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恋に破れた女は北へ

昭和歌謡_其の十三

ハートブレーク・ジャーニー歌謡

いやはや、それにしても暑いですねぇ。

関東地方の梅雨明けは、ほぼひと月、前倒しで宣言され、その分、秋も前倒ししてくれるかと思いきや、某気象予報士いわく、「残念ながら、そうはなりません。このまま9月の半ばまで、猛暑が続くと思われます」とのこと。

まさしく異常気象なのでしょう。まだ夏休みも始まっていないというのに、7月15日現在、上州はJR高崎駅から車で5分ほどにある、わが家(築45年、木造2階建ての、1階北側)の台所の気温は、ジャスト36度を示しております。

こう暑いと、つい気持ちは北の方向へ……、涼しいはずの北海道などを旅して、一気に身も心もクール・リフレッシュ!! と行きたいところですが、最近は札幌あたりでも、真夏は日中、平気で30度を超えてしまうのだそうで。日本の気候は「すでに温帯ではなく亜熱帯に変化した」という、某学者の研究報告も、ただの暴論と無視するわけにはいきませぬ。

さて、話は本題、歌謡曲。

恋に破れた女は北へ

おもに演歌の歌詞の主人公(女)は、恋に破れると、なぜか北へ向かいます。

自分を置いて、どこかへ消えてしまった男を追いかけて、北へ向かうケースもあれば、気持ちを整理するため、あるいは、ひょっとして死に場所を求めて?北へ向かうケースもありましょう。

吉幾三の大ヒット曲といえば、すぐに『酒よ』と『雪国』が思い浮かびますが、ファンの間ではもう1曲、「隠れた名曲」と愛され続けている楽曲に『海峡』(1987年5月5日発売/作詞&作曲:吉幾三)があります。この歌詞の主人公にとって、恋人と別れてから向かう先は、ハッキリ「北でなくてはいけない」のだそうです。

♪〜わたし昔から そうでした 北へ行こうと決めていた
この世で愛した男(ひと)は貴方(あなた)
あなた あなただけなの〜♪

1番の歌詞で、ほんのり傷心による自殺を予感させ、2番の歌詞では、それを口にします。

♪〜わたし昔から そうでした 北で死のうと 決めていた
幸せ見つけて 暮らします あなた あなた忘れて
津軽海峡 渡る船は 横なぐり 横なぐりの雨〜♪

死に場所を北に決めてはみたけれど、津軽海峡の荒波と横なぐりの雨に打たれ、おそらくビビってしまったのでしょうね(笑)。ハッと気づきます。「私、まだ死にたくない」と。

♪〜も一度 も一度 やり直せるなら このまま このまま引き返すけど〜♪
もう遅い もう遅い 涙の海峡〜♪

「あなた」への未練は残るものの、死ぬに死ねない。かといって、もはや状況も変わろうはずもない。荒れ狂う津軽海峡を眺めつつ、女ひとりの生活を、新たにやり直さなくてはいけないと決意する……わけですね。

もう1曲、『海峡』の主人公と同じく、あらかじめ、男と別れる時は「北へ旅する」と決めている楽曲があります。朱里エイコの大ヒット曲『北国行きで』(1972年1月25日発売/作詞:山上路夫/作曲:鈴木邦彦)です。

ところが、こちらの主人公は、吉幾三の書いた歌詞とは裏腹、少しも女々しくなければ、痛々しくもありません。みずから男への未練を断ち切って、清々した気分での、北へのハートブレイク・ジャーニーです。

♪〜つぎの北国行きが 来たら乗るの
スーツケースをひとつ 下げて乗るの
アー、何もあなたは知らないの この町と別れるの
明日あなたにお別れの 手紙が届くわ きっと
いつも別れましょうと 言ったけれど
そうよ今度だけは ほんとのことなの〜♪

演歌の世界の女は、誰ひとり、こんな強い意志を持って旅立ちません。毎年、毎年、繰り返し発売される楽曲の中には、正直、掃いて捨てたいほど、うじうじ、めそめそ、じとじと、のハートブレイク・ジャーニーばかりが描かれています。

——と思いきや、いえいえ演歌にだって、自分を捨てた男への未練は「私が自分で断ち切るのよ!!」とばかりの意志の強さを、ロックの激しいビートに乗せて表現した楽曲が、ちゃんと存在いたします。石川さゆりの代表曲、『津軽海峡・冬景色』(1977年1月1日発売/作詞:阿久悠/作曲:三木たかし)。

♪〜上野発の夜行列車 おりた時から 青森駅は雪の中
(中略)
私もひとり 連絡船に乗り こごえそうな鴎見つめ 泣いていました〜♪

まぁ、1番の歌詞では、吉幾三の『海峡』にも通じる、演歌特有の、ある種のベタな暗さ(笑)が漂っている……ように感じますが、

一転、2番の歌詞になると、それはあくまで、女が心から愛した男への熱情を、みずからプッツリ断ち切るための、避けて通れぬ【儀式】であったことが、おぼろではありますが、解ってきます。

