狩人&アリス&横山みゆき
昭和歌謡_其の119
「真夏のツケを払わされる秋」
兄と弟
一昨日(10月7日)、高崎の夕方の気温が30度。翌日の同じ時刻の気温が14度。真夏の名残りから一気に、まる1日で季節が「すっかり秋」になってしまいまして。
冗談抜きに一昨日はクーラー、昨日は暖房の石油ヒーター。これじゃ子供も大人も体調を崩したっておかしくないですね。実際、私が講師を務める学習塾では、ここ数日、急に「風邪または何か(コロナにインフルに溶連菌に手足口病などさまざま)」による生徒の欠席がドドドと増えました。
季節が秋めいてくれると、歌謡曲的には私好みの、メロディーライン(曲調)がマイナー(短音階)で、しみじみ情緒に絡んで来る……みたいな作品を紹介したくなります。
真っ先に浮かんだのが、狩人の『コスモス街道』(昭和52年=1977年8月25日発売/作詞:竜真知子/作曲:都倉俊一)です。
これは、デビュー曲の『あずさ2号』(昭和52年=1977年3月25日発売/作詞:竜真知子/作曲:都倉俊一)がいきなり80万枚の超大ヒット! 一躍スター歌手の仲間入りを果たした、兄弟デュオ「狩人」の2枚目のシングルになります。
明らかに2匹目のドジョウを狙った! とハッキリわかるほど、曲の舞台も『あずさ2号』と同じく信州(軽井沢)でして、安易といやぁ安易ですけれど、新人歌手「狩人」の人気も手伝って、レコードの売上枚数は60万枚を突破しました。
見事に当たりましたね。オリコンの週間チャートで最高5位まで行きましたので、ご存知の皆さんも多いでしょう。令和の現在でもカラオケで唄う方は、私も含めてかなり多いはずです。
♪~ バスを降りれば からまつ林
日除けのおりた 白いレストラン
秋の避暑地で 出会うひとはみな
なぜか 目を 目を伏せて
なぜか 目を 伏せ歩きます
コスモスの花は 今でも咲いていますか
あの日の二人をまだあなたは覚えてますか
愛されなくても 最後まで
のぞみを捨てずに いたかった
右は越後へ行く 北の道
左は木曽まで行く 中仙道
続いてる コスモスの道が
あなたに賭けた ひとつの季節
優しい日々は 帰らないけれど
愛の想い出 そっととり出して
この胸に 暖めて
暖めなおす 私です
コスモスの花は 今でも咲いていますか
心の支えを 今ひとりでたずねてきたの
愛されなくても 最後まで
のぞみを捨てずに いたかった
右は越後へ行く 北の道
左は木曽まで行く 中仙道
続いてる コスモスの道が~♪
狩人を世に出した仕掛け人は、作曲家の都倉俊一ですから、デビュー曲も2曲めも彼が作曲を手掛け、編曲もみずから行っています。
両曲とも前奏がとてもリスナーの印象に残るメロディライン。『あずさ2号』は使用楽器がマンドリンでしょうかね、実に美しい細やかなトレモロの調べが、一度聴くと自然に耳に絡みついてしまいます。私はこれをカラオケで唄う時に、つい……口三味線で ♪~タラララララ ラ~ンタラ タラタラタラタラターン~♪ とやってしまうため、同席の仲間たちから「うるさい! やめろ!」と叱られます。
一転『コスモス街道』の前奏は、チェンバロっぽい響きだと感じるのですが、間違っていたらゴメンナサイ。バッハなどが活躍した時代、バロック音楽で多用された〝あの〟チェンバロ……。ピアノの華やかな音色とも、ギターとも明らかに異なる、なんとも侘しいというか、物寂しいというか、……そのメロディが、歌詞に描かれる9月後半10月初旬あたりの季節感に、ドンピシャリ! とハマるのです。
ところで、タイトルにもある「コスモス街道」って実在するのでしょうか?
調べてみると、ありました! 歌詞の通りに観光すれば……、夏の避暑地として有名な軽井沢から旧中山道をしばらく行くと、旧北国街道と交差する地点、つまり追分にぶつかります。昔から「分去れ(わかされ)」と称して、江戸時代にはたいそう賑やかな宿場町だったそうです。
秋になると、この辺りはコスモスの花が真っ盛り。まさにコスモス街道ですね。そして「分去れ(わかされ)」から右へ進めば、♪~越後へ行く北の道~♪ である旧北国街道、来た道をさらに先へ(左方面)に進めば、♪~木曽まで行く中仙道(中山道)~♪ になる……と。歌詞に描かれた通りです!
