続・杉本眞人
昭和歌謡_其の八十五
「鼻歌で〝つい〟口ずさんでしまう名曲」
『銀座のトンビ』『時間よ止まれ』『ベサメムーチョ』
byすぎもとまさと&KANA
流行りに頓着せず
あえて意識して、〝そう〟しよう!! と思ったわけじゃないんですがね。偶然も偶然、前回に紹介させていただいた楽曲は、たまたま2つとも、杉本眞人が作曲しておりました。
杉本は、俗にいう玄人好みの作品を数多く、世に送り出していますが、〝ある 時期〟までは、一般的にはほとんど知られていないクリエーターでしたね。
新宿生まれの新宿育ち、現在、72歳。生粋の「都会っ子」のはずなのに、紡ぎ出すメロディには、ロック調のポップス歌謡であっても、かならずどこか、人間 の匂いと言いますか、土着的なテイストが醸し出され、それでいて、演歌を書か せても、決して野暮ったい〝ド〟演歌にはならない。
時代の流行りが「どうの」とか、音楽理論的に「どうの」とか、……てなことに は、まったく頓着せず、ただただ「俺はこんな曲が好きなんだ。文句あっか!?」 と、威勢良く啖呵を切っている風……な曲創りに、私は感じます。そういう意味で は、職人に徹することができないクリエーターなのでしょう。
同じ新宿出身の作曲家に、杉本より9つ先輩の筒美京平がいますけれど、筒美 は、ひたすら職人仕事に徹するクリエーターでしたから、ある意味、お二人の先 生は、真逆な立ち位置の「プロ作曲家」ということになります。
去年の10月に筒美が亡くなって以来、TVでもラジオでも出版でもネットで も、もう、もう、ふんだんな数の「筒美京平を語る」的な企画が世間に流出しましてね。そのうちの結構な数を、私も必死に追いかけたり……もしましたけれど、
あるタイミングに気が付いてしまったのです。「筒美サウンドは飽きるなぁ」と。
たとえば太田裕美のヒット曲を聴きまくり、郷ひろみのヒット曲を聴きまくり、どれもこれも、コンビを組む、松本隆ほか、超の付く一流の作詞家が書いた ハイクォリティな歌詞の魅力もあって、すんばらしい~!! の一言に尽きるのですが……。
贅沢な悩み、不遜な愚痴、を承知で言わせてもらえば、世話になっている御偉 方に高級な寿司屋のカウンターに連れて行かれ、「何でも好きなモノを頼め」と 飛び上がるほど嬉しいことを言われ、大トロだのウニだの鮑だの鯛だのを、食べまくってしまえば、当たり前ですが食傷気味になり、「えーと、……カンピョウ巻を1本、よろしいでしょうか? それも、わさびをキツめにして」なんてことを 所望したく、なりますわねぇ。
それと同様の現象なのでしょう。筒美先生が生前、「私が関わる楽曲は、ヒットしなきゃ意味がない!!」と言い切っていた、その〝レベル〟の楽曲は、正直、 完成度があまりによろし過ぎて、私の耳が勝手に「チェッ、また、そのパターンの曲かよ? イイ加減、飽きちまったぜぃ」ってな、生意気な気分に至ってしまったのです。
そんな折、杉本先生の書いた楽曲を、1つ、また1つ、聴いてみると、……ううむ、良いんですねぇ~。メロディの1音1音が、すーっと胸の奥へ沈んで行き、 知らず私の口から鼻歌がこぼれ出て、まさにベリグーな心持ちになることを、最近、知ったのです。
杉本眞人は、若い頃、歌手デビューしまして、でも、まったく売れなかったため、作曲や編曲に徹していたんですね。でも、歌声には自信があったはずです。
一般の歌謡ファンが、おそらくは初めて彼の、じつに魅力的な〝喉〟を聴く機会を得るのは、長いことコンビを組んでいた作詞家の、ちあき哲也から『吾亦紅 (われもこう)』(平成19年2月21日発売)というタイトルの歌詞をもらい、作 曲したついでに自ら歌唱したら、大ヒットしちゃった!! ついでに、NHKの 「紅白歌合戦」に歌手として出演した……ことによりましょう。
スミマセン、この『吾亦紅』ですが、歌詞の内容が、私にアレルギーを起こさ せる〝部類〟の楽曲でして、今回は勝手にスルーさせてもらいます。
鼻歌ベスト
皆さんにご紹介したいのは、『銀座のトンビ』です。平成23年10月20日にシングルCDが発売されまして、作詞は、またしても、ちあき哲也です。
♪~あと何年 俺は生き残れる
あと何年 女にチヤホヤしてもらえる
あと何年 やんちゃをくり返せる
夜の銀座をピーヒョロ 飛び回る…
命の蝋燭(ろうそく)の 焔(ほのお)の長さ
人はそれぞれ あんな若さであいつも あン畜生も
先に勝手に 逝きやがって
あと何年 あと何年 あと何年だとしても
…俺は俺のやり方で お祭りやってやるけどね
ワッショイ!