♪〜ごらん あれが竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が指をさす
息でくもる窓のガラス拭いてみたけど
はるかに霞(かすみ) 見えるだけ
さよなら あなた 私は帰ります
風の音が胸をゆする 泣けとばかりに
ああ 津軽海峡 冬景色〜♪

極寒の津軽海峡……、凍てつくほどの海風に頬を打たれ、女は、ひとり生きることを誓うわけでしょう。吉幾三は、同じ津軽海峡を前に、横なぐりの前に打たれて初めて、ハッと我に返り、自殺をとどまりますが、石川さゆりは違います。はなから死ぬ気などありません(笑)。でも自分の人生を一度、リセットさせたいがため、わざわざ夜行列車に乗って、【ここ】までやって来たわけです。

似て非なる2人の女の情動。これを「しょせん同じ穴のムジナ」と捉えるか? 「いや、全然違う。覚悟が違う」と感じるか? 皆さんは、どう思われますかね。

阿久悠は、1965年〜1975年ぐらいまでの、いわゆる高度経済成長、真っ只中の世相の動き、日本人女性の生き方の変化に着目し、のちにこう語っています。

「私は当時の若い女性たちの、見せかけではない、精神の自立を歌にしたかった。男に振られたぐらいで、命を断つような愚かな真似なんて、『冗談じゃないわ。バッカじゃないの』と笑い飛ばせるほどの、力強い女性の自立を、思う存分、描いてみたかった」

ということならば、向かう先も、北の地方とは限りません。その女が自分の意志で「こっちよ!!」と決めれば、東西南北、どこだって構わないわけですよね。

実際、そういう楽曲もあります。カラオケファンにはお馴染み、『ジョニーへの伝言』(1973年3月10日発売/作曲:都倉俊一)ですね。唄うは、高橋真梨子を2代目ボーカルに迎えたばかりの、ペドロ&カプリシャス。当時とすれば、かなりポップでお洒落でアダルトな、洋楽テイストの強い歌謡バンドの大ヒット曲です。

♪〜ジョニーが来たなら伝えてよ 2時間待ってたと
割と元気よく出ていったよと お酒のついでに話してよ
(中略)
今度のバスで行く 西でも東でも
気がつけば 淋しげな町ね この町は
(中略)
サイは投げられた もう出かけるわ 私は私の道を行く
友だちなら そこのところ うまく伝えて〜♪

歌詞全体に漂う、良い意味での気怠い投げやり具合が、あまりに潔く恰好イイ〜ために、かえって痛々しく感じたりもしますけれど。

ハードブレイク・ジャーニーを描いた昭和歌謡の名曲は、あまたありますが、恋人に捨てられたはずの女が、「サイは投げられた」とまで覚悟を決める内容の楽曲には、なかなかお目にかかれません。

この歌詞をどなたが書いたのか? と思いきや、ううむ、またしても阿久悠なんですねぇ。恐るべし!! としか言いようがありません。

この楽曲の譜面を初めて拝まされた、当時の音楽関係者の1人は、【西でも東でも】の表現に、大げさでなく「ぶったまげた」と語っています。

「恋に破れた女が行き着く先は、北の方角だと、これはもう、古くから相場が決まっている流行歌の世界に、『西でも東でも』と来やがった。これが西なら西、東なら東、と決めてくれるなら、まだわかる気もするが、あらためて歌詞を確かめりゃ『西でも東でも』でしょう。つまり、どこだって構わないわよ、ってことですよね。どこに行こうと、一切、私の勝手なのだから、放っておいてよ!! と、その冷たく突き放される感じに、めまいがするほど衝撃を受けました。阿久さん、やりやがったな、ってね」

阿久悠が描いた、彼の理想とも言うべき【強い女】は、平成30年の現在では、決して珍しい存在ではなくなりました。むしろ今の世の中、甲斐性なしの情けない男などは、さっさと蹴り飛ばすがごとく捨て去り、「男なんてまっぴらごめん!!」とばかりに、悠々自適なシングルライフを楽しむ女性が、各世代、ドッと増えました。

では、女に捨てられた男の方は、どうなったかと言いますと、

北はもちろん、西へも東へも思い切って旅立てず、近所の馴染みの安酒場のカウンターで、焼き鳥をつまみながら、ちびりちびり、焼酎をあおっては、別れた女の愚痴をこぼしまくり、酔いつぶれて寝てしまうのでしょうね。

男のハートブレイク・ジャーニーは、じつに安上がりで可愛いもんです(笑)。

『酒と泪と男と女』(1976年6月25日発売/歌唱&作詞&作曲:河島英五)

♪〜忘れてしまいたいことや どうしようもない寂しさに
包まれたときに男は 酒を飲むのでしょう
飲んで飲んで 飲まれて飲んで 飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
やがて男は 静かに眠るのでしょう

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

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