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我がエロス 其の四

2017年11月20日

覗き魔

ヰタ・セクスアリス④

十四歳_出歯亀生活

中学一年の夏休みの初体験以降、大きな性的刺激はなく日々が過ぎていた。

昭和四十五(一九七〇)年当時、私たち家族が住んでいた借家は、むかし旅館を営んでいた家屋で、玄関や土間、台所が普通の家と比べて広かった。
特に宿泊客の食事も作った台所には昔ながらの竃(かまど)があり二人から三人が働ける広さがあった。
もっとも母親は手間がかかる竃を使うことはなく料理を作っていた。
時代は電化製品が出回って便利に便利にへと流れていた。

最寄りの駅から歩いて五分足らずの商店街の一角にある我が家と庭を挟んだ奥には三間ほどの小振りの一軒家があって、二駅ほど隣の町で商売をしている人の妾宅であった。
その頃お妾さんは駅前で駄菓子屋をやっていた。
この家ではスピッツを飼っていて、この犬がよく吠える犬でうるさかった。
通りから奥の家に行くには、通りに面した木戸を潜って我が家と共用の路地を行くと辿り着くのだが、人目につかず妾宅にはもってこいの場所だった。

我が家の間取りは一階に八畳・六畳・四畳半の三間と六畳ほどの縁側、台所と風呂・便所があり、二階には八畳が二間あった。
一階には両親と私と妹の私たち家族四人が暮らし、二階は近くの美容院に勤める女性たちの寮となっていて、常に二人から四人の他の地方から出てきた女性が住んでいた。
石炭窯で炊く風呂は私たち家族の専用で、ボタ落ち式の便所は二階の女性達との共同で使用した。
ボタ落ちの便所は夏場ともなると、その臭気で目がスースーした。

便所には二階に住む女性たちの月のモノを処理したものがたまに落ちていることがあった。
横着で下に捨てたものではなく、誤って落としたものと思われるが、ある日、初めてそれを見つけてしまった小学生の私は、二階の女性の中に何か悪い病気を持っている人がいるのではないかと、大慌てに慌ててオヤジに注進したが、新聞を読んでいたオヤジは「大丈夫だ」と一言いったきりまた新聞に目を落とした。
いや、そんなに落ち着いている場合ではないだろうと、家族の安全を心配して胸がざわついている私は「だけど…便所に」と再度オヤジに訴えかけようとしたが「うるさい!」と一喝された。
救いを求めて顔を見た母親も目をそらしてしまった。
その後もたまにソレを見かけることがあったが、オヤジが大丈夫だと言ったように重篤な病人が出ることもなかったので、不本意ながら気にしないようにしていた。

それが女性の月のモノだと知ったのはずっと後のことだった。

奥の家と共通の路地に面して風呂の石炭釜と便所の汲み取り口があった。
風呂を石炭で炊くのは私の係りで、毎夜釜の前に座った。
上下に別れてた構造の石炭窯は、上に石炭をくべそこに火を点け燃やした熱で湯を沸かす。

今となってはうろ覚えであるが、石炭窯で風呂を炊く手順としては、まず昨日燃やした石炭の灰を下に落として掻き出し口から外に出して窯内を綺麗にする。
掻き出した灰は排水の側溝に落とす。
同時に風呂の栓を抜いて側溝に流す。
石炭の灰は風呂の水に溶けて下水溝へと流れ込む。
風呂に水を張る。
窯の上下の仕切部分に細長い穴の空いた丸く薄い円形の鉄の板に、木片を格子になるように置いてから、窯の横に備えてある石炭を貯えている箱から石炭を小さなスコップでくべる。
石炭の上に新聞紙・木屑・厚紙などを置いて火を点けて団扇で煽ぎ下の石炭に火を点ける。
ゴーッという音と共に石炭が赤く燃え始めたら、上部に鉄の蓋をするのだが、この時ピッタリと閉じてしまうと酸素がなくなって火が消えてしまうので、蓋を少しずらして空気が入るよにするのがコツである。
この作業にかかる時間はヘマさえしなければ20分ほどで終わった。

じきに風呂は沸く。

この後石炭が消えてしまわないように石炭を足すのであるが、特に冬は湯が冷めぬようにこまめに石炭を足さねばならない。これも大体において私の役目であった。
親父が風呂から「おーい、石炭を足せ!」と怒鳴れば、飛んで行って石炭を足さねばならなかった。

