令和七年 白露
あー、体が。

爺様の嘆き
ポンコツ爺さん
白露_東雲の空から冷気が降りて、朝露が木々の葉に結ぶ頃。
九月の声を聞いてから、やっと残暑が収まりつつあると感じるこの頃である。ようやく初秋の字面が自然に頭に浮かび出した。我が家の周りだけかもしれぬが、今年は例年より虫の音が遅いように感じるは気のせいか。
新学期が始まり、毎朝早くから響いていた球児たちの声が聞こえなくなって、静かさがなんとなく寂しいが、暑さが遠のけば保育園児たちの嬌声が帰ってくるはずで、それが待ち遠しい。
思えば来年は数え歳で古希である。我が人生における季節も秋どころが初冬を迎えようという齢である。年々どころか日々おのれの衰えを厭が応にも痛感するようになった。こんな歳まで生きることになろうとは、若い頃には想像もせなんだ。想像以上の速さで呆れるほど体が劣化していく。
まず足は度重なる痛風の発作のおかげで、あちこちの関節が痛い。両の親指は外反母趾が年毎に傾き人差し指を変形させている。足首も力が入らず、しゃがんだら二度と起き上がれぬほど痛む両膝とともに階段の昇降に苦労する。特に下りは手すりに縋(すが)ってソロリソロリと降りる。混み合う駅の階段などでは、後ろの人間がかつての私同様〝早く歩けよこの爺い〟と舌打ちしたいのを背でひしひしと感じる。すまぬ、これでも精一杯急いでいるつもりなのだ。さらに、先の参議院選挙日に投票所へ向かっていて、道路の大したことない段差で転んでしまい。大の字になったところを若い娘さんに見られてしまい悲しかった。
手の指の節々にまで痛風の発作が出るようになった。先月は、手の甲の関節がパンパンに腫れ上がりグレープフルーツか、部位鍛錬のタコで覆われた空手家の拳のようになった。左手の中指はバネ指である。デコピンには有利か。
肩は月に一度くらいにガッチリと凝り固まり、それは首にも移ってムチ打ち症のように動かせなくなり寝返りも打てない。財政状況同様、首が回らず二進も三進もいかない。
目も飛蚊症で白くかすみ焦点が合わないし、老眼が進み度の強い老眼鏡がないと本も読めない。耳はキーンと鳴りっぱなしである。歯は昨年末20本近く治療した。喉はコロナに感染して以降声が出にくく痰が絡んでしょうがない。シミが次々に顔を覆う。もともと大したことのない作りの顔が、次々汚れていくのは勘弁してほしい。
頻尿で夜中にたびたび起きて睡眠の質が良くないのに加え、睡眠時無呼吸症候群も再発してそうだ。ただでさえボーッとしている出来の悪い頭がさらに働かず集中力がない。先日は起き抜けに湯を沸かそうと火をつけたガスコンロの上に、あろうことか電子ケトルのティファールを乗っけて焼いてしまった。台所でしばし立ち尽くす私。『恍惚の人』そのものである。
ここまで老いさらばえポンコツになると、悲壮感を通り越してなんとなくファンキーである。笑うしかないのである。いやーあ、よもやここまで自分がヨイヨイの爺様になるとは想像だにしなかった。と思うと、夜中に便所に起きる際には下半身の反応で目が覚める。一向に使う機会も、予定も、相手も無いのにこんなに無駄に元気であるというのも、我が息子も不憫である。
以前、誰かがこの状態を〝老いるショック〟と洒落て上手いなと思ったが、五十年も前の〝オイルショック〟を知っていることこそが老人の証であると、今更ながら思い知る。
痛い風
季節の変わり目は痛風の季節でもある。なんだか危ないなという気配を感じると、長年やってきたように食べ物に気をつけ粗食を心がけるを繰り返してきた。
痛風という病名はよく〝風が吹いても痛い〟からと言われる。確かに発作時に痛み止めのボルタレンかロキソニンが間に合わなければ、腫れ上がった患部は風が当たっただけでも痛む。三十三歳の時初めて痛風の発作が出た際には痛すぎて眠れず、不眠が極限状態になって気を失うようにようやく寝落ちした。病院に行くまでは、まだこの足の痛みが痛風とは知らず。強力な痛み止めを飲まなければ生活を送れないと知らなかったのである。
しかし、痛風のその名は、痛みの症状からの由来では無く。東洋医学では、体の中を巡る〝気〟のようなものを〝風〟と呼ぶ。この風が痛みを伴って体を駆け巡る状態を〝痛風〟と呼ぶ、と、以前痛風関連の書籍で知った。
病院も最初は症状が足の外科的な痛みのため整形外科に行った。すると整形外科の医師は私の足を一瞥するなり〝一応レントゲンで確認しますが、これは多分痛風ですね。今回痛み止めを出しますが、通院は次回から内科となります〟と手慣れたものである。ここで初めて痛風親爺は、この足の痛みは内臓からなのと驚くことになる。
仕事まわりの関係者に、いやあ痛風を患ってしまいまして、と告げると、当時は皆一様に薄ら笑いを浮かべながら、美味いもんの喰いすぎですね贅沢病、と同情なんぞ一向にされなかった。担当医師も治療に関して粗食に粗食にとしか言わない。おかしいな、そんなに贅沢なもの喰ってないのになと首を傾げる私。
