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令和六年 立春

2024年2月4日 ~ 2024年2月18日

愚々る

愚かなり

春立つや

立春_寒が明け、暦は春である。

旧暦の立春は、新春つまりは新年である。ゆえに前日は季節と年の大きな節目「節分」となる。季節と季節、年と年が移り変わるその境目に、良からぬ魔物が入り込まぬよう、鰯の頭と柊を飾り、大豆の「魔滅(まめ)」を撒く。

節分は本来、春夏秋冬ごとの季節の変わり目にあったものが、冬から春、旧年から新年の大きな変わり目「立春」の前日二月三日のみを指すようになった。

節分の夜、その年の恵方に向かい黙って太巻きを切らずに一本丸ごと一気に食べるという「恵方巻き」。関西地方が発祥とされているが、コンビニやスーパーの商業戦略でいまでは全国で節分の時期に売られるようになった。縁起物であるが、夜中に太巻きを一本丸ごと食べるといのは、年寄りの健康にはすこぶる悪い。

寒は明けたが、冷える。

窓の外では多摩川の芝を近くの保育園児達が寒風の中駆け回る。それこそキャーッと叫びながら奔っていく。誠に元気である。園児の色とりどりの服が、四方八方に散ってはまた集まる。のどかである。のんびりし過ぎて寝落ちしそうになった。

この立春の日に、園児の歓声を聴きながら〈椿餅〉など戴いて薄らぼんやりとしていると、小林一茶が還暦の頃に詠んだという一句「春立つや 愚の上に又 愚に返る」が頭に浮かぶ。

新しい年を迎え(還暦となっ)ても、愚かな私は愚かなまま、というところだろう。

もちろん「一茶の愚か」と「私の愚か」では程度が全く違うのだが、同じく還暦を過ぎてしまった身には滲みる。

「愚」—これほど我が身を表わすにピッタリな文字について、いままで取り上げなかったのが不思議である。今回150回目を印すコラムとして「愚」は誠に相応しかろう。

必要「愚」

「愚」の文字の成り立ちは「禺」の下に「心」偏である。「禺」は頭部の大きな爬虫類を指す。虫の心、どう見ても〝大したことない〟〝おろそか〟という例えとなろう。

白川静『字通』には、①おろか、かたくな②おろかもの、おろかな心③ばかにする④愚直⑤自分の謙称とあり、用語例として愚闇、愚鈍などの27語が挙げられているが、この中でも愚款(ぐかん/馬鹿正直)、愚誠(ぐせい/誠心の謙称)、愚忠(ぐちゅう/ひとすじに忠誠を尽くす)、愚直(ぐちょく/馬鹿正直)は、人の道として正しいが才気走った似非賢者には愚かに見えるかもしれない。

仏教においては、二つの「愚」があるように思われる。
ひとつは本当に愚かなさま、ふたつ目は愚かを逆説的に表すさまで、前者は人間の煩悩における愚かであり、後者は禅宗などにおける修行の先にある愚とでも言おうか。

釈迦は「人間が苦悩する原因は、心の中にある煩悩にある」と教えたが、その煩悩百八種のうち特に強力なものを「三毒の煩悩」と言う。ひとつ目が〈貪欲〉、ふたつ目が〈瞋恚(しんに)=怒り立つ心〉、三つ目が〈愚痴〉である。
「愚」「痴」は、物事に疎く昏いという文字が重なりあっているほどの毒である。言っても詮無いこと、無益なことをくどくど「愚痴をこぼす」人間は到底真理に近づくことは出来ないと教える。

批判・批評と悪口と愚痴は紙一重で口に出すのが難しい。本人に言えるのが〈批判・批評〉で、〈悪口〉は他人・第三者と共有するもの、〈愚痴〉はおのれのうちから妬み嫉みなどが出た毒である。

河島英五も『時代遅れ/詞:阿久悠』で歌っている
—妻には涙を見せないで 子供に愚痴を聞かせずに
男の嘆きはほろ酔いで 酒場の隅に置いていく

子供に聞かせてはならぬ毒と思えば「愚痴」は吐けない。

禅宗の「愚」といえば、ことわざに「賢は愚にかえる」「大智は愚のごとし」というのがああるように、すぐれた者は、才能をひけらかしたりしないので、平生は愚かな人のように見えるというもので、禅の修行であれば、積み重ねてきた学問知識などを捨て去って、捨て切ったところで「愚」に至るという境地か。この場合の「愚」の概念は「無」に限りなく近いようだ。

これは鈴木大拙の著書を再読して勉強し直すのが最善であろうが、著しく愚図化が進む私に、その気力があるかどうかが怪しい。

文学・小説にとって「愚」とは重要な要素である。

文学における「愚」については、谷崎潤一郎が実質的な処女作『刺青』の冒頭で「其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった——」と見事に書いている。

谷崎潤一郎は永井荷風に作品を絶賛されて文壇の寵児となったが、その永井荷風は、悪所とそこに働く遊女を好み、彼女らとの交流を作品としても遺した。その作品のひとつ『濹東綺譚』では、荷風自身と思われる主人公の大江(58歳)は、麻布市兵衛町の自宅『偏奇館』からわざわざボロを着て向島玉の井〈お雪(26歳)〉の所まで度々出かける。その帰りがけには巡査に職務質問をされる場面がある。当時、小説の大家として世間に知られていた永井荷風が、ボロを着て遊里に通っていたのが知れると結構な醜聞となったろう。

谷崎潤一郎も世間に名が知れてからのちに、女装をして街を歩く趣味があったというから、小説家・文学者というのは「愚」スレスレの行為、危険を冒すのが好きな生き物のようだ。

落語の世界には「軽味(かろみ)」というものがある。落語は〈風刺、滑稽、洒落、軽味〉によって成り立ち、軽味とはおのれを卑下して、下からお上・幕府や世相を斬るという手法である。落語の了見は「愚」を装い毒を吐くことにその真骨頂がある。

小説や落語の世界だけでなく、男の『呑む・打つ・買う』という遊びは披瀝されれば身も蓋もない下らないものばかりである。しかし、下らないものであるからこそ、そこに遊ぶ人間の品性が晒される。

我が人生の遊びを振り返れば、思わず両手で顔を覆いたくなるような場面がいくつも浮かぶ。当然、誇れる成功談などなく、「愚の上に愚を重ね」「恥の上に恥を上塗り」してきた我が人生では、失敗談から学んでいただくしかなかろう。

ああ、また「愚にもつかない」ことをだらだらと書いてしまった。

編緝子_秋山徹