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筒美京平 其の三

昭和歌謡_其の六十六

昭和歌謡ポップスの神様 作曲家・筒美京平先生を偲ぶ(其の三)

『また逢う日まで』
尾崎紀世彦

筒美京平という職業

先生の逝去後、私の先輩の物書きが、電話でこう言いました。

「あらためて筒美京平が世に放った、大ヒット曲の数々を連続して聴きまくるとさ、歌詞の日本語が、どれもこれも〝活きている〟ことに気付いてね。こんなに日本語って、さまざま多様な表現のできる言語文化だったのか!! と、恐れ入ってしまったよ。日本語って、素晴らしいね」

「筒美の凄さはさ、あらゆる作詞家が、それぞれ自分の〝決め玉〟で勝負を挑んできても、さして気張った風もなく、ヒョイヒョイと曲を付けちゃうところだな。もっとも、作曲の舞台裏は、鶴の恩返し並みに、血反吐を吐きまくっていたかもしれないけどね(笑)」

先輩の言葉が正しいのか、どうか? 筒美先生は生前、雑誌のインタビューにこう応えています。

「いつも曲が売れることばかりを考えていた。音楽は好きだけど、ヒット曲作りは別物。そういう心構えでなけりゃ、少しも前に進めなかったし、それが僕の職業だと思っていたからね」

スゲェなぁ、筒美京平!! まったくの0から、五線譜にはまだ〝たったの1つ〟も音符が書かれていない、〝サラ〟の状態から曲を捻り出すだけでも、完成された楽曲を生み出す労苦は、半端じゃない!!

不肖ワタクシ花園乱ごときの屁垂れ作家でも、締め切り直前、タイムリミットのカウントダウン渦中において、まだ「あと10数枚分も、原稿用紙を埋めなきゃならん」てな状況は、もう、もう、日常茶飯事でしたからね。

仕事部屋のパソコンの前から、逃げ出しちまえば楽になれる!!こんな商売、今すぐ辞めちまえば、楽になれる!! 急にパソコンの電源が落ち、書きかけの原稿のデータが「すべて飛んじゃった」と言い訳すりゃあ、2日ぐらいは締切を延ばしてくれるんじゃないか??? 思考のすべてが、作品の内容の吟味ほかクリエイションの方向ではなく、如何にして、この状況から【解放される】か? はなはだ幼稚な了見のみに支配されちまう……。

他ならぬ、今現在も【そう】です。すでに、原稿の締め切りを数日、すっ飛ばしておりまして、当メルマガの主宰者を、相当イラつかせているはずです。嗚呼、情けない。30年以上、物書きを続けてきても、遅筆の癖は治りません。

それがですよ~。筒美先生は、締め切りまでに曲が上がるのは、当たり前も当たり前!! そんなの鼻クソ、屁の河童、まさに「チョチョイノチョイ」的な感覚なんでしょうね。

楽曲の制作スタッフ全員、曲が完成したぐらいじゃ満足しない!! 必ずヒットさせなきゃならない。そのヒットも、オリコンチャートの10位や5位なんて「冗談じゃない!!」 必ずトップ!! 必ずベストワン!! それも「たった1週」では弱い。「せめて3週、いや5週ぐらいは連続で」……。

まったくネ。しょせん、生みの苦しみをご存知ねぇ【外野】の皆さんは、勝手だよね。どいつもこいつも、「チャートのトップに輝いてもらわなくちゃ、筒美京平に頼んだ甲斐がない!!」てな、下世話な欲望をみなぎらせているのですから。

そんな渦中に身を置いて、「それが僕の職業」とまで言い切れる生活を、1960年代、70年代、80年代、90年代、2000年代……と続けまくって来たわけですよ~、先生は。写真を拝見するかぎり、ダンディな優(やさ)男風に思われる、あの風貌のどこに、超人並みに強靭な体力&精神機能が秘められているのでしょう?

いやはや、尊敬をベースの驚愕を通り越して、失礼ながら呆れ返ってしまいました。先生、アナタは人間じゃねぇや(笑)。

俗世において、すでに【人間】でなくなっていた先生は、ほどなく四十九日を経て、天界の住人になられます。

想わば、各年代ごとに先生は、あまたの「歌手志望の若者」に楽曲を提供し、競争過酷な芸能界へ送り出し、超の付くアイドルスターに育て上げて来ました。

……が、じつに不思議な事実として、山口百恵、キャンディーズ、ピンクレディ、松田聖子、中森明菜には、【たったの1曲】もシングルカットされる楽曲を書いていない!! んですね。ハズカシナガラ、私は最近、歌謡曲通の先輩から教えられました。

この理由については、次回に回しましょう。

其の四に続く

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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