令和八年 処暑
撒き散らされる〈毒〉

カナカナカナ
えっ、雑音
処暑_夏の気が、秋の気配へと変わり始める頃とされる。
しかし、暑さは一向に収まらぬ、盛りと言っても良いくらいだが、人間の愚痴を横目に蜩(ひぐらし)が朝夕にカナカナカナと鳴き出した。夕間暮れには鈴虫もちらほら鳴き出す。自然は律儀である。
ひぐらしは時と鳴けども片恋にたわや女我れは時わかず泣く
〈蜩は時となれば鳴くけれど、片思いの私はのべつ幕なし泣いている〉(詠み人知らず)
と、『万葉集』にあるほど、蜩は、いにしえより日本人に馴染みのある蝉である。
以前も書いたが、この蜩のカナカナカナや、ミーンミーン、ツクツクボーシという蝉の声、さらには、鈴虫のリンリンリン、松虫のチンチロリン、うまおいのスイッチョンなどの秋の虫の声が、欧米人には聞き分けの区別がつかず、単なる雑音・ノイズでしかないという。なんだか日本人で生まれて得した気分となる。
ハロウィーンの恐怖
先日、銀座のクリニックに行った帰り、並びのビルにある「熊本館」に寄ろうと思った。辛子蓮根と赤酒でも買い、熊本の物産を購入して、微々たるものだが、先の地震の被害のほんの僅かな足しになれば良いと思ったのである。店に入ろうとしたら入り口に立つ警備員が「ビルの入り口に並んでください」と言う、見るとビルの建物の入り口に入店待ちの人の列があった。その数五十人弱であろうか。どのくらいかかりそうかと、こちらに立っていた別の警備員に聞いた。一時間弱であろうという。膝が痛い爺いはここで諦めた。
熊本館には何度も来ているが、これまで並んで待つことはなかった。しかし、あの行列は何事か。思うに、建物の入り口に整列していた五十人の人たちも私と同じように、熊本産の物産を買うことで(二階では食事を摂ることもできる)、僅かでも役に立てればと思う人たちであったのだろう。もちろん中には義捐金箱もあるだろうし。整列している人々は年配の方が多かった。自分達のできる範囲で応援する。なんだか日本人らしいホッコリした行列であった。
両膝が痛くて、買い物もままならぬ日々であるが、唯一良い点は、読みかけの本や、昔読んだものを再読する時間ができることだ。最近読み返したものに、アメリカ人だが日本語の詩人であるアーサー・ビナードの『日本語ぽこりぽこり』(小学館)がある。その中のエピソードに「ハロウィーンの恐怖」という題の次のようなものがあった。
アメリカで10月31日はハロウィーンである。日本でも有名となった祭りだが、アメリカでこの日は祝日ではないという。子供たちは放課後、親達が勤めを終えた夜の数時間に集中するお祭りである。親兄弟や親戚が集まる感謝祭やクリスマスとは違って、近所で楽しむ祭りである。メインは仮装した子供たちが「お菓子くれないと、いたずらするぞー/trick or treat」と近隣の家々を回ってお菓子をもらうというもの。家々では、子供たちのためにお菓子を用意して配る。
1970年以前、家々が用意するお菓子はクッキーやピーナッツ入りの豆板、キャラメルを絡めたポップコーンなど手作りのものか、オレンジやリンゴなどの果物がほとんどであったという。ところが、70年以降は手作りのものが激減し、市販の菓子類を配る家が増え、果物も無くなっていったという。子供たちが手作りの菓子や果物を持ち帰ったら、親が取り上げて捨ててしまうのが一般化してしまったという。
事の発端は、1970年10月28日刊『ニューヨークタイムズ』の記事「トリートはトリック入りの可能性も」である。「近所に住む優しそうなおばあさんから、あなたの坊やがもらう赤い熟したリンゴ。その中にはカミソリの刃が潜んでいるかもしれない」といった調子で派手に恐怖のタネを撒いた。すると翌年以降、他のメディアも同様の論調を展開するようになり、数年後にはアメリカ全土の津々浦々にまで浸透してしまったという。全く悪意しかない〈毒〉がメディアによって広まってしまった。
15年ほど経って、ある社会学者がこの報道を疑問視し、1958年まで遡り調査したところ、子供たちがハロウィーンでもらった菓子で死亡した事件はゼロで一切起きていなかった。さらに重傷を負ったという子供もいなかった。100%デマの〈毒〉がマスコミによってばら撒かれたのである。
ビナードは、「視聴率を上げたり新聞や雑誌を売ったりするには、恐怖を煽るのが手っ取り早い。しかもかなり有効な手段だ。無論、大手食品会社も、市販の菓子が飛ぶように売れるハロウィーンを大いに歓迎したはず。真っ赤な嘘であろうと、いったん広まってしまえば、放射能同様、きれいに取り除くことができない。祭りを傷付けた犯人の特定は無理にしても、被害者は紛れもなく子供たちだ」と締める。
私が季節外れともいえる「ハロウィーンの恐怖」をここに紹介したのは、8月15日終戦記念日の靖国参拝問題がこれに似ているからである。
日本政府の閣僚や国会議員の靖国参拝は、1985年8月15日の中曽根総理の公式参拝を報じた朝日新聞の報道までは、中韓からも非難はされていなかった。同年8月7日、朝日新聞が『靖国問題』を報道すると、一週間後の8月14日、中国共産党政府が史上初めて靖国神社の参拝への非難を表明した。これ以降、中国や韓国は「靖国神社にA級戦犯が合祀されている」との主張で批判を続けている。
明らかに内政干渉である。この内政干渉の呼び水となったのが朝日新聞の記事〈毒〉である。靖国は英霊を祀る場所である。「英霊」とは戦没者を敬う言葉であり、神として崇め奉るものではない。小野田寛郎が「日本兵が戦友と別れる際、靖国で会おうと誓ったことから、靖国神社は日本兵の心の拠り所としてのシンボルのひとつであった」と言ったように、靖国とは特に大東亜戦争で亡くなった英霊たちにとっては、まさにシンボル・象徴である。そもそも、A級戦犯というものも、戦勝国が勝手に行なった『東京裁判』という茶番劇で作られたものだ。
あいも変わらず今年も、靖国参拝を終えた閣僚や国会議員を待ち構えて、マスコミが「参拝は私人ですか、公人でですか」などという軽薄な質問をしている。それよりも靖国の境内にいるお前たちは、お参りしたのかと問いたい。こいつらはどこの国のマスコミなのだろうか?
「ハロウィーンの恐怖」という〈毒〉と「靖国問題」という〈毒〉を撒き散らした『ニューヨクポスト』と『朝日新聞』の姿が、私には重なり合って仕方がない。
編緝子_秋山徹













































































































































