令和七年 冬至
そっちは違いますよ

洒落男の群れ
黒い雪だるま
冬至_一陽来復。太陽が再び勢いを益し復活を始める日。古では年の始まりの日でもあった。
初冬の紅葉を散らした木枯(凩)が、冬至には本格的な寒風となってきた。寒風は又の名を凍風(いてかぜ)ともいうが、字面だけで背中を冷気が走りそうだ。また凛とした冬風を〝風冴ゆる〟と呼び、次の永井荷風の句のように使われる。
寒風や いよいよ冴えて 風の声
隠居親爺の良いところは、通勤や移動でこの凍風を直に感じなくて済むことだ。
齢を経るごとに、冬は重ね着で着膨れして動きは鈍く何事も億劫に感じるようになった。
若い頃というか、つい最近までワードローブ、着こなしのポリシーとして「夏は一枚多く、冬一枚少なく」を常としてきた。他人様から見て、夏はちょっっと暑いんじゃないか、冬はちょっと寒いんじゃないか、という具合である。夏はどんなに暑くともTシャツ短パンでは外に出ない。冬は重ね着をしすぎない。これが今ではちょっと寒いと、そこまで着ることはなかろうにというヌクヌクの重ね着の極地で、シルエットは着膨れの黒い雪だるまである。
そこまでしても、それだからこそか、季節の変わり目には痛風の発作が出る。本格的な冬に入る冬至の一週間ほど前から膝に水が溜まり腫れ上がった。いつもと違うのは太腿と脹脛(ふくらはぎ
)の筋肉も痛いことだ。やがて脹脛がパンパンに腫れ、足首と足の甲が象さんの足のようにドーンと大きくなった。脹脛の腫れようは半端ではない。むかし子供の頃、三センチほどのゴム風船のようなものに羊羹が入った菓子があり、歯で噛むとぷるんと中の羊羹が出てくるものがあったが、まさにあの状態である。針を刺せばパンっと脹脛が破裂して無くなるんじゃないかと思うくらいである。痛み止めのボルタレンをバンバン飲んで、冬至の菓子・柚子羹を予約している虎屋に向かうのである。
閑話休題。着こなしのポリシーの話である。これはイタリアはフィレンツェの洒落男たちを見て学んだ。今ではスタイルが変わってしまったろうが、40年前に私が仕事で度々フィレンツェを訪れていた当時、フィレンツェ男の夏スタイルは、素足に革のスリップオンを履き、モヘアなどのパンツにクロコダイルやリザードのベルト、長袖のシャツの袖をまくり裾は外に出し、頭にペルソールの黒いサングラスを挿すというのが定番のスタイルだった。冬はタイトなショート丈のカシミヤコートの下に、シャツまたは薄手のニットを合わせて、カシミヤシルクのスカーフを巻くのが冬の定番であった。
本当に残念
そもそも私の一番最初のイタリア旅行は、かつて知人が経営していたイタリアン・ファッションのセレクトショップの買い付けにノコノコと同行した時である。フィレンツェで催される世界最大のメンズファッション見本市『ピッティ・ウオーモPTTI UOMO』がメインの旅行である。この見本市の期間中には、メンズ・ファッション業界の洒落男が世界中から集まってくる。私は、この洒落男の洪水の真っ只中に立たされた。
周りの洒落男たちを見廻し「んー、これではいかんな。もっとお洒落に気合を入れなければ」と、感化されやすい私は思った。この洒落男への昂る気持ちのまま、ミラノのファッション街モンテ・ナポレオーネに突入した私は、同行者が引くほど洋服を買いまくった。(その当時のイタリア・リラは安く、円は強かった)当時NTTの公開株で得た二株分の利益がこの日で全て手元から消えた。あまりに買いすぎた上に、ご丁寧に全ての領収書を保っていたため、帰国の際、税関で買い過ぎ(当時は海外での買い物の上限が20万だったように記憶する)が発覚して、別室に連行され追徴金を払わされる派目になる。
ピッティ・ウオーモでは、世界中のメーカーが大小のブースを設け、そこで商談が行なわれる。大きなメーカーではモデルが常駐しており、バイヤーが望めば、気になった商品を実際にモデルが着用してみせる。当たり前だが、モデルは皆すこぶる偉丈夫かつ美男子である。中でもひとり長髪をなびかせ歩く姿の美しいモデルがいた。そのブースではほぼ半日を過ごし、私は何度も彼のウォーキングを見た。同行のバイヤーが「みんな格好良くて女の子にモテそうだけど、ほとんどゲイなんだよね」と言う。「そんなもんなんだな。勿体ないな」などと下らないことを考えていたら、翌日の昼食、会場内のレストランでくだんの美男子モデルを離れたところで見かけた。私に気がついた彼は、満面の笑みで大きく手を振る。一瞬、私以外の人間に対してかなと周りを見たが、同行者が「あれ、気に入られたみたいだね。貴君に手を振ってるよ」と言う。私は戸惑った「光栄であるが、その気はない。断じて女性一筋である。しかし、絶世の美男子である。あーこれが女性だったら——」私はなんとも中途半端な笑顔でその場を取り繕ったのである。
