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令和五年 大寒

2023年1月20日 ~ 2023年2月1日

初・尽くし

正月に旅する

姫はじめ

大寒_一年で最も寒さ厳しき頃であるが、三寒四温と言われる時期でもあり、やがて春の足音も微かにではあるが聞こえてくる。

正月に入り、新年に初めて行なうことを〝初〇〟〝〇〇初め〟といって新たに思いを込めて特別なものとする。初日の出・初夢・書初め・乗馬初め・初詣などがそれである。もっとも初日の出は大自然の行ないを見ることであるが。また仕事始めも初荷・初船・作始め・初売りなどがある。

しかし、不埒な親爺がまず思い浮かべるのは〝姫はじめ〟である。

江戸時代の暦の一月二日には、「ひめ始め」とあり、この解釈が、
妃目(ひめ)初めで、全ての女の業(紅、お歯黒、針仕事など)を最初に始める日
飛馬(ひめ)初めで、馬の乗り始め乗馬初めのこと。
糒𥻨(ひめ)初めで、糒𥻨は粥なので初めて粥を食べる日
などとあるそうだが、これは取って付けたもので、ここはすんなり「年初めに男女が初めて情を交わす日」と庶民は考えていた。その証として近松門左衛門の浄瑠璃に「湯殿始めに、身を清め、新枕※せし姫始‥」とあり、また井原西鶴の作品にも「二日姫はじめ、神代のむかしより、このこと恋しり鳥のおしえ、男女のいたづら、やむことなし」とある。
※新枕(にいまくら)男女が初めて床を一緒にすること

川柳は正直である。
「気はこころ 恵方を向いた 姫はじめ」
「若水を 汲むと洒落る 姫はじめ」
男女のいたづらも、恵方を向いて行ない、若水を汲むと洒落れば、立派な年中行事になるということか_ならないなやっぱり。

さて、平成五年の我が初〇〇である。

不条理

故あって、正月早々郷里に二泊三日の帰省、初旅(旅始め)と相成った。

まず日航機に搭乗(初乗り)してビックリした。CAの中にスラックス姿の乗務員がいたのである。飲物サービスの際に思わず訊ねた。
「スラックス姿って珍しいですね」
「えっ、そうですか。三年前から着用が始まりまして、今は結構スラックス姿の乗務員が多いんです」
因果関係があるのかどうかはわからぬが、コロナ禍の期間に始まったことらしい。この四年間ほど飛行機に乗っての移動をしていなかった我が身には初見のユニホームであった。帰路においてもスラックス姿のCAがいたので、珍しいことではなさそうなのが、さしたる理由もなく、なんだかガッカリである。

無事、実家に到着し、今回帰省した用件について母親と夕飯を喰いながら相談したが、肝心の用件のことではなく「また着物なんかで帰ってきて、恥ずかしいからやめてちょうだい」とのたまう。いつから着物は恥ずかしい衣服になったんだと抗弁するが、聴く耳を持たぬ。大いなる初ストレスである。まさに不条理と書いて母親と読む。

カッカしながらブツブツと(初ボヤキ)床に入って本を読む、というかkindleを取り出し立ち上げる。最近老眼が進んで文庫本や単行本の文字が見えなくなってしまい愛用しているものである。文字サイズを調整できるのと、これひとつで何冊分も持ち歩けるのが良い。

床では初めての本、北大路魯山人の『旨いものが食いたくなる本・五/オリオンブックス』を読んだ。料理の蘊蓄は、さすがに食の大家であるから面白いが、次の文章には激しく同意をしたので、少し長いがそのまま転載する。
「およそ自然ほど不可思議にして玄妙なるものはない。天の成すや、一定の目的あるが如く、またなきが如くである。天は光を注ぎ、熱を与え、また雨を降らして草木を育成する。そこになんらかの目的があるように思えぬことはない。しかるに、また天は時に雷鳴をはためかして、何百年という長年月はぐくみ育ててきた老樹をも一瞬にして焼き捨ててしまう。樹木を育てるのも自然であれば、これを枯死せしめるのも、また自然である。人に智を与えて生存を可能ならしめたのも自然であり、また、その智によって、戦争の如き破壊を行わしめるのもまた自然なのだ。人はよく自殺は不自然であるというが、私をして言わしむれば、自殺もまた明らかに自然である。しからば、自然はなにを目指し、なにを行わんとするか、けだしわれわれ人智のよく量り得るところではない。ただわれわれが成し得ることは、かかる自然の力の存在を悟るということだけである。われわれがこの世で生を享けたのも自然であれば、また死に行くのも自然である。そこには、われわれがどうしようとしても、どうにもならないあるものが厳として存在しているのである。それが自然であり、これを運命と呼ぶことも出来る」
この一月十七日に発生から28年目を迎えんとする「阪神・淡路大震災」を思い返せば、確かに天の成すことは人智の及ぶところではない。