あと何年 俺は飲んだくれる
あと何年 女房に大目に見てもらえる
あと何年 ちょっかい出し続ける
情事(こい)の間をピーヒョロ 彷徨(さまよ)える…
今まで越えて来た して来てことに
悔いはなくても
時に昔の泣かせた 誰かの傷が
胸のあたりでチクリチクリ
あと何年 あと何年 あと何年だとしても
…俺は俺のお調子で ハッピーにやってやるけどね
ワッショイ!~♪
もう1曲、デュエット曲も紹介しましょう。矢沢の永チャンの看板ソング、…… と同じタイトルの『時間よ止まれ』(平成18年9月27日発売/作詞:岡田冨美 子)で、KANAという、杉本が率いるバンドの女性ボーカルが、杉本の相手を務めます。
正直、べつにどうってことないメロディなんですが、何故ですかね、『銀座のトンビ』といい、コレといい、サウンドが耳に絡みついて離れないのです。例によって、私が風呂場で唄いまくる〝定番ソング〟に加えてしまいました。
♪~(女)神様が 二人を 逢わせたの
運命に もてあそばれて・・・
(男)ボロボロの 別れが 来ないように
このままで 時間よ止まれ
(2人)淋しいと 言いながら
愛のない 遊びに疲れ・・・
(女)夢の扉の 鍵さえ なくし
折れた 翼を 見つめていた
(男)もう泣かないで 眠りに つけば
(2人)そこは 天の国だと 信じて~♪
「べつにどうってことないメロディ」なのに、何故か耳に絡みついて離れず、 知らぬ間に鼻歌として、〝つい〟口ずさんでしまう。
この〝つい〟っていうのは、こと歌謡曲のジャンルでは欠かせないアイテムでして。確かに聴いてみりゃあ「良い曲」なんだけど、でも、残念ながら耳の記憶 に残らない!! その手の楽曲はゴマンとありますからね。
音楽関係者が【杉本節】と称する、杉本眞人のクリエイションは、「後世に遺すべき昭和歌謡の名曲・ベスト10」みたいな括りには、ひょっとして入らないかもしれませんが、でも、風呂場で〝つい〟口ずさむ歌謡曲の1つには「絶対に入る!!」
そんな、……なんと表現すれば良いのか? 人々の生活におのずとフィットする メロディと言いましょうか。そうだ、温もり!! 〝ほんわか〟な温もりが、【杉本節】には感じられます。
ラストに、杉本眞人が桂銀淑に書いた、『ベサメ・ムーチョ』(平成7年3月 29日発売/作詞:FUMIKO(岡田冨美子)って楽曲を紹介しておきます。
桂銀淑の大ヒット曲の数々は、おおよそ浜圭介がメロディを書いています。その中で――、ヒット的には〝小〟でありながら、どっこい、オリコンチャートの 100位内に24週ランクイン!! の成果は、『ベサメ・ムーチョ』のメロディラインが、確実に、私の風呂場での鼻歌ソングにカウントされることを意味しまして ね。令和の現在、カラオケファンにも良く知られた名曲になっています。
♪~姿見に背中映し もどかしくジッパー引く
紅筆も折れそうな ときめき
今夜逢えば 苦しみへと 墜ちて行くのに…
ベサメ ベサメ ベサメムーチョ
愛が走る 愛が止まらない
ベサメ ベサメ ベサメムーチョ
迷っているのに 夢見てしまう
私から 誘うかもしれない
きれいな夕日に 涙がにじむ~♪
桂銀淑……。久しく表舞台から姿を消した、この女性歌手については、このコラ ムのどこかできちんと語らせて頂きたいと思っておりました。次回の予告とし て、彼女の楽曲の魅力と、日本で演歌歌手デビューしてからの、〝とびっきり〟 の光明と、〝とびっきり〟の闇を取り上げましょう。
思えば、前回ほど前のコラムでしたかね、早逝した大塚博堂という、知る人ぞ 知るシンガーソングライター(実は知らぬ人の方が圧倒的に多い)の話を書きま した。
1人の人間の生い立ちを双六に例えた時、はたして、幾つの目が出て「上がり (ゴール)」になりゃあ、そやつにとって幸せなのか? 杉本眞人が作曲した 『転がる石』(作詞は阿久悠)ってなタイトルの楽曲に絡めつつ、華やかな芸能 人という〝大ブレイク〟を果たせずに、彼岸へ旅立った大塚。嗚呼、人生とは、 かくもままならぬものか、ブツブツ……。
大塚に比べりゃ、桂銀淑の歌手人生の「上がり双六」は、腹立つほどの〝大ブレイク〟でしょうが、何故か転落していくんですから、嗚呼、人生とはやっぱ り、ままならぬもの、なのでしょう。
勝沼紳一 Shinichi Katsunuma
古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。