こうして、イタリアそれもフィレンツェに恋した私は、懲りずに翌年もこの街を訪れた。女性との二人連れである。一週間ほど滞在して、前回は買い付けという仕事に同行していたため出来なかった美術館巡りなどの観光をゆっくりとした。翌日の帰国に備え午後一番のミラノ 行きの高速列車〝ユーロスター・イタリア(現在はない)〟に乗った。フィレンツェ・サンタ・マリア・ノッヴェラ中央駅を出発して中継地のボローニャ駅を出て三十分ほど疾った時である。ドンっと衝撃がして、ガガガガガーという音が鳴ったと思ったら、車窓に黒い液体のようなものが散ってユーロスターは止まった。それから三十分以上経ってアナウンスがあったが、イタリア語なので全く内容がわからない。同じコンパートメントの英語が話せる女性から「どうも列車が車とぶつかったようだ」と教えてもらった。それから一時間ユーロスターは止まったままである。外を見ると気の短いイタリア人が列車から降りて道路方面にゾロゾロ歩くのが見えた。
さらに一時間ほどして、ガッタンと列車が揺れいきなりバックを始めた。どうやらボローニャ駅に戻るらしい。ボローニャ駅に着くと、また車内アナウンスが、先ほどの女性が「代わりのミラノ 行き列車が出るらしいがあまり時間がない」と言ってダッシュしていく。まあ、場合が場合だけに多少の時間余裕はあるだろうと、女性連れで荷物の多い私は慌てずに、それでも最低限急いでミラノ行が出るホームに向かったが、途中ホームを間違えてしまい(これが致命傷であった)ホーム到着と同時に、なんと代わりのミラノ行列車は目の前を走り去っていった。茫然とホームに立ち尽くす私。
駅員に次のミラノ行きは何時か訊ねた。英語はわからないというジェスチャー(こちらの英語も怪しいものだが)が返ってくる。時刻表の電子掲示板を見るも、事故により大幅にダイヤが狂っていて何がなんだかわからない。やがてホームにユーロスターらしき列車が入ってきた。近くにいたQUEENのフレディ・マーキュリーそっくりの兄ちゃんに訊くとミラノ行きのようなことを言うので、我々はこれに乗った。フレディは乗らなかった。しかし、先ほどフレディの表情が微妙だったのが気になる。列車は満員だったので、出入り口のデッキに立った。この時私はまだ知らなかったのである。イタリア人は、人からモノを訊ねられて、自分が知らないことを知らないとは言わず、適当なことを答える人種であることを。街で道を訊ねて、知らないくせに平気で反対方向を指差す奴らなのである。
列車が猛スピードで走り出した。これならロスした時間を多少取り返せるかなと思った瞬間。来た時とは風景が大きく違うことに気がついた。すぐに乗り間違えたことを悟ったが、まあ、ひとつ目の駅で降りて引き返せば良いという私の思惑を嘲笑うかのように、列車は猛スピードのまま止まらない。一時間ほどしてやっと止まったので慌てて降りたら、そこは、アドリア海沿岸の街リミニだった。リミニはヨーロッパ有数のビーチリゾート地で、世界で五番目に小さな国サンマリノ公国の玄関口である。また、世界的に有名な映画監督フェディリコ・フェリーニの出身地でもある。しかし、当時の私にそんな知識は全くなかった。冬のビーチリゾート地リミニは寂しく閑散とした駅だった。仕方なくここでも三十分ほどボローニャに戻る列車を待った、で、来たら列車は鈍行だった。
人生とはこんなものだろう。超特急で反対方向に連れてこられ、同じ道程を鈍行で戻る。途中、車掌が切符の確認に来た。どうせ通じぬと思った私は、紙と書くものをよこせと言って、電車と車がぶつかる絵(絵心のない私の噴飯ものの作品である)を描いて示した。車掌は大きくうなづいて、そのまま行った。這う這うの体でボローニャに戻って、ここでは運良くミラノ 行きのユーロスターに乗ることができた。ユーロスターの車掌にも私渾身の作品〝ユーロスター車とぶつかるの図〟を見せて、別料金を取られることもなく無事ミラノ 中央駅に着くことができた。夜はどっぷりと暮れていて、私たちは疲れ果てていた。
と、ここまで読まれた方は疑問に思っているだろう。よく同行の女性は黙っていたなと、いや、当然お黙りになってなかったのである。事故を起こした列車を選択したこと、乗り換えホームを間違えた上に乗り逃したこと、反対方面に向かってしまったこと、引き返しが鈍行であったこと、モンテナポレオーネでの買い物がダメになってしまったこと、ミラノ 最後の夜を美味しいレストランで締めくく流ことができなかったこと等々。思いっきり愚痴られた。いや、罵られたと言った方が良いかもしれない。帰りの道中は険悪な雰囲気のままで、結局、これが原因のようなもので別れることとなった。以来、お門違いではあるがフレディ・マーキュリーが嫌いだ。
編緝子_秋山徹













































































































