ある日、夜中に石炭を足しに行ったときのことである。
窯に石炭を足していたところ、トントンと二階から降りてくる音がして上の住人がトイレに入った。
トイレは風呂場の隣であったから電灯の明かりが点くのも見た。
ちょうど石炭の入っている箱の脇に縦が7〜8センチ、横40cmくらいの木枠に曇りガラスがはめてあるトイレの吐き出し口があって、それが開いていた。
窯を前にしゃがんでいる私が何気なく吐き出し口を見ると、ちょうど二階の住人の白い尻が見えた。
さらにかがんで下から見上げるように覗き込むと隠毛の向こうにくっきりと女性器が見え尿がそこから放たれていた。
やがて、腰を浮かせて下半身を拭いて彼女は出て行った。
胸がドキドキして、知らぬ間に私の下半身は勃起していた。
今見た場面がやたらに繰り返し私の頭に浮かび、自慰をするまでそれが止むことはなかった。

それ以来私は、親父が訝しがるほどまめに石炭を確認に行くようになった。
二階からトントンと誰かが降りてくり音がすると、飛んで行った。
あまりに頻繁に風呂の窯の前に行くようになり、覗きがバレてしまってはまずいと思った私は、今度は風呂に入りながら待つことにした。

我が家の風呂の窓は大きく、石炭窯の路地には簡単に出られたのである。

他の家族が全員風呂に入り終えて皆が寝入ったあたりの夜中になると、私はそれまで勉強をしているふりをして風呂に入って二階から誰かが降りてくるトントンと云う音を待った。

風呂の湯が冷めても平気な夏の間は良かったが、秋には湯が冷めてから石炭を足してもすぐには温まらず風邪をひきそうになった。

風呂に浸かりながら、息を殺して待っていると、我ながら馬鹿なことをしていると思うのだが、二階からトントンと云う音が聞こえると胸が高鳴った。

こうして、我が出歯亀生活が半年ほど続いた頃だった。

いつものように風呂で二階から誰かが便所に降りてくるのを待ちわびていると、その夜もトントンと云う階段を降りてくる音が聞こえてきた。

私は素早く風呂の電気を消して、風呂の窓から裸のまま出て、路地の便所の吐き出し口の前でしゃがんだ。

風呂の電気を消し、息を殺しておのれの気配を消し暗がりの中に潜むことで便所の中の相手に悟られるのを避られると思っていた。

やがて、ワクワクしている中で便所の戸が開けられ、女性が入ってきて下着を下ろし用を足し出した。
私は下半身をしごく。
女性が用を足し終えて下着をあげる。
私の昂奮は用を足す前や最中に露わになっている性器よりも、スカートをめくり下着を下ろす瞬間や用を足して性器を拭き再び下着をあげた瞬間に最高潮に達する。

一連の覗きの間は決して物音を立てないように慎重に気を配っていた。
しかし、その夜に限って私は昂奮が最高潮に達しようとした時思わず「うっ」と声を発してしまった。

下着を持ったまま中の女性の動きが止まった。
彼女は便所の上にある換気用の窓から路地を伺った。
その時、暗がりの中に潜む裸の私と目があった。
しまった!—私は慌てて風呂場に戻ったが、確実にに彼女に見られてしまっていた。

都内の便所では、動きの止まった彼女の気配がする。
私は息を殺して身を縮こませながら、風呂の湯に浸かって時をやり過ごしていた。
やがて二階に上がるトントンという音がした。
いつもよりも、ゆっくり上がっていく音だった。

それからの、幾日かは生きた心地がしなかった。
二階の女性が母親なりに告げ口もしくは抗議して来るのではないかと、気が気ではなかった。

しかし、何事もなく時が過ぎた。
もしかしたら、母親が何も言わず黙っていただけかもしれないのだが—

さすがにその夜以来、残念ながら私の出歯亀生活は終わりを告げた。

今でも古い旅館などで、誰かが木の階段をトントンと降りて来る音を聞くと私がソワソワして落ち着きが無くなってしまうのは、出歯亀の秘密の味が頭をもたげるからである。

二階の女性たちとは私が高校生になった時に、また別の関係を持つことになる。

編緝子_秋山徹