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令和三年 穀雨

2021年4月20日

キックの鬼

優しくなければ生きる資格がない

菜種梅雨

穀物には恵みの雨である。
それにしてもこの時期にしては雨が多いような気がする。
菜の花が咲く頃に長く降る雨を菜種梅雨と呼ぶそうだ。

ぐずぐずと降る雨に朝曇りが続き、清々しい春の明け方はどこに行ったのやら。

雨のせいか、このところ例年よりも寒の戻りが厳しくて、前立腺の具合がよろしくない我が身にはちと辛い。

季節の変わり目に少しでも体を冷やしてしまうと、途端に調子が悪くなってしまう。

若い頃に薄着で飛び回っていたのが嘘のようだ。
生命力というのか、野生味というのか、著しく戦闘能力に欠けている気がする。
これが年老うということなのだろう。
動物の世界では一番最初に狙われて襲われる弱い存在か。
ただ、捕食されても不味かろうが_

沢村忠と元ムエタイ・チャンピオン

先日、タイ・バンコク在住の友人(一時帰国した際にコロナ騒ぎとなり一年近くバンコクに戻れず日本に足止めを食らっている)と話をしていて、マリコさんの話題となった。

マリコさんは元日劇ダンシングチームのメインダンサーであったが、退団後にベトナムの戦地を廻って米軍兵士相手に慰問ダンスショーを公演したという経歴を持ち、サイゴン陥落後はダンサーを引退してバンコクで日本料理の居酒屋をやっていた、と以前このコラムでも書いた。

マリコさんがバンコクに落ち着くことになったのは、あるタイ人男性と出会い結婚したからだ。
その男性はムエタイの元チャンピオンだった。
タイの国技ムエタイはタイ式ボクシングと呼ばれて日本のキックボクシングの原型ともなった。

聖地「ルンピニースタジアム」では毎週末と火曜日に試合が行なわれテレビ中継される。その他の会場でも頻繁に試合が開催されている。
国技ムエタイのチャンピオンともなれば、大相撲の横綱並みに敬意が払われる。

私が小学生の頃、日本ではキックボクシング全盛の時代で、中でもスーパースターは〝真空飛び膝蹴りの沢村忠〟だった。
毎週テレビ放映される試合を夢中になって見た。
その時分、寝たきりだった元職業軍人の爺さんは格闘技が大好きで、大相撲とキックボクシングのテレビ中継を布団の中から欠かさず見ていたが、その頃ボクシングの世界タイトルマッチ戦で日本人ボクサーが連敗していたのを嘆き「沢村が出ればいいのに」と言っていた。
私は子供心に「いくらなんでも、それは無茶でしょ」と内心思ったが、「そうだね。沢村が出るといいのにね」と返した。

マリコさんのご亭主のムエタイ元チャンピオンは、日本で沢村忠と何度か戦い敗れた。
スポーツマスコミは本場タイのチャンピオンを日本の沢村忠が倒したと騒ぎ、沢村とともに日本キックボクシング界のステイタスが上がったのだと報じた。
ピークを過ぎていた元チャンピオンは何のことはない「沢村忠の噛ませ犬」だった。

当然本場タイは面白う筈がない。
元チャンピオンは金でムエタイの権威を売り渡したとバッシングを受けた。
そんな不遇の元チャンピオンをマリコさんは支えた。
のちにマリコさんに、元チャンピオンにはお金が必要な止むに止まれぬ理由があったと聞いたが、その理由については終ぞ教えてもらえなかった。

そんな話を友人と話していて、ふと、今、沢村忠はどうしているのかと思った。

調べて見ると、これを書いているほんの半月ほど前の令和3年3月26日に78歳で亡くなったばかりだった。
格闘家としての沢村忠の経歴は変わっている。
幼少から剛柔流空手を祖父から習っていたというが、大学は日本大学芸術学部映画科を卒業している。
卒業後、キックボクシングの旗揚げに参加してキックボクサーとなった。
芸能人ならまだ知らず、プロの格闘家で〝日芸〟を卒業した人は未だかつていないのではないだろうか。

241戦232勝(228KO)5敗4分という戦績を残して引退した沢村は、その後きっぱりと格闘技界・キックボクシング界とは縁を切り、自動車整備工となった。

それはキックボクシングの元チャンピオンが落ちぶれたというのとは違い、「以前から興味のあった自動車の整備を一から学び、地に足の着いた生活をしたかった」と後のインタビューに答えている。

華やかな戦績でリングを去った後にジムの経営者や指導者とならず、格闘技とはスッパリときれいに縁を切り、自分の意思を持って新たな人生を歩んだというのも一世を風靡しスターダムにのし上がった格闘家としては珍しい。

その後、自動車設備会社を設立して亡くなる直前まで操業されていたという。また元タレントの白羽玲子さんは娘さんであるらしい。

キックボクサー沢村忠の絶頂期には、沢村の物語『キックの鬼』が梶原一騎の原作で『少年画報』に連載され、のちにテレビアニメとして放映された。

当然、小学生の私たちは夢中で見た。
還暦をとうに過ぎ、下手をすると昨日の夕飯に何を食べたか忘れそうになりながらも、50年以上前のアニメの主題歌は覚えている。
当時大声で歌っていて、親父に「うるさい!」と怒鳴られた場面さえ鮮明に覚えているのである。

オープニングテーマ/キックの鬼

行くぞゴングだ
飛び出せファイト
出てくる奴はワンツーパンチ
ノックアウトだ 右回し蹴り
今だ チャンスだ 真空飛び膝蹴り
キック キック キックの鬼だー
『作詞 : 野口修 / 作曲 : 小林亜星』

エンディングテーマ/キックのあけぼの

鬼がリングで見た星は
キックのあけぼの告げる星
道なき道を切り開き
求めた試練が男なら
求めた未練も男なら

真空蹴りに夢をかけ
相手を倒しただけじゃない
七度転んで八度起き
掴んだ勝利が男なら
掴んだ王座も男なら

命をかけたこの腕が
男の夢をえがき出す
キックの花を咲かせよと
流した涙も男なら
流した血潮も男なら
『作詞 : 梶原一騎 / 作曲 : 小林亜星 』

両曲とも低音の渋い声で歌うのは沢村忠・本人だ。
たまに風呂場でこの歌を歌う時、私の心は小学生の頃に戻る。
子供ならず成人になっても男は、本能として格闘技が好きだ。
だから幾つになってもプロの格闘家は憧れの的であり続ける。
還暦を過ぎた親爺を小学生に戻してしまうキックボクサー〝沢村忠〟は無敵だ。

初めてバンコクのマリコさんの居酒屋にお邪魔した時、同行した霊的な能力のある友人が「あそこの席にタイ人の男性が座っている」と店の隅の誰もいない椅子を指した。
その席は、生前マリコさんのご亭主の指定席であり、友人が語る男性の特徴もご亭主に一致していた。
亡くなった後も元ムエタイ・チャンピオンは居酒屋の指定席からマリコさんを見守っていた。

男は強くなければ生きていけない。
優しくなければ生きている資格がない。
『野性の証明』

編緝子_秋山徹