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筒美京平 其の四

昭和歌謡_其の六十七

昭和歌謡ポップスの神様 作曲家・筒美京平先生を偲ぶ(其の四)

『人魚』
nokko

 

あなたならどうする

とうとう、2020年も師走に突入してしまいました。

今年に入ってから、3月以降、本格的に「これだぁ〜!!」ということを、ほとんど何もしないまま、いえ、何も出来ないまま、ひたすら政府だの都知事、県知事だの……が一方的に発する、要請という名の【強制命令】に従うだけの毎日。

ひたすら自宅から出ず、会社の業務もリモート、大学の授業もリモート、ついでに『昭和歌謡を愛する会』もリモート(笑)……。うららかだったはずの春をやり過ごし、猛烈に照りつけていたはずの真夏の太陽もやり過ごし、秋の紅葉なんてTV画面で観るだけでやり過ごし……てですね、

気付いたらアナタ、もう12月だってさ。今年も、あと数週間で終わる!!

私が小論文(作文)指南をしている、塾の生徒のうち、小学5年の女子と、高校2年の男子が、偶然にも、ほぼ同じ台詞を、ため息交じりに私に投げかけてきました。

「(例年だと、気持ちが躍るはずの)クリスマスソングを聴いたり、(華やかなネオン瞬く)クリスマス・ツリーを眺めても、なんか嘘っぽく感じちゃって、ちっとも楽しくない」

われわれ人間サマが、どれだけコロナ禍で痛めつけられようと、意地悪なほどに、季節だけは確実に四季の移ろい通りに進みますけれど、どっこい、暦に連結する、さまざまな行事、たとえばハロウィーン、酉の市、クリスマス……、さらに目の前に迫る大晦日、年が明けての正月。とてもじゃないが、昨年までと同じマインドでは捉えられない!! と感じるのは、何も子どもたちばかりじゃないはずです。

年賀状1つ取ったって、皆さん、本心から前向きな気持ちで、明るく清々しい気持ちで、「謹賀新年」やら「恭賀新年」やら「ハッピーニューイヤー」やらの、やけに字面だけ晴れがましく、希望にあふれる【私信】を、差し出せます?

私は、ふうむ、ムズカシイなぁ。大晦日リセットのはず、すべて心機一転ののはず、新しい心持ちで迎えたいはずの、来年2021年も、このままコロナ禍が進みゃあ、相も変わらぬ自粛自粛、不要不急不要不急、ディスタンスディスタンス、マスクマスク、手洗い手洗い、うがいうがい……の毎日が、また元日からエンドレスで待っているだけのことですから。

嗚呼、実際、この先の世界は、……いや、正直、よその国の心配まで、してやれる余裕はありません。少なくとも日本は、われわれ日本人は、この先、どうなっちまうのでしょうか?

寺山修司が歌詞を書いた、アニメ『明日のジョー』のテーマ曲の、決め台詞なら、♪〜明日は どっちだ?〜♪ の心境でしょうが、

大阪で万博が開かれ、三島由紀夫が自決した、昭和45年という節目の年に、いしだあゆみは、『あなたならどうする』という新曲を発売し、なかにし礼が書いた歌詞を通じて、当時の国民に【3つの選択肢】で決断を迫りました。

♪〜嫌われてしまったの 愛する人に
捨てられてしまったの 紙クズみたいに
私のどこがいけないの それとも あの人が変わったの
残されてしまったの 雨降る町に
悲しみの眼の中を あの人が逃げる

あなたなら どうする あなたなら どうする
泣くの 歩くの 死んじゃうの
あなたなら あなたなら〜♪

「どうする?」と問われても、【泣く】か【歩く】か【死ぬ】しか、答えが選べないなんて、「大人って大変だなぁ」と、この楽曲が大ヒットしていた頃、小学3年生だった私は、国鉄は蒲田駅前の商店街のスピーカーから流される、いじだあゆみの歌声を聴きながら、つくづく感じたものです。

このメロディを書いた張本人が、数回前から、ず〜っと取り上げさせていただく、昭和歌謡ポップスの「偉大なる創造神!!」、筒美京平先生であります。

作曲家という職人

先生の逝去(10月7日)以降、リアルタイムに現在進行形で、筒美京平を偲ぶ音楽番組やら、雑誌に掲載の、音楽関係者のインタビューやコラムは数多く見受けられるのですが、

その中で、かなり筒美サウンドを聴きまくってきたはずの私も、うっかり認識し損なっていた【事実】がありまして、

昭和および平成の各年代、べらぼーな数のアイドル歌手に楽曲を提供してきたはずの、先生は、山口百恵、キャンディーズ、ピンクレディー、松田聖子、中森明菜という、超の付くトップ級のアイドルの面々には、たったの1曲も、シングル曲のメロディを書いていない!! んですね。いやぁー、知りませんでした。

