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お口の医者 林晋哉 その一

昭和歌謡_特別編①

昭和歌謡コラムの特別編・その1

異端児との邂逅

当ウェブマガに初登場!!
歯医者ならぬ「お口の専門医」の林晋哉を、よろしくお願いします。

今回と来週の2回、こちらのコラムの場所をお借りして、当メルマガに初登場の歯医者、もとい、おそらくは日本で【たった1人】の〝お口〟の専門医、自称 「口腔科」ドクターである林晋哉のことを、紹介させていただきます。

その関係で、2回ほど、昭和歌謡の楽曲の紹介はお休みになります。スミマセ ンがご了承下さいませ。

さてさて、普通なら、林晋哉の後ろに【先生】の敬称を付けるべきでしょう が、あえて付けません。なぜなら林は私の、都立日比谷高校時代(2年時と3年時)の同級生だったり、するからでしてね。

ひょんなことで、全世界がコロナウイルスに打ちのめされる直前の、2019年の 秋、高校の同窓会が開かれましてね。その場で、ほぼ40年ぶり……、ということは 高校卒業後初めて、私は林と、大げさでなく、まさに運命的な再会を果たしたの です。

元来、記憶力がはなはだ脆弱な私でありますが、こと高校在学当時の林の印象 は、あまりといえばあまりに鮮明に覚えております。理由は、彼が、いわゆる (イヤラシイ言い方になりますが)「天下の名門進学校」の生徒らしからぬ、ア ウトローな言動を臆面もなく、在校生にも教師連中にも撒き散らす!! はなはだ 〝乱暴者〟だったからでしょう。

私の出自は、歌謡コラムの中に何度も記しましたが、東京の「南」の場末町、 蒲田に生まれ育ちました。しかも、駅前の歓楽街のど真ん中に母方の実家があっ たため、【夜の世界】の匂いを、まだ童貞も童貞、小学校のガキの時分から、ほ ぼ耳年増的に胸一杯、吸いまくる毎日でしたね。

巷の風紀は、お世辞にもよろしいわけがなく、中学の同級生のうちの結構な数 が、絵に描くような不良揃いで、そんな中で抜きん出て勉強が出来たところで、 井の中の蛙のサンプル中のサンプルみたいなものでしてね。

教師どもの期待と熱望を唯一のお守り代わりに、晴れて日比谷高校に合格した ものの、入学後、最初の定期テストにて、英語教師に口汚く「人間のクズ」呼ばわり、それも流暢な英語で罵られるほどの、ひどい点数を取りまして、生まれて 初めて、人生の挫折を味わわされたのですが……。

一方の林は、「北」の場末町、亀有に生まれ育ち、林いわく「蒲田なんてよ、亀有に比べりゃ上品も上品だ」という、民度劣悪な地域環境の中、私同様、神童 と呼ばれるほど「勉強が良く出来る!!」ガキだったとか。

私と決定的に異なるのは、腕力も体力も情けないほどに自信がないため、不良連中には、ある種の憧れを抱いたものの、常に連中とは距離を取り続けた私に対 して、彼は、その不良連中とサシで付き合い、一緒になって悪さをし放題!! 喧嘩を売って来る「糞野郎」と、ほぼ定期的に殴り合いのバトルを繰り返し、警察 沙汰になることも「一度や二度じゃねぇ」……そうな。

そんなヤツが、中学時代から千代田区の中学に【越境】通学し、晴れて日比谷高校に潜り込んだわけですね。入学後、……ここでも私と決定的に異なる振る舞い として、最初の定期テストで、数学だか理科が「学年で3番」の快挙!! その瞬間、林は「なぁんだ、日比谷もチョロいな」と本気で感じたんだとかで、以降、 まったく授業を本気で受ける気力を失くし、2学期の半ばには、林も私同様、 すっかり底辺層の落ちこぼれ集団の仲間入りをしたのです。

──が、彼は、勉強では落ちこぼれたものの、その鬱憤や憂さを、軟式野球部の練習と試合で、フィジカル的に晴らしていたのです。

再会後、林は事あるごとに「高校時代は楽しかった!!」と言い張るのですが、 私には、ほとんど高校時代に楽しかった思い出はありません。同じ落ちこぼれで も、2人はまるで異なる3年間を過ごしてきた……ようですね。当時は、同じクラ スに在籍しながら、ほとんど接点がありませんでした。

