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令和五年 寒露

2023年10月8日 ~ 2023年10月23日

無料?有料?

サービスと給料はリンクする

春の画

寒露_白露の露が冷える寒露の季節となる。吹く風、冴え冴えと肌に触れ、金木犀の香を運び秋が濃くなる。

後の彼岸に深紅の花を咲かせていた曼珠沙華が、茶褐色に萎れて並んでいる。哀れな姿を眺めながら寒露の〝寒〟という字面が頭に浮かび侘しい気分になってしまう。

寒露の室礼用の生菓子をいつものように帝国ホテル地下の虎屋に取りに行く。有難いことに今月も『銀座百点』を取り置きしておいてくれた。

早速、帰りの電車で読んでいると、映画紹介の頁に『春の画 SHUNGA』(シネスイッチ銀座で11月24日より公開/公式HP https://www.culture-pub.jp/harunoe/)というのがメインで取り上げられていた。

紹介文に「葛飾北斎や喜多川歌麿、鈴木春信、鳥居清長、江戸の名だたる浮世絵師たちが、並々ならぬ情熱を注いだ春画」「春画が「笑い絵」と称されるようにユーモアをもって描かれる「生命」そのものの魅力に引き込まれずにはいられない」とあり、121分のドキュメンタリー映画らしい。

これとは別に『春画先生』(シネスイッチ銀座で10月14日より公開/公式HP https://happinet-phantom.com/shunga-movie/#)という内野聖陽が主演の劇映画も公開されるという。

久しぶりに映画館に足を運びたいと思わせる作品の紹介で、得したような気分となった。

『春の画』の紹介文にある春画が「笑い絵」と言われたように、その昔、明治以前の日本人の〝性〟というのは大らかであった。明治の時代となりキリスト教義の色濃い欧米文化の流入によって、春画はただただ猥褻なものとして扱われ表から姿を消してしまった。

むかしの〝性に大らか〟というのは、なんでも許されるということではない。皆が一定の秩序から逸脱しないという〝性の良識〟を保つことで成り立つものである。

最近巷で今更の大スキャンダルとなっている〝性の鬼畜〟による所業には、古き良き日本の大らかな性文化の品性のかけらもない。

『少年愛の美学』でA(アヌス)感覚とV(ヴァギナ)感覚について記した稲垣足穂も、この鬼畜は庇護するまい。

さて前回の〈老舗 二題〉に続いて、今回もサービスについて取り上げたい。

それはタダです

いきなり結論じみたことを記せば、「日本人にとってサービスとは無料のものであるが、欧米人にとってサービスとは有料のものである」と、私は思っている。

日本におけるサービスとは、〝サービス残業〟という言葉があるように、無償で提供するものに使われることが多い。外国人観光客などが驚く食堂やレストランの〝おしぼり、水、お茶〟といったものも無償で提供されるサービスである。

日本の接客業に従事する店員などの質の高さもまた外国人観光客には好評である。駅や空港で迷えば、駅員や職員が的確なアドバイスで助けてくれる。商業施設でトイレや他の店舗の場所を教えてくれるといった日本人にとっては当たり前のことが、彼らには驚きのことらしい。日本の店員は〝頼りになる〟というのが外国人観光客の感想だという。

この日本の接客業における質というものは、サービスというよりは〝おもてなし〟に近いものではあるまいか。なぜなら、日本のサービスを支えているのは、個人の仕事に対する概念によるところが大きいからである。日本人の道徳観、倫理観からくる仕事に対する気概、誇りといったものがそこにはある。日本人にとってサービスとは、相手に対する気配り・心配りで対価を求めぬ形なきものである。

では欧米ではどうかというと、チップ文化である彼らのサービスは対価と直結する。しかし、チップは最後の支払いの際もしくはその後であるため、レストランなどで一定の基準はあるが、客は施されたサービスの内容・結果に対する評価でその金額を決める。だからハナから多くのチップを求めぬ店員の態度は、日本に比べればずいぶんゾンザイなものである。また彼らは客を見てサービスの内容を変えたりもする。そこには明らかな人種差別も存在する。

しかし欧米、特にヨーロッパでは〝高級〟と名の付く施設では様子が変わってくる。そこでは日本よりも更にきめ細かなサービスが提供されることが多い。

具体的には日本と欧米のホテルを比較すると判りやすいだろう。

ラグジュアリーホテル/Luxury HOTEL

これも結論じみたことを先にいえば、日本と欧米のホテルのサービスは〝賃金の差〟で決まる。

これは海外旅行を専門とするライターから聞いたのだが、パリの最高級ホテル「オテル・リッツ・パリ Hôtel Ritz Paris」では従業員を雇う際、その時点のパリで一番高い賃金のホテルよりも更に高い設定の賃金で雇うらしい。これはパリ一のホテルのホテルマンの給料はパリ一でなければならず、リッツのスタッフにはそれだけの誇りを持って働いて欲しいということだという。一方、日本ではパリのように高級ホテルだからといってホテルマンの給料が、他のクラスのホテルと大きく違うということがない。

