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令和三年 小満

2021年5月21日

医者の道楽?

落語家 立川らく朝

痛風オヤジの居酒屋料理

小満—すべからく生命力に満ち満ちて健やかな季節であるという時候であるが、私を含め日本中がフラストレーションを抱えたままである。

唯一痛快であるのは、大谷翔平の神懸かり的活躍のみである。

また残念なニュースが入った。それは先の5月2日に亡くなったという落語家立川らく朝師匠の訃報である。
享年67歳であった。三つ違いの同年代としては溟(くら)い気持ちとなる。

〝落語家らく朝(本名・福澤恒利)〟の経歴は変わっている、この人、元々が生活習慣病を専門とする歴(れっき)としたお医者さんなのである。

医師としての経歴は、1979年に杏林大学医学部を卒業後、慶応大学医学部に入局し、その後、慶応健康相談センター医長を務めた。2002年南青山に「表参道福澤内科クリニック」を開設。専門は高脂血症と動脈硬化症。

落語家としては、2000年に46歳で10歳年下の〝立川志らく〟に客分の弟子として入門し、04年二つ目、15年10月には真打に昇進した。現役の医者という立ち位置から『健康落語』というジャンルの新作落語の噺を多く生み出した。

私が最初にお会いしたのは、表参道交差点近くに〝福澤クリニック〟を開設されてすぐの頃に痛風患者として通院してである。
それ以来、近所のかかりつけ医としてお世話になった。

福澤院長が落語家と二足のわらじを履いているのは、最初に通院した際に待合室に置いてある書籍や雑誌を読んで知った。

杏林大学時代「落語研究会」を自ら創設したほどの落語好きが高じて、医者になってからも、どうしてもプロの落語家になるという夢を捨てきれず立川流の門を叩き、弟子として取ること渋っていた立川志らくに、立川談志が「医者が落語家になるなんざぁ面白えじゃねえか」のひと言で入門が許されたこと、ようやく二つ目になったが、なかなか真打への道は遠いこと、などを治療の合い間に伺った。

福澤クリニックに通院を始めてから約三年半後の2007年、出版社に提案していた〝MOOK*〟の企画が通った。
*MOOKは、MagazineのM・Bookのookを合わせた合成語で、その名の通り雑誌と本の中間の性質を持った出版物。既存の雑誌の臨時増刊号として発売されることが多々ある。

本のタイトルは『痛風オヤジの居酒屋料理—初めて包丁を握るオヤジに愛を込めて—/桃園書房刊』

この本は、もともと私が痛風オヤジであることと、当時住んでいたマンションの斜め前にあって、週三日は食堂がわりに通っていていた「西麻布てやん亭」という居酒屋の中麿(なかまろ)洋行料理長(当時)が、めでたく痛風になったことを祝して洒落で企画したものである。

中麿料理長に—包丁を握ったことのない素人のオヤジ—でも作れる酒の肴のレシピを考案してもらい。
各料理に合う焼酎を、未だ発作は出ていないが、いつ痛風発作が出てもおかしくない高い尿酸値を誇る(制作時からおよそ14年が経つが未だに発作が起きていない稀有な人である)酒屋の亭主にピックアップしてもらった。

酒屋の亭主は、創業明治38年の老舗酒屋「長野屋」の林憲一郎さんで、林さんは焼酎や日本酒の酒蔵を自分の足で直接訪ねて仕入れるほど熱心に酒全般を勉強されていて、スコットランド・アイラ島の蒸留所に足を運ぶほどのアイラスコッチ好きが昂じて娘さんに〝あいら(字を失念)〟と名付けたほどである。そんな林さんの「長野屋」には西麻布や六本木のバーテンダーが、何か面白い酒はないかと店に通ってくる。
当然近隣の「てやん亭」に酒を卸しているのも林さんの長野屋であった。

この本のカメラマン・ライター・デザイナーの制作メンバーは痛風病みもしくは予備軍の知人・友人で固めた。
弊ウェブマガジン『麻布御簞笥町倶樂部』に「昭和歌謡」を寄稿いただいている勝沼紳一さんもライターとして全料理のレシピとテキストを書いていただいた。

