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大塚博堂 其の1

昭和歌謡_其の八十二

「発掘!! 大塚博堂って知ってます?」(前編)

ダスティン・ホフマンになれなかったよ
by 大塚博堂

ダスティンホフマンの『ジョンとメリー』

※注:前回のコラムに引き続いての内容になります。未読の方は【こちら】をクリック願います。

市川森一が脚本を書いた、連続ドラマ『幻のぶどう園』(昭和51年8月23日~9月3日放映)という作品の中で、主演の尾藤イサオが、以下の歌詞にメロディが付いた歌を、ギターの弾き語りで披露するシーンがありまして。

当時、中学2年生だった私は、その、あまりに哀愁感たっぷりの曲調と、尾藤特有の、〝あの〟ソウルフルな歌唱スタイル&しゃがれた歌声に、すっかり魅了されたのです。

♪~テレビの名画劇場で 「ジョンとメリー」を見たよ
ダスティン・ホフマンが主演の
行きずりの恋のお話さ
まるであの日の ふたりみたいで
胸が熱くなって 仕方がなかった

君にもう 二人も 子供がいるなんて
僕のまわりだけ 時の流れが遅すぎる

ダスティン・ホフマンに なれなかったよ
ダスティン・ホフマンに なれなかったよ~♪

14歳の私は、ドラマの制作の仕方も、音楽業界のことも、何1つ知りませんでしたから、この歌は、このドラマの主人公の尾藤イサオの〝オリジナル〟の楽曲だと、100%、信じ込んでしまったのです。

私の世代でいうと、尾藤が『日劇ウエスタンカーニバル』に出演していた時代、つまり彼の【全盛期】のことは何一つ知らないものの、アニメ『明日のジョー』のテーマ曲を歌唱する歌手だ、との認識だけは、〝しっかり〟ありました。

なにしろネット検索など〝遠い遠い未来〟の頃の話ですからね。この楽曲について、もっと深く調べたくても、方法がわかりません。

加えてビデオ録画も〝遠い未来〟でしたから、TV画面に映し出される、リアルタイムの画像や音声〝だけ〟を頼りに、印象に残った台詞やら何やら、急いでメモを取るなりして、遺すぐらいしか術がなかったですね。

記憶はおぼろげですが、ドラマの劇中で、何度も尾藤は、この楽曲を歌唱したものの、肝心のタイトルは、何故か一度も口にしなかった、……はずです。

どうしてもタイトルが知りたくて、同級生やら担任教師やらにも訊いてみたり、したのですが、誰もご存じない。

すると何回目かの放映の最後に、ようやく私は気が付きました。ドラマのエンディングに流れる、いわゆる「スタッフロール」というやつに、劇中歌『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』という文字が映ったんですね。

その時、同じ画面に、楽曲の作詞家&作曲家の名前も映ったはずですが、幼い私は、〝そこ〟を見落としてしまい、また、正直、ドラマの「劇中歌」の扱いについても、よく理解していなかったため、あくまで尾藤イサオの〝オリジナル〟曲だと信じ込んだまま、『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』という、けったいなタイトルと結びつけて、覚えてしまったのです。

それから、どれくらいの月日が流れたでしょう。

ある商店街だかの有線放送に、〝これ〟が流れまして……。でも不思議なことに、声が尾藤とは「まったく違う!!」のです。

??? こりゃ、どういうことだ!? と、首を傾げるタイミングの延長上で、某民放TVの何かの音楽番組を、何気なく観ていましたら、アフロヘアで黒いサングラスで髭面という、3拍子揃った、いかにも怪しげな男が登場しました。

どうやら〝知る人ぞ知る〟伝説のシンガーソングライターらしいのですが、コイツが、出で立ちの派手さのわりに、態度も喋り方も、ちょー陰気臭い!! のです。番組を変えようとする、ほんの僅かな間、私の耳に、聞き慣れた歌詞とメロディが絡んで来て、ハッとなりました。