これで何が起こるかというと、日本の場合は最高級以下のホテルのサービスは素晴らしい。それは、ほぼ同じような給料体系の人間が各々の資質を元に精一杯のサービスをするためで、この場合のサービスは〝無償の概念〟である。ところが最高級と呼ばれるラグジュアリーホテルのサービスでは日本のホテルは大きく欧米に劣り貧素であるという。

これは日本のホテルでは宿泊客に対してあまねく平等に接しようと努力するが、最高級ホテルにおいてもその傾向がある。しかし、欧米の最高級ホテルでは高額な宿泊費を支払うゲストにはそれに見合ったサービスを提供しなければならない。最高級ホテルのサービスとはイコール〝商品〟なのである。故にそれを提供できる優秀なホテルマンの給料も高いということになる。

給料とは別の面で、最高級ホテルの設定する客室の稼働率にその違いが見える。日本では稼働率を八割から九割を目指すのに対し、欧米では六割から七割が設定される。なぜ欧米の稼働率は低く設定されるのか。それは、宿泊客がいつ来てもチェックインできるように一定の部屋を空けておくからである。もちろんチェックインとチェックアウトの時間は設定されているが、それ以外の時間であっても、いつ何時でも予約客を部屋に案内できるよう部屋は空けられている。もちろん稼働率を低くする分宿泊料金は高くなる。

実際に私が経験しているのは欧州ではなくタイ・バンコクであるが、ホテルは欧州系の高級ホテルのことである。私がよく立てたバンコクの旅行プランは、往路は金曜の夜に日本航空の深夜便で羽田からバンコクへ、バンコク到着は朝の6時すぎ、ホテルには概ね7時半には着く、このホテルのチェックインは通常15時であるが、余程のことがない限り部屋に案内してもらえる。復路もまた深夜便でバンコクを発つため本来12時のチェックアウトを余程混んでいない限り18時まで伸ばしてくれていた。これを日本の高級ホテルでやろうと思えば、両方とも追加料金が必要となるだろう。

また、日本と欧米で差が出るのはコンシェルジェではなかろうか。まず日本でもコンシェルジュ自体が存在するホテルは高級ということになろうが、私の経験値が少ないゆえか、日本のホテルのコンシェルジュは、概して観光案内所の親切な係員に毛が生えた程度のレベルの人が多いように思う。もちろん個人差、ホテル格差はあるだろう。

今夏、日本の避暑地のホテルに滞在したときのことである。ホテル到着が夕刻の6時過ぎとなり、部屋にチェックインしたときには7時を回ろうとしていた。空腹である。ホテル館内のレストランを予約しようとコンシェルジュに部屋の電話から連絡した。今夜はあいにくどこも満席であるという。近隣でどこかお薦めのレストランはないかと聞くと、いくつかの店の名をあげ電話番号を告げた。えっ!自分で電話するの、と私。お客様でお願いいたします、とコンシェルジェ。背に腹はかえられぬと自分で問い合わせをしたが、あいにくのことでどこも満席であった。結局8時頃になり館内レストランのひとつにキャンセルが出たという連絡を受けて、無事夕飯にありつけた。

これがバンコクの欧州系ホテルのコンシェルジュであると、店の名前と時間と人数、もしくはイタリアンかフレンチかタイ料理か、肉か魚か何が食べたいかを告げて部屋で待っていれば、店の予約だけでなく車の手配まで済ませて連絡が来る。もちろん、これまで何度も依頼している私の好みやパターンを知っているからこそであるが、それをしっかりと覚えていて応える。これがコンシェルジュだと私は思っている。ゆえに彼らの誇りと給料は高い。当然チップも弾まなくてはならない。

最高級ホテルは、その内装や調度品のすばらしさを享受するだけではもったいない。特に海外での滞在中では、あたかも個人秘書のようにコンシェルジュを使い倒すのがお薦めである。彼らはそのために存在し、その役目をこなすことに生きがいを持っている職人であるのだから。

二流ホテルはマニュアルはあるが、それが遵守されているかが怪しい。一流ホテルは一般的なマニュアルがきっちり守られている。高級ホテルは素晴らしいマニュアルを持ちそれが守られている。超高級ホテルのコンシェルジュは、ゲストのためには素晴らしいマニュアルを破ることも厭わない。

ホテルのコンシェルジュに、いかに無理を利かせるかが密かな旅の楽しみのひとつであったが、今となっては手元不如意な我が身が悲しい。

編緝子_秋山徹