そして、この本の冒頭インタビューに福澤医師こと立川らく朝さんには、痛風をはじめとする生活習慣病の専門医また落語家として登場いただいたのである。

ここに、私なりの鎮魂の意を込めて、『痛風オヤジの居酒屋料理』冒頭インタビューの抜粋を掲載させていただく。

名付けて営業シンドローム、肥満・肝機能障害・痛風

——先の独演会でネタ卸しされた新作落語「布袋腹(ほていばら)」は、メタボリック・シンドロームがテーマでしたが、痛風をテーマとした話はあるんでしょうか。

福澤院長こと立川らく朝(以下らく朝) 健康落語は十五ほどありますが、「痛風落語」はまだありません。お客が男性ばかりの会だといいんですけどね。

らく朝 今から二十年前(当時)、企業の産業医を務めていたことがありますが、そのバブル最盛期、毎晩のように接待の飲食を重ねていた営業マンに多かったのが、肥満・糖尿・肝機能障害・痛風で、私はこの四つを「営業マンシンドローム」と呼んでいました。彼らは彼らで「営業マンの勲章」と嘯(うそぶ)いていましたがね。これらの病気は体質と食生活のバランスが崩れることが起因となりますから、みな根は同じです。

——痛風の改善として、食べたいものを我慢する。好きな酒を我慢する。しかし、それによって生まれるストレスの方が、プリン体を多く含む食物を食べる、酒を呑むということよりも痛風には悪い気がします。そういったストレスのなさそうな落語に登場する与太郎や熊さん、八つぁんはなかなか痛風になりそうにない。

らく朝 でも大酒呑みが多いですからね、痛風になる前に肝臓を壊しちゃうんじゃないかな。彼らはやりたいこと我慢しませんからね。酒が呑みたければ他人の酒だって飲んじゃう。若旦那は遊びたければ勘当されたって遊んじゃう。我慢しないくらいストレスのない生活はありませんからね。彼らは絶対に自分を良く見せようとはしない。それは江戸っ子の粋に反することだったんでしょうねきっと。自分のありのままをさらけ出している。さらに弱さまでをもきっちりさらけ出している。弱さをさらけ出していたら現代社会じゃあ弾かれちゃいますよね。落語の中の人たちは現代人にできないことばかりやっている。だから聞いていてホッとするんじゃないでしょうか。

——若旦那や与太郎に振り回される廻りの人たち、旦那様、ご隠居、大家さん達はどうなんでしょう。

らく朝 いやいや彼らも、かつての若旦那や与太郎が大人になっただけですから、ストレスは溜めないでしょう。それだけ大人の知恵というものがある。

真剣です「笑い外来」

——笑いといえば、六月から始められる「笑い外来」とはなんですか。

らく朝 基本的には生活習慣病の予防外来なんですが、「笑い」を予防に取り入れてみましょうと、クリニックで笑ってもらうんではなくて、日常生活でどんどん笑ってもらって、それが糖尿病患者の血糖値なんかにどう影響してくるかを、目に見えるデータとしてクリニックで確認していこうという試みなんですね。
具体的には「笑い手帳」なんてものを持ってもらって、毎日笑った時間をつけてもらって、一ヶ月間、二ヶ月間のトータルの「笑い時間」をひとつの指標として血糖値や尿酸値などとどう相関していくのかを観ていこうということなんですね。
笑うことが健康に佳いことはほぼ確実なんで、大いに笑ってもらう。それでもし糖尿の人でお薬を飲まなくて済むようになったりすれば、大きなメリットですよね。これはすごく励みになりますよ。カラダ全体の状況が、笑いの増えることによって、どう佳い方向に変化するか、これは楽しみです。
使えるデータになるまでには何年かかるかわからないですけれども、私も会員である「笑いと健康学会」なんかも注目してくれています。

大いに笑ってお見送りしたい。

編緝子_秋山徹