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令和三年 冬至

2021年12月22日

任侠の人・三回忌

年の瀬にぞわぞわと

おととし

冬至—今年も冬に至った。
南瓜と小豆を炊いた〝いとこ煮〟あたりをほくほくと肴に、熱燗をやるのもこの寒い季節の楽しみである。

仕事の第一線から遠く離れてしまった(離された?)身でも冬至を迎えると、年の瀬の匂いにぞわぞわと何とは無しに心が落ち着かなくなる。

ちと早い大掃除の準備でも始めるかと、机の廻りと本棚あたりをゴソゴソすると、書き散らかしたメモなどがまとめて出てくる。

その時々に頭に浮かんだことを脈絡もなく書き殴ったものが多いので、読み返して〝何のこっちゃ〟と意味不明のゴミ同然のものは処分し、残しておくものを備忘録専用の黒革のノートに書き写す。

このノートをパラパラとめくっていると(この時点で、もうすでに当初の目的大掃除が頭から消え去る音がする)令和元(2019)年の頁に目が止まった。
平成と令和の二つの年号が存在するこの年は、印象的な出来事が多かった。

まだ平成31年の4月14日、タイガーウッズが11年ぶりのマスターズ優勝を果たし、5回目のグリーンジャケットに袖を通した。

これで完全復活なるかと思われたが、本年2月に車で事故を起こして右脚を失うかもしれないという大怪我を負い選手生命の危機に陥った。

幸い、順調に回復している様子で、今年の12月18日から開催されたメジャーチャンピオンとその家族が2人1組で競い合うチーム戦PNC選手権(親子大会)に参加。
12歳の息子チャーリー君とタッグを組み2日間2ラウンドをまわった。

圧倒的な強さを誇った全盛期から一転、浮気発覚による離婚と怪我でトーナメント優勝から遠ざかり長いシーズンを低迷、途中、車を運転中に薬物依存の疑いで逮捕された時の写真の姿は、往年の輝きを放っていた時とは程遠いショッキングなものであった。
ようやく復調となった矢先に自動車事故で大怪我し、その年末には息子と大会でラウンドする。

まさに〝人間万事塞翁が馬〟を地でいくタイガーウッズであるが、彼の今後の人生には、まだひと波もふた波も、待ち構えているのだろうか。

そして、今年のマスターズ大会は松山英樹が優勝し、アジア出身の選手が初めてグリーンジャケットを着るという歴史的なものとなったことが喜ばしい。

マスターズ大会の翌4月15日には、フランス・パリのノートルダム大聖堂が大規模な火災に見舞われ、木造部分がほぼ焼け落ちるという悲しいニュースが世界中を覆った。
すぐに世界中から寄付の申し出があり、最終的にその金額は8億3000万ユーロ(約1080億円)に上ったという。
その甲斐もあってか、火災から2年目を迎えた本年、フランス政府の文化相は議会で「2024年に一般公開を再開する」と発表した。
3年後のパリ・オリンピック開催時までに間に合わせると宣言したのである。
パリの傷ついた白い貴婦人(大聖堂の別名)は、世界のアスリートの祭典に向け化粧を始め、その美しき姿のお披露目に余念が無い。

ノートルダム大聖堂と同じように、日本でも沖縄・那覇の首里城が10月31日失火により消失してしまった。
こちらは来年度2022年着工が決まり、26年に完成というタイムスケジュールが出た。
寄付金も、ノートルダム大聖堂の1080億円とはかなり規模が違うが、50億円が寄せられたという。

三回忌

12月4日は、アフガニスタン・ナンガルハル州ジャララバードで医療活動と用水路建設を推進していたペシャワール会の中村哲医師が凶弾に倒れてから丸二年が経って、日本流に言えば三回忌に当たる。

現地で医療活動にあたっていた中村哲医師が、2003年に用水路建設に乗り出したきっかけは、〝百万人が餓死の恐れ〟と言われた大干ばつである。

中村医師は
「干ばつのために、子どもが次々と死んでいく。抗生物質で飢えや渇きは治せない」
「耕作ができないために農民が難民化する。そのために病気がはびこる、治安が悪くなるという悪循環。食べ物、それから清潔な水。これがアフガニスタンの回復かつ、平和の鍵だというふうに私は思う」
と、〝百の診療所より一本の用水路〟という決意のもと、資金と人を集め、自ら土木を学び、全長27キロの用水路を作った。干上がった土地に緑をもたらし、現在65万人の生活を支えている。

中村哲医師が亡くなって二年、再び大干ばつがアフガニスタンを襲っている。
WFP(世界食糧計画)によれば「命を救う支援を差し伸べなければ、この冬、数百万人が移住するか餓死するかの選択を迫られることになる」と警鐘を鳴らすほど厳しい状況である。

アフガニスタンで再び政権を樹立したタリバンは、亡き中村哲医師の灌漑事業に頼る。

タリバン、ムジャヒド報道官は「我々は、中村医師が始めた事業を国として必要としている。全土で水不足や農業に適さない土地があり、中村医師が始めた事業を国が継続すべきだと強く感じている。用水路などの建設事業が必要不可欠だ。中村医師は、アフガニスタン国民の心に生き続けている」と述べた。

しかし、現在アフガニスタンは、タリバン政権の女性に対する人権侵害を理由として、国際的な経済制裁の最中にある。

現地では、ペシャワール会の事業に必要な資金を銀行から引き出せない上、日本からの送金もできない状態が続いていて、経済制裁はアフガニスタンに今まさに必要とされている灌漑事業の停滞を生んでいる。

女性の人権を軽視するつもりは毛頭ないが、兎にも角にもその国の国民を飢えさせないというのが、最も基本的で守るべき重要な人権ではあるまいか。

各国の為政者は、女性への人権侵害に対する圧力と、飢饉に対する援助の両方を上手く成立させる智慧を絞ってほしい。
中村哲が医師という門外漢の立場でありながら、灌漑事業を自ら立ち上げ、誠の貢献を志したように—

二年前にも記したが、中村哲は、叔父の火野葦平(本名・玉井勝則)が『花と竜』で描いた実在の義侠・任侠の人〈玉井金五郎〉の孫である。
玉井金五郎は、当時、北九州・若松で劣悪な労働環境にあったゴンゾウ(沖仲仕)のため、体と命を張った人だ。

任侠の人とは「困っていたり苦しんでいたりする人を見ると放っておけず、彼らを助けるために体を張る自己犠牲的精神を持つ人。弱い者を助け、強い者をくじき、義のためには命を惜しまない人」である。

中村哲は、祖父・玉井金五郎が北九州・若松で吹かせた任侠の風を〝千里同風〟遠く離れたアフガニスタンで同じように吹かせた〈任侠の人〉〈漢の中の漢〉であった。

私は、こんなに格好の良い漢を知らない。

仏教で、やぶ(野巫)医者とは、病気しか治せなくて患者を正しい生き方に導けない医者をいう。

最近、治療の腕は良いかもしれぬが患者に寄り添うこともできぬ名と地位だけはある医者に接したので、とりわけ〈任侠の人・中村哲〉への想いを強くした年の瀬である。

編緝子_秋山徹