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令和四年 穀雨

2022年4月20日

終活

リビング・ウィル Living Will

春雷轟く

穀雨_穀物を潤す雨が降り、やがて八十八夜を迎える。

この時期の雨の名には色々なものがある。
穀物を育む雨を〝瑞(=めでたい)雨〟「瑞雨/ずいう」
草木を潤す雨を「甘雨/かんう」「慈雨/じう」
花に開花を促すように降る雨を「催花雨/さいかう」
百穀を潤す「百の雨」
菜の花が咲く頃に降る雨を「菜種梅雨」
長く降る雨を〝春の霖(=長く降り続ける雨)〟「春霖(しゅんりん)」
うつきの花を腐らすほど長く降る雨を「卯の花腐し」
と、本当に種々済々である。

毎度毎度、同じく想いを持つが、この歳になって初めて識る素敵な言葉の何と多いことよ—そして、もともと弱い頭が加齢でさらに鈍り、すぐ忘れてしまう_悲しい。

農作物の恵みの雨が降った後には、春雷が轟く。

このコラムを書かんとするまさにその時、春雷のごとく、家人のお父上の訃報が入った。
昨年の暮れに母上が逝かれているので、仲の良いご夫婦が連れ立って一緒に逝かれたのであろう。

以前にも記したが、先に逝く人の役割のひとつは、遺る者に逝き様を見せて、それぞれのメメントモリ(死生観)と終活というものについて、真剣に向き合わさせることであるだろう。

人生の終わりのための活動

終活とは〝人生の終わりのための活動〟とある。
終活の内容は、大まかに〝財産分与〟〝遺品となる身の回りの物の整理〟〝葬儀や墓〟〝医療や介護〟に分けられる。

さて、私の場合であるが——

まず、〝財産分与〟に関しては、そもそも分与する財産がないので気楽である。ただし、負債が多少あるのでこれらを解決しておく必要がある。

〝遺品となる身の回りの物の整理〟、これも幸か不幸か数年前に、大幅に持ち物を整理せざるを得ない状況となったため、現在、余分なものがほとんどなく——必要なものさえ無いのに困っているくらいである——大部分の蔵本や着物類の行き先は決めているため、こちらも気を揉む必要がない。

〝葬儀と墓〟に関して、〝葬儀〟についてはこだわりがなく、最近出てきた直前葬〈焼き場の窯の前に簡単な祭壇をこしらえて、その前で坊さんがお経を上げ、すぐに焼かれてお終い〉というのが簡素でよろしい。後日、できれば気の置けない友人などが十数人集まって、私を肴に酒を飲んでいただければ良いと思っている。こちらのメンバーやレストランも想定してある。
しかし、頭を悩ませているのが〝墓〟である。家系が古いだけの旧家であるわが一族の代々の墓が郷里の寺にあるが、長男である私に家族が居ないため墓を継ぐ者がいなくなってしまう。そもそも、私の骨をその墓に入れる親族がいないのである。私自身は散骨であろうが、樹木葬であろうが、何でも構わないのであるが、長く存在していて多少なりとも私に責任のある墓の存在が悩ましい_こちらは菩提寺と相談するしかなかろう。

〝医療や介護〟に関しては、これまでこのコラムに記してきたように、病院のお世話になるつもりは毛頭ない。患者の末期に際して、病院は基本的に何もせずにはおれない施設なので、口から食事が摂れなくなれば餓死させる訳にはいかぬと胃瘻や点滴などで栄養や水分を補おうとし、自発呼吸が危うくなれば人工呼吸器に繋いだり酸素吸入を行なう。

しかし、栄養補給の点滴は、水分過多で最後には肺が溺れた状態と同じになり非常に苦しくなる。人間は、体内が酸素不足の状態になると脳から発生するエンドルフィン(哺乳類の脳および脳下垂体中に含まれるペプチド。モルヒネと同じ鎮痛作用を示し〝脳内麻薬〟とも呼ばれる)で恍惚状態となり、さらに呼吸が弱くなると血中の炭酸ガスが増えて眠った状態になるが、人工呼吸器や酸素吸入をすると、この状態にはならない。

どちらも、人が穏やかかつ速やかに死を迎えることができるように、あらかじめ人体の機能として自然に備わっているものを妨げるものである。

私は、不幸にも意識不明で病院に運ばれてしまい、そこで不本意な最期を迎えないようにするために、〈リビング・ウィル・Living Will(事前指示書)〉を作成した。

〈リビング・ウィル・Living Will(事前指示書)〉は、英語の辞書に「生前の遺言、 尊厳死の希望〘延命治療拒否を法的に有効なうちに表明したもの〙」とあり、延命治療に対して「末期な状態ならば延命治療をしないで欲しい」と希望している人が、元気なうちにその意思表示として書類に記載しておくこと、医師に本人の意思を示すための書類である。

医師が尊厳死をあらかじめ宣言している患者に対し、それを無視して延命治療を施した場合、その医師が逮捕されるというアメリカとは違い、尊厳死に関する法整備がなされていない日本では、自分が願う尊厳死ができる保証はないので「事前指示書」で不安な場合は、「尊厳死宣言公正証書」を作るという手もある。

こちらも法的な拘束力がある訳ではないが、公益財団法人日本尊厳死協会の調査では、「尊厳死宣言公正証書」を医師に提示した場合、90%の割合で医師が尊厳死を許容しているという。

「尊厳死宣言公正証書」に記載る内容には、以下のようなものがある。
・病状が完治せず、死期が迫っている状態になった場合は延命治療を拒否する
・家族も尊厳死に同意をしている
・尊厳死を容認した家族や医師に対し、刑事上、民事上の責任を求めない
・苦痛の緩和に関する処置をする
・精神が健全な状態にある時に本人が撤回しない限り効力は有効である

「尊厳死宣言公正証書」は公証役場で作成でき、その際、公的機関発行の証明書(印鑑登録証明書・運転免許証・パスポートなど)と印鑑、費用は〈基本手数料11,000円+藤本作成(3枚)750円/計11,750円〉が必要となる。

私の事前指示書

「尊厳死宣言公正証書」よりももっと何も医療行為をしないで欲しいという私の「事前指示書」は次のとおりである。

 



医療に関する事前指示書

 私、秋山徹は「医療死」は好まず、「自然死」を望むため、意識不明や正常な判断力が失われた場合、次を希望します。
一、できる限り救急車は呼ばないこと。
一、脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退すること。
一、原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さないこと。
一、人工透析はしないこと。
一、経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、経管栄養、中心静脈栄養、末梢静脈栄養輸液は行なわないこと。
一、人工呼吸器を装着しないこと。何らかの理由で不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければその時点で速やかに取り外すこと。
以上、この希望を知りながら、意図的にこれを無視した人がいた場合は化けて出ます。

2022年4月20日  秋山徹


 

これで、私の終活も一安心と思ったが、肝心の「事前指示書」を医師に提示してくれる家族がいないことにハタと気がつく。

誰か、和服の似合う小股の切れ上がった、この役目を引き受けていただける妙齢の女性はいませんか———無理だな

嗚呼、これが私の終活における最大の問題だ。

 

編緝子_秋山徹