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野口五郎 後編

昭和歌謡_其の四十一

♪~伝言板に君のこと~♪

『私鉄沿線』に想う(後編)

「僕は特定の電車を想定せずに、あくまで僕のイメージとして、都心から郊外に向かう私鉄の沿線を描いてみたのです」

歌詞を書いた山上路夫は、とあるコラムの中でそう明言しております。本人がそうおっしゃるのですから、「その通り!!」なのでしょう。

私鉄沿線

♪~改札口で 君のこと いつも待ったものでした
  電車の中から降りてくる 君を探すのが好きでした
  悲しみに心 とざしていたら 花屋の花も変わりました
  僕の街でもう一度だけ 熱いコーヒー 飲みませんか
  あの店で聞かれました 君はどうしているのかと

  伝言板に君のこと 僕は書いて帰ります
  想い出たずね もしかして 君がこの街へ来るようで
  僕たちの愛は 終わりでしょうか 季節もいつか変わりました
  僕の部屋をたずねて来ては いつも掃除をしてた君よ
  この僕もわかりません 君はどうしているのでしょう

  買い物の人でにぎわう街に もうじき灯り ともるでしょう
  僕は今日も 人波さけて 帰るだけです ひとりだけで
  この街を越せないまま 君の帰りを待ってます~♪

山上先生の話が事実だとして……、

以下、あえて野暮を承知で、楽曲の歌詞にふさわしい〝空気感〟を醸し出す『私鉄沿線』を定義してみますと

東京都内および近郊を走る路線で、かつ普通電車、つまり鈍行の運行のみの電車……。理由を訊かれても、正直困るのですが、まぁ、あくまで私の中だけの勝手なイメージでは、まず間違っても特急だの通勤快速だの急行だのが、わが物顔に通過するような『私鉄沿線』に、この楽曲の主人公の住まう部屋があって欲しくないのです。

電車の車両は、せいぜん3つか4つ。これまた間違っても、JR「湘南新宿ライン」のごとく、やたら長ったらしく15両もつながっていてはいけません。

駅のホームは、みたび間違っても高架や地下であってはならず、あくまで地面の〝並び〟に存在しなくてはいけません。加えて改札口は、上り方面でも下り方面でも構いませんが、1つしかなく、改札口のない方面のホームに降りた場合、面倒でも踏切を渡る必要が生じます。

改札口を出てすぐのところに「伝言板」が設けられていて、駅前には花屋、洋菓子屋、本屋など、すべて〝ちっぽけな〟店舗があり、いずれかの店の脇に、電話ボックスではなく、赤い公衆電話が1つ、ぽつんと置かれています。

駅周辺に大型スーパーなどがない代わりに、さほど賑やかではないものの、魚屋に八百屋、肉屋、クリーニング屋ほか、日常の生活に最低限、困らない程度の各種のブツが買える、○○商店街と名のつく通りが〝いちおう〟ある……。

以上、ほとんど妄想に等しい、私の勝手な条件を、かろうじて〝おおよそ〟クリアしてくれる『私鉄沿線』となると、そうそう、あっちの路線、こっちの路線というわけにもいかないでしょうね。

ところが1つだけ、いや2つだけ、実在するのです。それが、蒲田駅と五反田駅を結ぶ、東急「池上線」であり、同じく蒲田駅と多摩川駅を結ぶ「多摩川線」です。

地元以外の皆さんには、ほぼ100%、馴染みがないでしょうけれど、蒲田に生まれ育った私にとっては、通学通勤に欠かせない、きわめて身近な『私鉄沿線』でありまして、どの駅周辺も、楽曲の主人公にフィットする〝空気感〟を、みごとに漂わせてくれます。

とりわけ蒲田駅から「多摩川線」に乗って1つめ、「矢口渡(やぐちのわたし)」駅周辺は、私がこの楽曲をカラオケで唄う際、かならず思い浮かべる景色なのですよ。なぜかといえば、この町には、カミサンとの新婚生活を5年間送った、懐かしくも甘酸っぱく、時に塩っぱい思い出が眠っているからです。

そんな私の、四半世紀ほど前の記憶をもとに、楽曲の主人公の恋模様を想像、いや妄想してみますと、

主人公の彼(A男)の年齢は、高卒ならば二十歳過ぎ、大卒ならば二十代の半ばぐらいですかね。縁あってどこかで彼女(C子)と出会い、何度目かのデートで、初めてC子を自宅へ誘い出すことに成功します。C子はA男に案内されるまま、「矢口渡」駅のちっぽけなホームに降り立ち、ちっぽけな改札を通過して、A男が住まうアパートの、ちっぽけな部屋に「お邪魔しま~す」……するんですね。

