これを金沢では古くから〝もろこしの門守り〟と呼ぶ。

「とうきびの毛が長いほど、もうけがたんとあると昔から言うてね。毛のふさふさしたを拠っていただいてくるがや、厄がこの家を避けて通るまさるよに祈るがや、去年一年間吊しといたとうきびは、あんやとさんな、とお礼をゆうて観音さんにお返ししみす」(『廓のおんな/金沢名妓一代記』井上雪/新潮社)
は、ひがし茶屋街で生涯を芸妓と置屋「すず見」の女将として過ごした〝山口きぬ〟さんの言葉である。

この『廓のおんな』の中に、別の門守りのことも出ていた。

それは、七月夏の土用の日に行なう。
土用の入りの一番目の朝に、〝紫陽花/あじさい〟を摘んできて、それを白い和紙に包み紅白の水引をしてから玄関に吊す。
二番目の朝に摘んだものを今度は台所に吊るし、三番目の朝に摘んだものは寝室に吊るすという〝あじさいの門守り〟である。

この〝あじさい〟は、朝早くに人知れずに盗んでくることが肝心だという。

〝あじさい〟には花弁がたくさん集まっていることから、「安地財」という字を当て、蓄財、商売繁盛、人気が上がるなどを願って、茶屋街の玄関先には、この〝あじさい〟と〝とうきび〟の門守りが並べて吊るされる。

また冬至の日には、金柑三粒と銀杏三粒を白い紙に包み、紙の真ん中に「かう」と書き、紅白の水引を引いて床の間に飾るというしきたりもあり、これは「金と銀を買う」でお金に不自由しないようにと願う。

毎月一日には神棚に鯛と赤飯を供え、十日にはまめに働けますようにと大黒様に黒豆餅を供える。

このように廓では毎日のように行なう〝しきたり〟があったそうだ。

我々の日常でも、正月や盂蘭盆、夏至や小暑などの二十四節気や七夕などの五節句、土用や八朔などの雑節に、それなりの室礼をし、更衣などの季節の年中行事や儀礼を行なえば、一年は秩序良く流れ、季節の移ろいもまたより良く五感で感じることができる。

室礼やしきたりといったものは、日本の風土とともに連綿と続いてきた日本人の良き習慣である。

人の価値観が大きく替わりつつある今だからこそ、大事にしたいものでもある。何が人にとって大事なものなのかが、問われている時代である。

遊郭では、縁起を担ぐということも大きいが、しきたりというものは流儀として重じてきた面も強い。

昨今、男と女の色事でマスコミや世間が喧しく騒ぐ中で、色事のしきたりや流儀の乱れを感じることが多い。

色事を生業とする女性の〝掟破り〟が多く見受けられる。

男が綺麗に遊んでいないということもあるだろうが、その世界には、その世界の節度というものがあるはずだ。

これは、日本の美しき季節の行事や儀礼、しきたりや室礼というものが、廃れてきてしまっていることと、あながち無縁ではないように思う。

 

編緝子_秋山徹