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令和八年 啓蟄

2026年3月5日 ~ 2026年3月19日

あなたも兄弟

大いなるライン

日本のシルク

啓蟄_大地が太陽の熱で暖まり始め、冬眠していた昆虫や動物が動き出す候

先日、大日本蚕糸(さんし)会が2025年の全国の養蚕農家数が113戸となったと発表し、「このままでは日本のシルクは失われる」と、消費者に養蚕への関心、応援を寄せてほしいと訴えた、というニュースがあった。

「このままでは日本のシルクは失われる」というのは正しくない。蚕から製糸・製織まで全て純国産である日本のシルクは、現実的にはもうとっくに失われている。

養蚕農家は、ピーク時の1929年の約220万戸が1975年には約25万戸、1995年13,000戸、2005年1.591戸それから20年後の2025年には前述の113戸にまで激減した。というよりも消滅したと表現した方が良いくらいだ。国内の絹需要に占める国産生糸のシェアは0.13%(2024年)である。着物でいえば、この生糸が全て着物になったとしても、およそ千枚に一枚が純国産絹の着物である。これは無きに等しい。

かつて生糸と蚕種(蚕の卵)は、日本の輸出を支える一大産業だった。1840年代、蚕糸業の先進国であったイタリア・フランスに微粒子病が流行して、両国の養蚕業が絶滅の危機に瀕して以降、良質な日本の「蚕種」が買われて、生糸とともに外貨を稼いだ。明治維新直後の日本の急務は、西洋式軍備の整備だったが、日本には資金がなかった。その資金・外貨を賄ったのが生糸と蚕種なのである。これは昭和初期まで続き、「戦艦大和は蚕で作られた」とまで言われたくらいである。

その日本の蚕糸業が消えようとしている。大きな理由は農業従事者の高齢化による農家自体の減少と、労働と対価が見合わないことである。もともと養蚕は農家が農閑期に行なった兼業である、その農家自体が高齢化と後継者不足で減少すれば自然に養蚕も減る。また、対価が低いという問題も深刻である。試算によれば、養蚕農家の労働を時給換算すると900円に満たないという。農家の子供がコンビニエンスストアーでアルバイトした方がはるかに効率よく稼げるというのでは、蚕糸業を辞めずに続けろというのは無理な話である。

悲しいが純国産絹の着物はもはや消滅したのである。時代の流れには抗えない。せめて着物自体は残り続けることを願うばかりである。

日本の伝統と文化の良い部分が消えてしまいそうで、危機感と焦燥感を感じてしまうことの多い昨今であるが、日本の戸籍制度を壊さんとする選択的夫婦別姓に反対する者として、戸籍についての私見を改めて述べたい。

悠久の一本道

人の世に〝絶対〟という事柄は無きに等しいが、二つだけ〝絶対〟と言えることがある。それは〈人は必ず父母から生まれ〉〈人は必ず死ぬ〉ということである。もしかしたら、そうではない妖怪のような存在もあるのかも知れぬが、それは物の怪であって人ではない。

人は何人であろうとも、ボウフラのように突然降って湧いて出た者はいない(ボウフラでさえ蚊という親がいるのであるが)。必ず両親・父母がいる。そしてその父母にも両親の祖父母がいて、その祖父母にも両親の曽祖父母たちがいるのである。生物である人間の、これだけは絶対真理である。

よく、今は個人が中心の〝個〟の時代であると、浅い考えのリベラル系自由主義を標榜する人間が言うが、人間が全くの〝個〟で存在することはあり得ない。社会が〝個〟の集合体であるのは自明の理であるが、国家・民族・人種・歴史・習慣の環境の中から導き出されるのが〝個〟のアイデンティティであって、これらの要素無くしてアイデンティティの確立は無い。その中でも父母の存在というものは大きい。

この父母たちが二十世代前まで辿ると何人になるか数えてみた。

まず父母が二人、その両親である祖父母が四人、その両親の曽祖父母八人、四世代前が十六人、五世代前で三十二人。
以降、六世代前64人
七世代前126人
八世代前256人
九世代前512人
十世代前1,024人
十一世代前2,048人
十二世代前4,096人
十三世代前8,192人
十四世代前16,384人
十五世代前32,768人
十六世代前65,536人
十七世代前131,072人
十八世代前262,144人
十九世代前524,288人
二十世代前1,048,576人
なんと二十世代を遡ると、父母は百万人を超えるのである。累計すると209万人である。これに親兄弟の親族を加えると人数はもう膨大な数である。一世代の平均寿命を少し短めの30歳として計算すると二十世代前は室町幕府の南北朝時代(1336年から1392年)あたりになる。また、各種文献から十四世紀の室町時代の日本の総人口は700万人から1000万人弱と推計されている。日本人であるなら当然、世代はこれ以上前にも遡るわけである。となると笹川財団の「人類みな兄弟」ではないが、〝日本人ほぼみな親類縁者〟である。

明確に判らないだけで、あなたの祖先が織田信長や豊臣秀吉、徳川家康、はたまた坂本龍馬と縁戚関係にある可能性は非常に高い。不敬であるが直系天皇以外の皇族関係にも関わりのある可能性もある。

言わずもがなであるが、日本で一番家系の確かなのは天皇家である。今上天皇陛下で126代、現世まで続く世界で唯一無二の皇帝である。これは日本の誇りというよりも、天皇の存在が日本そのものの姿であり象徴なのである。これほど確かに証明されている家系は他の国にはない。男系であるからこそ、真っ直ぐに家系がつながってきた。女系では途中で途切れてしまうのである。

これは、一般庶民の戸籍も同じであって、私に至る家系・道は唯一の一本しかない。果てしなく続いた悠久のひとつのライン。奇跡のようで、このラインの途中で誰か一人先祖が途切れていたら、私という存在は今この場にはない。

我が家の家系の来歴は、幸いなことに鎌倉時代まで遡ることができる。京の都の公家であった我が祖先は、源頼朝に紹介状を書いてもらい。職を求め西へ下った。(多分、何かしくじりをして京に居られなくなったのであろう。我が祖先らしい)最終的に、九州の久留米藩草野家に仕官し後に家老となるが、朝鮮出兵の折に博多に滞在していた豊臣秀吉の策略によって、草野家が取り潰しとなったため野に下り、久留米は八重亀という地の庄屋となったというのが、寺の過去帳に遺り、京の公家云々というのは八重亀の本家に古書が残っている。

なにも我が家の家系を誇っているのではない。(子供の頃は、この家系の話から、もっとしかりしろと叱られたのであった。子供心に金のない古い家系ほどつまらないものはないと思ったものだ)我が家は幸運だっただけで、日本人であれば、誰しも戸籍・家系を辿れば大なり小なり同じようなものだと言いたいのである。なにせ、二十世代前には百万人の父母がいて、全人口1000万人の十人に一人は縁者なのであるから。

以前、選択的夫婦別姓をテーマにしたネット番組で、ある40歳そこそこの女性パネリストがしたり顔で「長年名乗ってきたこの姓・苗字を変えたくないんです」とのたまっていた。彼女が大事にしたいという〝姓〟そのものが、ひとつの〝姓〟の戸籍に入り続けたからこそ残ったもので、戸籍内のそれぞれが〝姓〟を選んでいたら、今大事にしたいという〝姓〟自体が残らなかった、というのが判らぬらしい。どうしてもおのれの〝姓〟を遺したければ、相手に養子になって貰えばよろしい。そうすれば、その〝姓〟の家系のあなたのラインは遺るだろう。

〝姓〟という悠久のラインに比べたら、おのれの浅はかな40年など〝屁〟にもならない。

編緝子_秋山徹