♪~テレビの名画劇場で ジョンとメリーを見たよ~♪

ようやく、かれこれウン年にもなる、自分の勘違いに終止符が打たれました。『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』(昭和51年6月25日発売/作詞:藤公之介)は、このアフロ&黒サン&ヒゲ&「陰気臭い」物腰の歌手=大塚博堂の〝オリジナル〟曲(作曲&歌唱)であり、尾藤イサオは、ドラマの劇中で、〝それ〟を歌唱したに過ぎなかった、……んですね。

ちなみに歌詞に登場する、ダスティン・ホフマン主演の『ジョンとメリー』という映画は、スティーブ・マックイーン主演のアクション映画『ブリット』で当たりを取った監督、ピーター・イェーツが昭和44年に公開した作品です。

仕事場も住まいも〝大都会〟ニューヨークである、主人公の男女(女役は、『ローズマリーの赤ちゃん』主演のミア・ファロー)は、共に、若気の至りと言ったらナンですが、「生きていることの意味」を少しも感じられない毎日を、ただ〝なんとなく〟送っています。

ある晩、独身男女ばかりが集まるバーで、たまたま知り合い、意気投合し、名前も素性も知らぬまま、男の部屋でベッドイン。翌朝、シラフになると何も覚えてない2人……。

2人それぞれが、偶発的に「相手をもっと知らなければ、昨夜のことが無意味になる」と考え、お互いが好き勝手に、さまざまな言葉を投げかけ合い、相手のことを知ろうとするのですが、些細な理由から、女は部屋を出て行きます。その際、自分の連絡先を紙に走り書きするのですが、何故か男は、それを捨ててしまいます。

でも、しばし後、急に「また逢いたい!!」気持ちが高まった男は、女を探し回りますが、後の祭りです。落胆して自宅に戻ると、なんと、玄関の前に女が!! 嬉しさの余り、2人は抱擁した後、ようやく気付くのです。相手の名前を知らないことを。

「キミ、なんていう名前?」
「……メリーよ。あなたは?」
「ジョンだよ」

ま、〝これだけ〟の映画です。正直、つまらん映画です(笑)。

名前を訊いてはいけない

私の学生時代、〝これ〟を名作だ!! と騒ぐ同期の野郎がおりましてね。
その時の、そいつの物言いが、興味深かったのですが。

「ストーリーなんか、どうでもイイんだけどさ。要するに、女をナンパしても、すぐに名前を訊いちゃう奴はモテない!! それを、俺はダスティン・ホフマンから教わったね。名前を訊くのは、女とヤリまくった後だ。それも〝ついでのように〟訊くんだぜ。『あ、そういやぁ、キミ、何ていう名前だっけ?』って。な?格好イイだろ」

愚かな私は、オハズカシクも、まだ女は未体験。いざ〝そうなった〟ら、とにかく「名前は訊いちゃいかん!!」という、悪友の御託宣だけを懐刀に、その後しばらく、不特定多数の女と出会う機会があるたび、相手は私の名前を(当然ながら)訊いて来ても、私は訊かない!! という頑ななポリシーを貫いたのです。

結果、会話がギクシャクし、態度もギクシャクし、ヤルもヤラぬも、一向に〝次〟のプロセスへ進まないまま、ジ・エンドという……ド間抜けな「青春時代」でございました。

『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』の歌詞の主人公も、私ほど〝ド間抜け〟ではないにせよ、残念ながら、やっぱり意中の女とは結ばれないまま、ジ・エンド。淋しく侘しい「青春時代」だったわけです。

そもそもが、私も、歌詞の主人公も、映画『ジョンとメリー』のダスティン・ホフマンに「なろう!!」と思い立つこと自体、愚かしいのですがね。

では、この楽曲を作曲&歌唱した、大塚博堂自身は如何だったか?

この続きは、ゴメンナサイ、次回に回しましょう。

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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