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私的作詞家考

昭和歌謡_其の十七

ニッチもサッチもどうにもブルドック

阿久悠となかにし礼

歌は3分間のドラマである、などと言われます。

 ドラマである以上、その筋書きを描く立場の専門家、つまり脚本家が必要なわけでして、歌謡曲における脚本家が、すなわち作詞家ということになります。

プロの脚本家であれば、どんなジャンルのドラマもオールマイティに書けるか? というと、そんなこともないはずです。小説家に、ミステリー作家もいれば官能作家もいるように、脚本の世界にも、恋愛ドラマが得意なライター、医療サスペンスが得意なライター、ドタバタコメディが得意なライターなどがいます。

これをそのまま作詞家にあてはめると、演歌、ポップス、アイドルソングほか、歌謡曲のジャンルであれば「何だってウエルカム!!」という凄腕の〝職人〟も、いるにはいるでしょうけれど、たいがい「僕は演歌はパス」、「いや俺は、演歌しか書けない」、「アイドルにラブソングを唄わせるなら、私に任せてちょうだい」など、各人のテリトリーというものが決まっているようですね。

おそらく技量の問題というよりは、向き不向き、好き嫌い、ということになりましょう。どんなジャンルの歌詞を書いたって、かりにもプロである以上、一定のレベル以上のものは書き上がるはずです。そうでなければ「作詞家でござい」の看板を、いつまでも挙げてはいられません。

しかしながら、餅屋は餅屋の喩えどおり、

「○○先生と仕事をすりゃあ、さしてきめ細かい打ち合わせなんてしなくたって、ツーといやぁカー、打てば響くというのかな? アイドルに唄わせる曲の歌詞を書かせて、まずハズレがない。だから、超多忙なのを承知で、どこの芸能プロダクションも、新人のアイドル歌手をデビューさせる時は、あの先生にお願いするのよ」

な~んて話は、実際、当たり前のように転がっているわけですよ。となれば、作詞を依頼する側も、どうせ頼むなら、「このジャンルは俺に任せろ!!」というタイプの書き手に、仕事をお願いしたいと思うでしょうし。

超売れっ子のビッグヒットメーカーである、阿久悠となかにし礼は、ちょうど同時期にブレイクしたこともあり、何かと比較されますね。

広告のプランナー&コピーライター出身の、阿久と、大学でフランス文学をかじり、学生時代からシャンソンの訳詞で稼いでいた、なかにし……。この2人ほど、作風に大きな違いがあるケースも、音楽業界広しといえども珍しいことでしょう。

北原ミレイという、昭和歌謡のビッグスターがいます。1970年10月に、阿久悠が歌詞を書いた『ざんげの値打ちもない』(作曲:村井邦彦)でデビューし、これがビッグ・ヒットし、一躍、有名歌手の仲間入りをしました。

そしてデビュー5年めに、なかにし礼が歌詞を書いた『石狩挽歌』(1975年6月25日発売/作曲:浜圭介)も飛ぶように売れまくり、この2曲は彼女の偉大なる看板ソングになったわけですが、同じ歌手の〝持ち歌〟に思えないほど、歌詞に描かれた世界観はがらりと異なります。

『ざんげの値打ちもない』
♪~あれは二月の寒い夜 やっと十四になった頃
窓にちらちら雪が降り 部屋はひえびえ暗かった
愛というのじゃないけれど 私は抱かれてみたかった
あれは八月 暑い夜 すねて十九を越えた頃
細いナイフを光らせて 憎い男を待っていた
愛というのじゃないけれど 私は捨てられ つらかった~♪

『石狩挽歌』
♪~海猫(ごめ)が鳴くから ニシン来ると 赤い筒袖(ツッポ)の ヤン衆が騒ぐ
雪に埋もれた番屋の隅で わたしゃ夜通し 飯を炊く
あれからニシンは どこへ行ったやら
破れた網は 問い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロ ボロロ
沖を通るは笠戸丸 わたしゃ涙で ニシン曇りの空を見る~♪

あえて語弊がある言い方をさせていただくと、阿久悠の歌詞は、それだけを読んでも、さほど面白いものではないんですね。作文みたいで、などと評すると、阿久悠があの世から化けて出てくるかもしれませんが(笑)。