初・寝不足

帰省の二泊目はホテルに泊まった。きょうびはホテルに一泊した方が往復の飛行運賃よりも旅費が安いからである。
初めて泊まるこのホテルには大浴場とサウナがある。編集の仕事をしている頃から、地方取材で宿泊する際は、ホテルの格よりも大浴場の設備があるホテルを選ぶようにした。取材終わりにゆったりと大きな風呂に浸かるのは、気分転換ができて良いとカメラマンやスタッフに喜ばれた。

今回も大浴場を目当てに予約したホテルであったが—

まあ、ビジネスホテルであるから、チェックインの定刻15時にならぬと受付しないのはしょうがない。ロビーで15分ほど待ち、15時に受付の案内がありチェックインカウンターに行くと、カウンターの前に機械が並んでいる。
カウンターの向こうに立つフロントのスタッフが「自動チェックインとなっておりますので、パネルをタッチしながらお客様自身でチェックインができます」と自慢そうに微笑む。—お客様は自分自身でチェックインなどしたくないのだがな—と思いながらタッチパネルを操作する。難しくはないが初めての機械ならばイージーミスも多くなる。画面を進んだり戻ったりしながらようやくチェックインを済ませた。「めんどくせーな」心の思いを実際の言葉として発した。目の前のスタッフは〝エッ〟と意外そうな目をして私を見る。(初ホテル自動チェックイン)
ふと、チェックインカウンターを振り返ると、カウンター前にはチェックイン機が3台並び、それぞれその機械の前にはスタッフがカウンター越しに一人ずつ三人ご丁寧に立っている。手間をかけるは宿泊客でスタッフはただ立っているだけである。ホテル側はこの風景を見て違和感を感じないのだろうか—なんだかおかしいぞ、と—。まあ、遠からず機械の前に立つスタッフは居なくなり無人となるまでの束の間の風景なのだろうが—

夕飯に出て戻り、ほろ酔い気分で大浴場に浸かり部屋に戻って早めに眠りについた。大浴場とサウナは概ね可もなく不可もなくといった設備で不満は感じなかった。のだが、夜中の二時を過ぎた頃にトイレに起きると、なんだか機械のモーター音のような雑音が耳について眠れない。その音が結構な大きさなのである。空調を消したり、冷蔵庫のコンセントを抜いたりしても収まらない。ああだ、こうだ、しているうちに三時を過ぎてしまった。こんな時間にフロントにクレームを入れて部屋を替えるのも面倒だ(まさか自動チェックイン機が対応してくれるわけでもあるまい)。ティッシュを丸めて耳栓がわりにして眠ろうと努力するが眠れない。結局1時間ほどウトウトしたところで朝となった。九時からの打ち合わせのためホテルに人が迎えに来る。仕方がないので、朝も早よから大浴場とサウナで無理矢理目を醒ます。—この頃から、かすかに膝に違和感が—初寝不足

少し早めに打ち合わせが終わった。昼飯の予約までに時間が空いたので、カフェで(違和感があるときに、ちとマズイかと思いながらも)ビールを呑みながら時間を潰す。

初めて行く店で昼飯をいただくが、ここの板前兼オーナーが初めて会うにしては気の合う男で、他に客がいないことを良いことに、二人で三時間ほど呑みながらあれこれと取り留めのない話をした。二合徳利が三本カウンターに転がっている。気がつけば、空港行きのバスに乗り遅れそうである。本人の気持ちは華麗なダッシュであるが、側の者からすれば、酔っ払いの親爺が不恰好につんのめって今にもコケて転がりそうにしか見えない状態でどうにかバスに滑り込んだ。(初転び、にならなくて本当に良かった)

ゼエゼエ言いながらバスの椅子に座り、膝の違和感が〝もっともっと逝っちゃうよー〟と云っている声を私は聞いた。

それから二日後の現在、見事ソフトボール大に育った膝を抱えて、唸りながらこのコラムを書いている。祝・本年度初痛風発作。

残念なことに姫はじめだけは当分ありそうにない。

 

編緝子_秋山徹