この理由に関して、長年、作詞家として、先生のパートナーを務め続けてきた、松本隆が、週刊新潮でしたかね、「追悼緊急インタビュー」を発表しまして、……それを読むと、おおよそ状況が【見えて】来ました。

「筒美さんはもちろん、まぁ僕もだけれど、何一つ手垢にまみれてない、ずぶの素人、それも田舎から上京して、まだ芸能界の常識どころか、東京の地名ひとつ、まともに覚えてないような若者を、あくまで歌謡曲の持つ力だけで、全国津々浦々のお婆ちゃんお爺ちゃんにまで知れ渡る、ビッグアイドルに成長させたい、という仕事に、当時は燃えてたんだね。
何故、聖子に曲を書かなかったか? いや、おそらく筒美さんに打診はあったはずですよ。当時のプロデューサーから、そんな話は聞いたからね。やんわり断られましたって(笑)。聖子に関しては、僕や大滝詠一、財津さん、ユーミン、そのあたりで、しっかり聖子の音楽を創り上げちゃったからね。1から育てたい筒美さんには、興味が湧かなかっただけでしょう」

聖子チャン以外も、百恵チャンには、作詞:千家和也&作曲:都倉俊一が、キャンディーズには、作曲:森田公一や穂口雄右が、ピンクレディーには、作詞:阿久悠&作曲:都倉俊一が、明菜チャンには、作詞:売野雅勇や来生えつこ&作曲:来生たかおや芹澤廣明という、各年代ごとの売れっ子クリエーターが【育ての親】としてハッキリ存在している……わけですね。

筒美先生の食指が「ピクリとも動かなかった!!」としても、おかしくないでしょう。次のような、音楽ファンには【有名な】エピソードが、あります。

1980年代なかばに大ブレイクした、ロック系バンド「レベッカ」のボーカル、nokkoは、ソロとして数曲、出したけれど、少しも売れない。ソロになって以降、全曲のメロディをnokko自身が書いてきましたが、まぁ、創作に煮詰まってしまった!! ……のかな。

何事にも思い切りの良いnokkoは、(本当のところは、よくわかりませんが)誰の縁故も頼らず、みずから先生にアポを取り、1人で先生の自宅を訪ね、

「次の新曲のメロディは、憧れの筒美先生に書いていただきたくなりました」
と、頼み込んだんだそうです。

その時、先生は彼女の、メチャメチャ緊張気味にかしこまりつつ、瞳をクリクリ回す、愛くるしい表情を見やるうち、ノッコのことが可愛く思えたようでして。

ちょっと意地悪して、彼女の反応を見たくなった、と何かのインタビューで答えています。

「どうして、僕なの?」

「え? だって、……先生の曲は、どれもこれも、みんな素晴らしくて、私は大好きなんです。それに、なにしろ大ヒットしていますから」

「ふうむ、……ま、僕を指名してくれたことは、大変光栄だから、あなたのリクエストに応えてあげようと思うけれど。ただ、……誤解のないように、先に言っておくけれど、僕が書いたって、当たらない曲は当たらないよ(笑)。特にね、最近は、僕自身がすごく気に入ったメロディに限って、当たらないんだな。困ったもんだ、あははは」

「…………」

「どうする? それでも、僕に頼む?」

「……ハイ。筒美先生に書いていただきたいです」

「わかった。で、どんなメロディがお望み?」

ノッコは、待ってましたとばかりに、先生の目をしっかり見据え、

「ディズニーがいいです。私、ディズニーの映画音楽が大好きなんです。ファンタジックで、そのメロディを聴いているだけで、なぜか、自分の夢が叶いそうな気分になれる。そんなメロディを、先生に書いていただきたいのです」

それを聴いた先生の本音は、よくわかりませんが、ほどなく完成した楽曲が、平成6年3月9日に発売された『人魚』です。いやぁ、これは見事すぎるほど大ヒットしましてね。ソロ歌手nokkoの代表曲になったばかりか、後年、安室奈美恵ほかのミュージシャンがカバーしています。

♪〜アカシアの雨に うたれて泣いてた
春風の中で 月が登るまで
その笑顔を しぐさを いとしくて
本気で思った 抱いて抱いて抱いて

見つめあう時は 高波のように
そばにいるだけで 自分を忘れた
その激しさ その声 その胸が
消えてしまった 抱いて抱いて抱いて

つめたい夜は 子供のように
ふるえて眠る 奇跡を待って

涙が枯れるその前に 星を見上げる
すてきな事も さみしさも 輝きに似て
あなたが くれた その面影に
本気で叫んだ 抱いて抱いて抱いて〜♪

まさしく【ディズニー音楽そのもの】!! 職人芸のクオリティの高さを自認する、先生の真骨頂といいますか、当時、初めてこの楽曲を聴いた私は、正直、「オソルベシ、筒美京平!!」と、おおいに感じ入ったものです。

(其の五に続く)

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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