常に企画コンセプトが優先といいましょうか、言葉の羅列が理屈っぽいし、あまりにミモフタモナくて、情緒というものが感じられません。歌詞にぴったりなメロデイが付いて、初めて〝商品〟として成立する……ような印象を、私は常々いだいております。

引き換え、なかにし礼の歌詞は、1行1行がイメージの膨らむ、味わい深いポエムになっているように感じます。ま、これはあくまで私の勝手な評価ですから、「そんなことねぇよ、バカヤロウ!!」と、皆さんからキツいお叱りを受けるかもしれませんね。

歌詞が理屈っぽかろうが、ポエジーだろうが、お二人の〝巨匠大先生〟の作品は、(当たり前でしょうが)一読して、即座に意味もピンと解りますから、その点はひと安心なのですが、

伊藤アキラと中島みゆき

大ヒットした歌謡曲の中には、歌詞の内容が意味不明でチンプンカンプンという楽曲も、けっこうな数、存在します。

昭和歌謡の全盛期、フォーリーブスという人気アイドルグループが存在しましたが、覚えていらっしゃいますか? 彼らの大ヒット曲、『ブルドッグ』(1977年6月21日発売/作曲:都倉俊一)の歌詞は、いま、あらためて読んでみても、相当にブッ飛んでいます。

♪~黙れ! うるさいぞ、お前ら 泣くな! 悲しみに負けるな
こらえきれずに泣き出すのはヤセ犬だ
眠れ! 戦いは終わった 傷は夜明けには薄れる
くやしさだけを 胸の奥に刻みこめ

恋の傷跡なら いつか薄れていく
男と男の戦いは 永遠(とわ)に消えない
見ろ! 俺の目を! そらすな! じっと見ろ!
夜更けの嵐が 心を刺す
ニッチもサッチも どうにも ブルドッグ ウォー!!~♪

この歌詞を書いた伊藤アキラは、阿久悠、なかにし礼と並ぶ、昭和歌謡の超売れっ子作詞家です。もともと三木鶏郎の冗談工房で、コントだのコマソン(CMソング)の作詞などを書きまくっていたそうですから、発想もユニークなのでしょう。ご年配の方なら懐かしい、丸善石油(現在のコスモ石油)の「オー、モーレツ!」は、伊藤大先生の作品ということを、今回、初めて知りました。

とはいうものの、皆さん、フォーリーブスに書いた『ブルドッグ』は、いったい何を描きたい作品だったか、おわかりになりますか?

あえて野暮を承知で〝深読み〟してみますと、これはひょっとして、自分が惚れた女が、ふらりと他の男になびいてしまい、絶望と悲しみに打ちひしがられている……、「そういう野郎ども」全員(同志たち)に対して、乱暴ながらも、熱い友情あふれる【檄】を飛ばしているのではないでしょうか?

女に振られたことを、からかう連中には「黙れ!!」と恫喝し、同志たちには「泣くな!!」と忠告する。そして〝尻軽〟な女のことなど、さっさと忘れて、男としての本当の勝負!! 人生を賭した〝大きな戦(いくさ)〟に挑もうじゃないか、とハッパをかけている……。そんな気もするんですけれど、如何でしょう?

ま、どちらにしても、解らないのはラストの部分です。

♪~にっちもさっちも どうにも ブルドッグ~♪

このフレーズに、何かしら隠された深い意味があるのか、ないのか? 伊藤大先生に伺ってみないことには、まるっきり解りません

意味が解らないといえば、女流作詞家の書いた歌詞です。よく女性は「子宮でモノを思考する」と言われますが、われわれ男どもにはまるでピンと来ない、独特の嗅覚といいましょうか? 感性豊かな〝世界観〟をベースに、歌詞を書き上げる傾向が強いようです。

中でも筆頭格は、シンガーソングライターの中島みゆきでしょう。彼女が初めて他人に歌詞を提供したのは、研ナオコの『LALALA』(1976年6月25日発売)でした。

中島が得意とする〝振られ女〟の悲哀、〝幸せから縁遠い女〟の本音を、研ナオコくらい具現化できる女性歌手はいない!! と断言できるほど、彼女のあの風貌と、ボソボソと低い声で愚痴をこぼすように唄う声質は、みごと中島ワールドにドンピシャリでしたね。