若い2人はすぐに〝出来て〟しまい、いつの日か一緒に暮らし始め、朝晩の料理はC子がこしらえ、暇さえあれば部屋の掃除をする、健気(けなげ)な顔を覗かせます。駅前の花屋で、季節ごとに変わりゆく花を数本、買っては、部屋の隅に飾ったりもして。

時代はちょうど、恋人同士の同棲生活がブームになっていた……頃です。漫画家・上村一夫が書いて大ヒットする劇画『同棲時代』が、双葉社刊行の「漫画アクション」に連載されたのが、1972年3月2日号~1973年11月8日号です。ブームに便乗するかのように、南こうせつ率いるフォークバンド・かぐや姫も、1973年9月20日に『神田川』(作詞:喜多条忠/作曲:南こうせつ)を発売し、たちまち大ヒット!!

 

 

貧乏ながらも「愛のある2人の暮らし」は、都会の片隅に生きる若者たちにとっての憧れであり、その愛の巣であるアパートの、〝定番〟の間取りは、「4畳半1間、狭い台所がついて、トイレは共同、もちろん風呂なし」でしょうかね。

『私鉄沿線』のシングルレコードは、その流れを受けて、およそ1年半後の1975年1月20日に発売されています。高度経済成長期の、特に都会の生活環境の〝進化〟は凄まじいものがあったはずで、……となると、この楽曲に描かれる「愛のある2人の暮らし」は、『同棲時代』や『神田川』のカップルよりも、多少は贅沢になっていたかも? しれません。と言っても、「トイレが部屋の中にある」ぐらいの贅沢が限界でしょうが。

一人暮らしが長かった彼は、嬉しかったでしょうね。毎日が夢のように感じたはずです。「こんな日々が、ずっと続きゃあいいなぁ」などと、能天気に捉えてしまう。いや、これは男なら、皆さん自覚がありましょう。ヤレる女がそばにいて、飯だって作ってくれる。ついつい、その愛しくも気だるい日常に現(うつつ)を抜かしてしまいます。

ところが女は違う!! 断じて違うんですねぇ。これは、牡と牝の本能的な差異としか言いようがない。おそらくC子は、内心〝次の〟展開を期待していたはずです。世間の常識からすれば、「結婚したいなぁ」ってことでしょうかね。

そのアクションが、いつになってもA男から起こされない時に、女が見せる〝反応〟は、昔も今も変わりません。決まって、2つに1つです。「この人には私しかいない!!」と、自分が犠牲になって恋人を支えようとするパターンと、「もう我慢の限界だわ!!」と、恋人を見限って、彼の知らぬ間にぷっつりと姿を消すパターン。『私鉄沿線』の彼女は、後者だった、……ということでしょう。

こうなると、いつだって男は間抜けです。「君が出ていった理由がわからない」などと、つい周囲の親しい仲間に愚痴ったり、しがちですけれど、わからないのは「アンタが阿呆なだけや」という事実に、男はまず気付きません。気付くようなら、恋人も出て行きゃあしませんね。

それまで、あまり必要を感じなかった、駅の「伝言板」に、今さらセンチメンタル過剰な台詞を何かしら書いたところで、ほぼ永久的に、彼女がこの駅のホームに降り立つことはないでしょう。A男は未練たらしく、C子と通った馴染みの飲み屋のカウンターに突っ伏し、マスターに嘆き節を聴かせたりするでしょう。

マスターも無責任に、「あの子なら、きっと、そのうち戻ってくるよ」などと、愚にもつかぬアドバイスを提供したりしましょうが、女がいったん「こうだ!!」と決めたら最後、現況を覆すことは絶対にありません。過去、雑誌の仕事のインタビューで、数百人単位の女性の別れ話を、さんざん聴きまくってきた私が「言い切る」のですから、間違いありません。

C子の想い出が濃厚に充満している「この部屋」を転居し、A男はA男で心機一転、別の場所で生活をやり直せるならば、話は早いです。……が、若い彼には先立つモノがない。引っ越しは、タダじゃあ出来ない。敷金も礼金も、加えて運送代も、けっこうな額かかります。

♪~この街を越せないまま 君の帰りを待ってます~♪

『私鉄沿線』の歌詞は、その台詞で締めくられていますが、実態は、そんな情緒あふれるドラマなんかじゃないでしょう。

♪~(カネがないから)引っ越しも出来ないまま (ずるずると)君の帰りを待ってます~♪

たぶんこれがA男の、というより若い男子諸君の、本音。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

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