いや、林に言わせりゃ、「お前が勝手に、落ちこぼれのコンプレックスを抱え たまま、1人の世界に閉じこもって来たからだろ。俺は、たしかに勉強じゃ落ち こぼれてたし、たぶん、お前の方が成績は上だったはずだぜ。でも俺は、中学時代と変わらず、好き勝手、やりたい放題に、やって来たから、そりゃあ3年間、 楽しかったよ。人生で、あんな楽しかった時代は、他にねぇよな」……だそうです。

その通りでしょうね。自分がいけないのです。きっと、その気になりゃ、落ちこぼれは落ちこぼれとして、いくらだって楽しい毎日を送ることも可能だったは ずです。自分でその可能性をシャットアウトしてしまったのでしょう。正直、自覚はありませんが、当時の心境を振り返ってみりゃ、林の言う通りです。

たった1つだけ、私にとってはかなり重要な、林との接点がありました。

ある日、体育の授業が始まる、ほんの少し前でしたか、私がグラウンドの隅 で、きっとぼーっと所在なげに突っ立っていたのでしょう。いきなり林が私を指差し、「そこのお前、バットを持って、バッターボックスに立て」と命じたので す。有無を言わさぬ口調のため、仕方なく命じた通りにすると、そばにいた誰か にも「キャッチャーをやれ」と命じて、忘れもしない、内角のコース高めの速球 を投げて来やがったんですね。

シューッと唸りを上げて迫って来るボールに、私は思わず腰砕けになり、その場にへたり込んでしまいました。そこへ林が早足で近づいて来て、怖い顔で告げたのです。「これが本気の野球だ。いいか、忘れンなよ!!」……と。

40数年を経て、再会してみると、速球を投げた張本人は、そんな【過去の事 実】をとっくの昔に忘れやがっていましてね。でも私は、この時の光景を40数年、一度も忘れたことがないのです。いや、忘れたくても忘れられない、という 表現が正しいかもしれません、ボール同様、林のことも、昔も今もなぜか忘れら れない存在として、常に意識のどこかに潜んでおりました。

お口の医者と三文文士

昭和37年生まれの2人は、あと2つのカウントダウンで還暦になります。

私の方は、高校卒業後、ニチゲイを出て三文文士になり、現在は某ちっぽけな塾で文章指南の講師がメインの生活をしていますが、〝乱暴者〟の林は、あろう ことか浪人して歯学部に入り、現在はキャリア30数年の歯科医、もとい「お口の 専門家」として、自由診療オンリーのクリニックを経営しています。

再会して私が強く理解したことは、林の言動の〝乱暴さ〟自体、いまだ変わら ず……ながら、こと医療関係者としての理念、患者の治療に関しては、じつにじつに真っ当なのです。

私は若い頃から健康オタクですから、一般の患者よりは、あんなことこんなこ と、最新のデンタルケア情報を仕入れていますが、その私が、どれほど意地悪な 視点で彼を眺めても、たったの1つも【おかしな】ことがない!! というのはト ンデモナク凄いことだと思われます。

こんな2人が異色のコンビを組み、現在、『目からウロコの、お口の話』という仮タイトルの本を、鋭意制作中であります。

〝乱暴者〟の林だけに、歯科医業界を語るに際して、何1つタブーはありませ ん。そし私も場末町育ちだけに、物事の発想がきわめて下品に出来ていますから、かつての同級生のよしみで、平気に「歯医者って、やっぱり医者より頭が悪いの?」なんて訊いちゃいます。

すると林は、少しも怒ることなく、それどころか、かえって嬉しそうな表情 で、「当たり前だろ。どうせ医療関係者を目指すなら、医学部に入って、まともな医者になりたいと思うのが、進学校の生徒の常識なんじゃね? 何故ならないか? バカだからだよ(笑)。医学部に受からないから、仕方なく歯学部を選ぶ んだよ」と、小気味良い口調、それも場末町育ちのベランメェ口調で、いとも明 瞭に答えてくれるのです。

次回のコラムでは、私が制作中の本のために、林に集中的にインタビューしま くった、その内容の一部を披露させていただきます。お楽しみに。

 

勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

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