さてこの歌を唄う「狩人」という兄弟について、ゴシップ的な話も触れておきましょうかね。上記2曲が流行っていて、やたら巷のあちこちでメロディを【聴かされる】頃、私は中学3年生でしたが、芸能週刊誌の見出しに「兄弟の仲が最悪!」などの文字が躍っていた記憶があります。
嘘かホントか知りませんが、テレビの歌番組に出演する際、出番前にも関わらず、兄弟で胸ぐらを掴んでの喧嘩、止めに入ったマネージャーを2人でボコボコにした、とか。地方のコンサート会場で、ステージで持ち歌を熱唱しつつ、舞台袖に引っ込んだ途端、兄(久仁彦)が弟(高道)に無言で太腿に蹴りを入れ、ムカついた弟も兄の背中に飛び蹴りした、とか。
そんなに仲が悪いにも関わらず、デビューから30年間【も】活動を続けて来たのですから、逆に感心しちゃいます。短気な性格の私なら、とっくにコンビ別れしているでしょうね。平成9年=2007年に「狩人」を解散することになり、
兄は(アマチュア)ボクシングとソロ歌手活動を行い、弟はソロ歌手活動も含めた人材派遣業を行う、と……。
でも5年後の平成14年=2012年、突如「狩人」は再結成します。
理由は、解散前のラストシングルである『磐越西線』が、平成13年=2011年3月11日に起きた東日本大震災をきっかけに、「勇気と元気をもらえる!」歌として被災地の人々の間で話題になり、有線放送やラジオを中心に人気曲に成長したそうで。その話を聴いた兄弟2人は、被災者を励ますため現地へ駆けつけ、ぜひライブで歌いたい! 衝動が高まり、各方面を説得して解散を取り消したそうな。
現在は、兄弟それぞれのソロ歌手活動と、2人揃った「狩人」の活動の両輪で、素敵な歌声を聴かせてくれています。
秋の決着
もう1曲、紹介したいのが、アリスの『秋止符』(昭和54年=1979年12月20日発売/作詞:谷村新司/作曲:堀内孝雄)です。
彼らの17枚目のシングルで、オリコンチャートの最高は4位で、レコードの売上枚数は50万枚を超えたようですから、当時はかなり流行っていましたね。
ちなみにアリスのヒットナンバーのうち、9枚目のシングルの『遠くで汽笛を聞きながら』(昭和51年=1976年9月20日発売)や、彼らの看板ソングでもある11枚目の『冬の稲妻』(昭和52年=1977年10月5日発売)、13枚目の『ジョニーの子守唄』(昭和53年=1978年6月20日発売)、そしてこの『秋止符』は、谷村が書いた歌詞に堀内が曲を付けています。堀内の書くメロディはどれも、谷村の書くメロディとは〝色〟の違いが際立っていて、2種類の曲調の違いがあって、初めてアリスが成立する! みたいなところがあるように、私は個人的にはそう感じます。
それはともかく……。アリスのリーダーだった谷村新司が亡くなって、早くも1年が経つんですね。10月8日が命日になります。なんだか「あっという間」な気がします。
私は今頃の季節になると、『コスモス街道』同様、この曲も聴きたくなりますし、カラオケで歌いたくもなります。
♪~左利きのあなたの手紙 右手でなぞって書いてみる
いくら書いても書き尽くせない 白紙の行がそこにある~♪
この歌いだしの歌詞とメロディ……、歌の主人公である女性の切ない心持ちが、すーっと私の胸の奥に入り込んで、しみじみ切なくなるのです。
でも、私が〝そんな〟心持ちになる理由は、実はアリスのこの曲が好きだから、というわけではないのです。
彼らより先行して9月21日に、横山みゆきという女性歌手の、前奏アレンジがかなり異なる『秋止符』が発売されていて、その歌が、ちょうど同じ年の10月下旬にスタートした、TBS系学園ドラマ『3年B組金八先生』の、第1シリーズ第4話~6話『十五歳の母』の中で、効果的に流されたからなのです。
おそらく皆さんの多くも、記憶のどこかに「あー、アレね」ってな感じがあるんじゃないでしょうか。鶴見辰吾演じる宮沢保が、杉田かおる演じる浅井雪乃を、あろうことか妊娠させちゃう! んですね。そして紆余曲折の末、雪乃は「生みます」と宣言し、保も「責任を持って育てます」と……。