中島は『LALALA』に続いて、『あばよ』(1976年9月25日発売/作曲:中島みゆき)を書きました。これが研ナオコの生涯、最大のヒット曲になったのです。

さらに『かもめはかもめ』(1978年3月25日発売/作曲:中島みゆき)という昭和歌謡の名曲を書き、今回ここで取り上げたかった『窓ガラス』(1978年7月10日発売/作曲:中島みゆき)につながるわけですが……、

私はこの楽曲が好きで、カラオケで、おそらく何十回と唄ってきましたけれど、ハズカシナガラ、いまだに、この歌詞に描かれる人間模様が、よく理解できないでいます。

♪~あの人の友だちが済まなそうに話す
あいつから見せられた彼女というのが
つまらない女でと つらそうに話す
知ってるよと あたしは笑ってみせる

それよりも雨雲が気にかかるふりで
あたしは窓のガラスで 涙とめる
ふられてもふられても 仕方ないけれど
そんなに嫌わなくていいじゃないの~♪

私だって物書きの端くれですからねぇ。そりゃあもちろん、ざっくりと作中の雰囲気ぐらいは、感じ取れますよ~。

ただ、ですね。「あの人」と「あたし」は付き合っているわけでしょ? つまり、「あいつから見せられた彼女」は、イコール「あたし」ってことですよね。その「彼女」がつまらなかったと、「あの人の友だち」は、わざわざ「あたし」に伝えてきて、「あたし」は(その女のことなら)「知っているよ」と笑う……、という展開ですが、

そもそも「あたし」と「あの人の友だち」は、顔見知りなんじゃありませんか? だからこそ今、「あいつから見せられた彼女」のことで、こうして会って話しているわけですから。ところが「あたし」と、その「彼女」とは、まるっきり別人だと言わんばかりに、「あの人の友だち」は「あたし」に、「彼女」のことを愚痴るわけです。

こんなバカげた話ってありますか? いったい「あの人」と「あの人の友だち」と私の関係は、どうなっているのでしょう? 何が何だか、さっぱりわかりません。

サビの部分の ♪~あたしは窓のガラスで 涙とめる~♪ も、じつにムズカシイです。中島みゆきらしい表現といえますけれど、でも、即座に「あたし」の取った行動を飲み込むのは、厄介だと思われます。

この楽曲のメロディが巷に流れまくっていた当時、私は高校1年生でしたが、同級生数人と、昼休みの話題にしたくらいです。「いったいどうやって、窓ガラスで涙を止めるんだ?」と。

音楽評論家の誰かが、中島みゆき独特の感性を指し、「みゆき文学」と評していましたが、確かに流行歌の歌詞にしては、老若男女に「わかりやすい」楽曲と言い難い作品が多いですね。

でも女流作詞家は、男性作詞家に比べて、オノレの感性を強烈に打ち出して、歌詞を書く傾向が強いことは事実でしょう。理屈にすれば野暮になってしまう、〝女心〟の本音のようなものを、3分間のドラマに凝縮させる。これもまた、歌謡曲の大きな魅力あることには、間違いありませんからね。

安井かずみという、昭和歌謡には欠かせない著名作詞家がいますが、小柳ルミ子に書いた『わたしの城下町』の制作現場で、作曲を受け持った平尾昌晃は、大いにたまげたそうです。

「彼女が書いてきた歌詞はさておき、まずタイトルを見てギョッとしたよ。『わたしの城下町』と来なすった。城下町は誰のモノでもないだろ? それを『わたしの』だとさ。男の作詞家には、まず絶対に、思いつきもしない発想だね。オンナ特有の感性ってやつだろうが、でもオッソロシイね。城下町まで、自分の所有物にしちまうんだから(笑)」

たかが歌謡曲、されど歌謡曲。3分ほどで完結する、短いドラマではありますが、それぞれの楽曲を担当する作詞家は、まさに心血を注ぎ、ある先生は綿密なコンセプチャルどおりに、ある先生は情緒豊かに、またある先生はオンナ特有の感性を全面に出し、大ヒットを狙うべく、独自の物語世界を〝脚本〟がわりの歌詞にしたためるわけです。

皆さんが巷のどこかで、とある大ヒット曲を耳にした時、あるいは、カラオケで十八番の楽曲を熱唱される時、ほんのちょっぴりで結構ですので、歌詞に描かれた「3分間のドラマ」について、思いを巡らせてみて下さいな。

普段、聴き慣れた〝あの歌〟〝この歌〟も、ひと味違って感じることでしょう。お試しあれ。

 

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

 

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