その時、ハタと思い出したのは、たしか私が小学生の時に親父の膝に水がたまり、それが痛風だと騒いでいたことである。母親に確認するとその通りだという。まったく!お父さんの悪いところだけ似て、と宣っていたが、あとで判明したところによると、母親の家系は男性は痛風持ち、女性はリュウマチ患いだらけであった。よく父親のせいにできたものである。結果、私は父系・母系ともに由緒正しい痛風持ちの家系の出であると判明した。
二十年ほど前には、毎日のように通っていた居酒屋の料理人が痛風を発生したのを祝して、出版社をうまく口車に乗せ、当の料理人の料理レシピと焼酎の組み合わせで構成した『痛風オヤジの居酒屋料理』というふざけたムック本を企画・制作・編集した。大して売れなかったが、気のおけぬ仲間・カメラマン・デザイナー・酒屋の大将などで楽しく作業した。このウェブマガジンに『昭和歌謡』を寄稿いただいている勝沼紳一さんにもライターで参加いただいた。
『痛風オヤジの居酒屋料理』の巻頭には生活習慣病の専門医である福澤恒利先生のインタビューを載せた。この先生は面白い人で医師の傍ら立川志らくに弟子入りして立川らく朝を名乗る落語家でもあった。(残念ながら2021年に67歳でお亡くなりになった/著作に『ドクターらく朝の健康噺』等)

このインタビューで福澤先生は「痛風だからって食べたいものや美味いものを我慢するなんて、人生つまらなくするだけです。かえってそれを我慢してストレスを抱える方が痛風には悪い。食べたいものをバランスよく食べ、楽しく人生を送ることが痛風の一番の予防となります」とおっしゃっていた。
それ以降、ビールやプリン体の多い食物をストイックに全く摂らないというよりは、控えるというスタイルで過ごしてきた。それでも痛風の発作はたびたび出た。由緒正しい痛風体質である我が身には、致し方ないことであると素直に受け止めてきた。
病気に対する対処・治療法、有効とされるクスリなどは、研究が進むにつれて月日とともに変化する。最近の痛風に対するものは次のようなものであるようだ。
—プリン体は食べなくても、もともと体内で作られている。その量は食べ物から入ってくる量よりも数倍多い。つまり、食べ物由来のプリン体は体内のプリン体のごく一部でしかなく、ビールのプリン体はそのまた誤差ほどでしかない。
—確かに酒を飲むと尿酸値は上がる、しかし大事なのは痛風だ。実は禁酒をすると痛風が減るという証拠はない。ついでに言うと、食べ物を変えても痛風が減るという証拠はない。だから、尿酸値が高いといって酒を止める必要はない。
これには隔世の感がある。私が痛風になりたての頃、医師から診察のたびに、粗食に・酒とくにビールは控えるようにと、さんざっぱら言われたが、なんのことはない食べ物・酒由来のプリン体などとるに足らぬものだったということである。
これは、研究が進んで解明したことであろうから、まだ許せる。しかし、ことクスリに関しては唖然・茫然とする。
痛風で医師から処方されるクスリには、ザイロリック、ユリノーム、フェブリク、ウリアディック、ベネシッド、ユリスがある。それぞれ発売年度の古い順である。そしてこれらのクスリのどの添付文書にも「尿酸値を下げる」とはあるが「痛風を予防する」とは一言も記載されていないという。
私は最初にザイロリック、次にユリノームを処方され、ある時期には両方を服用するように指導された。のちにフェブリクが発売されてこれに替え一時期発作が出なかった期間があったので、真面目に飲んでいた。他の比較的新しいクスリのウリディアック、ベネシッド、ユリスは服用したことがない。
しかし、これらには無視しにくい副作用があることがわかった。ザイロリックにはまれに中毒性表皮壊死融解症というアレルギー反応を引き起こし、時に命に関わる。ユリノームには劇症肝炎で死亡する事例が相次ぎ安全性情報の配布がされた。そして一番服用したフェブリクは、2019年副作用に原因不明の死亡リスクがあると添付文書に記載された。服用以外のベネシッドには再生不良性貧血のリスクが報告されている。ウリディアックとユリスにはまだリスクの報告はないというが、前者は2016年、後者が2020年の発売であるため日が浅くまだ副作用の報告がないだけであるとされている。
これらのクスリの現状を知って、はぁーっと、深ーいため息をついてしまった。33歳で初めて痛風を発症してから、35年間、私は治療薬と信じて長年リスクのあるクスリを飲み続けてきた。間接的な自殺と変わらぬ気がする。もちろん、全ての服用者に副作用が起こるわけではない。しかし、痛風を予防する証拠もないクスリをリスクを抱えながら服用するのはいかがなものか。
何より怖いのは、医師は、血液検査で尿酸値の高い人にこれらのクスリを副作用の説明など一切せずに、いまだに平気で処方しているという事態である。医師とは名ばかりの、薬品会社のセールスマンばかりの医療界である。
メランコリーな気分で筆を置く。
編緝子_秋山徹














































































































