武田鉄矢演じる金八先生はもちろんのこと、彼らの周囲は、若き夫婦および子どもの親になる2人の〝その後〟を、暖かく見守ることになりますが、
話がそのように収まるまでの、都合3回分のストーリーの要所要所に、実に憎いくらいのタイミングで『秋止符』が流されます。何度も何度も……。それもアリスの歌ではなく、なんとも儚(はかな)げな声質の、横山みゆきの歌が。
♪~左ききのあなたの手紙 右手でなぞって真似てみる
いくら書いても埋めつくせない 白紙の行が そこにある
友情なんて呼べるほど 綺麗事で済むような
男と女じゃないことなど うすうす感じていたけれど
あの夏の日がなかったら 楽しい日々が続いたのに
今年の秋はいつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして
夢を両手に都会(まち)に出て 何も掴めず帰るけど
やさしさの扉を開ける鍵は 眠れない夜が そっと教えた
心も体も開きあい それから始まるものがある
それを愛とは言わないけれど それを愛とは言えないけれど
あの夏の日がなかったら 楽しい日々が続いたのに
今年の秋はいつもの秋より
長くなりそうな そんな気がして
春の嵐が来る前に 暖かい風が吹く前に
重いコートは脱ぎすてなければ
歩けないような そんな気がして~♪
決して上手くない印象の彼女の歌声が、よけいに子供の親としてはなはだ未熟極まりない、〝まだ〟中学3年・15歳の現実と奇妙にシンクロしましてね、知らず目頭が熱くなるのです。
その一方で……、当時の私は高校2年生。当然のごとく童貞BOYであったわけですが、谷村が書いた歌詞の【あの夏の日がなかったら】と【心も体も開きあい それから始まるものがある】に、異様にピピピ! と下腹部が反応しちゃいましてね。
勝手に『秋止符』の主人公の女と相手の男を、私と同じく高校2年生だと強く思い込みまして……。嗚呼、この2人は夏休みのどこかでヤッちまったんだ! 夏の猛烈な暑さにのたうち回り、全身汗びっしょりになるうち、おのずと理性も吹っ飛び、それまでの「お友達」関係が、一気に「男女」関係になっちまったんだ! と、……お恥ずかしながら不肖ワタクシ、妄想が妄想を呼んで欲情しまくった、……のでした。
いやはや、谷村の一周忌に合わせた原稿とすれば、不謹慎でバチが当たりそうですね。ゴメンナサイ。でも、彼は知る人ぞ知る、猥談つまりエロい話が大好きな御仁でしてね。エロ本の蒐集家としても、自宅以外に専用の書庫を設けるほど「情熱を傾けていた」のは有名な事実ですから、かえって彼岸で微笑んでくれているんじゃね? の気分です。
それにしてもタイトルの『秋止符」……。谷村の言語センスが見事に光ります。そうそう簡単には浮かびませんよ、コレ。言葉の魔術師の阿久悠やなかにし礼あたりが、「チクショウ、やられたぜ!」と歯噛みしそうな3文字です。
誰しも青春のアノ季節、真夏にやらかしたツケを払わされるのは、「決まって秋」だったりしましてね^^;。それも10月後半から11月にかけたあたりの、そうです、ちょうど今頃の時期。
もはや巷に夏の名残は一切消えて……。その物淋しさにうつつを抜かす余裕など無いまま、肌寒い秋風に身震いする2人の前に、突如ドン! と〝現実〟が突き付けられるわけですよ。良いことも悪いことも。いや、たいがいは悪いことでしょう。すると待ってましたとばかりに、それまで漫然と遣り過ごしてきた関係に、嗚呼……終止符が打たれる!
今年の秋の空気は、冗談でもSF小説の世界でもなく、冒頭に記した通りに気温「30度近く」と「15度以下」が連日繰り返されております。株の相場でいうところの乱高下(らんこうげ)、まさにアレですね。
気温の乱高下ばかりが話題のミモフタモナイ令和6年の秋。これにはさすがの谷村も、『秋止符』を打ちたかったことでしょうな。はい、お後がよろしいようで。】
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。