菅原洋一
沢たまき 梓みちよ
昭和歌謡_其の134
「歌謡曲には酒と煙草がよく似合う」前編
「今日でお別れ」by 菅原洋一

「ベッドで煙草を吸わないで」by 沢たまき

「よろしかったら」by梓みちよ

信じらんない
令和8年、いや……昭和101年の午年が始まりました。今年も飽きもせず、昭和の歌謡曲にこだわった内容のコラムを書かせていただきます。以前からご贔屓くださる、ごくごく僅かでありましょう、すこぶる徳のお高い皆さま! はもちろん、たまたまうっかり誤って「ここ」へ迷い込んでしまった、お可哀想な皆さまも、「おっとヤベェ」と逃げ出すのは、ざっくりと流し読みされてからでもよろしいんじゃござんせんかね。
1月15日の小正月は、国民の祝日の「成人の日」なのでお休み。というのが、昭和時代の常識でありました。いつからでしたか、……AIチャットに訊いたら2000年1月からだそうですが、ハッピーマンデーつー、名称からしていかにも軽薄げな制度によって、「成人の日」は1月の第2月曜日に変えられてしまいました。
ちなみにこの制度を、議員立法として提出したのは公明党の議員だそうですよ。まぁ、だからナンなんだ? と言われてても困りますが、その公明党……、嗚呼なんという偶然でしょう、小正月当日に「元服」ならぬ、あろうことか立憲民主党と新党を立ち上げました。26年もの長き間、かりにも「夫婦」関係にあった自民党にみずから三行半を突きつけて離縁したのが、つい昨日のことでしょ。多情というか節操がないというか欲深というか、「てめぇは誰とでも寝やがるヤリマンだったンかい?」てな下品な台詞が、つい……育ちが下品な私の口から飛び出しました。
由緒正しき祝日だった「成人の日」を、愚かしくもミモフタモナイ「ただの連休」に変えてしまった罪を、与野党ともに国会議員どもには反省してもらいたいですが、まだハッピーマンデーは序の口……。2022年の春、政府は長年「成人は20歳」だった日本人の常識を、いとも簡単に18歳に引き下げました。この罪は甚大です。全国の18歳の多くはまだ高校に在学中でしょうし、そんなことよりもナニよりも腹立たしいのは、国家が認めた「成人」、つまり「元服」の儀式を済ませたはずの、れっきとした大人なのに、公明正大に酒も飲めなきゃ煙草も吸えない! こんな理不尽な話ってありますかいな。エロ風俗関連の店への出入りはOKですが、これは元々「18禁」ですから「元服」の儀式とは関係ありますまい。あえていやぁ選挙権だけですかね、成人年齢を2歳引き下げての権利特典は。
今から半世紀近く前、昭和50年代なかばですかね、……その頃の私を含むガキどもは、べつにわざわざ国家に認められなくたって、高校時代から酒を飲みまくってました。いや、べつにウチの高校だけじゃない。当時はどこの高校だって、文化祭、体育祭、合唱祭、「祭」の付いたイベントの後は、生意気に打ち上げと称し、イッチョウマエに大人の真似して酒場の席を予約して、瓶ビールで「お疲れ様ぁ~、カンパ~イ!」を、……やっていたはずですよ。
私たち世代にとっては、それが当たり前な日常でした。大学に入りゃ入ったで、親しくなった仲間たちは、ほぼ全員男女ともに喫煙習慣がありました。そしてまた、毎晩のように誰かしらの下宿で酒を飲んだり、どこぞの酒場で飲んだり、しでいたものです。ネットなど無い時代ですから、みな競い合うようにして出来るだけ安く呑める店、学割が利く店の情報を仕入れまくっていましたね。実際に私が頻繁に出入りしていた酒場は、新宿は歌舞伎町にあった「ぱぶ大学 いも」や、地元の蒲田の駅前にあった「サントリー館」でした。
いつからなんざんしょ、若者たちが「酒も飲まない!」「煙草も吸わない!」のが主流になったのは? 平成のなかばあたりから、厚労省が声高にアルコール依存症の恐ろしさや「煙草を吸うと肺がんになる」というメッセージをマスメディアを通じて発信するようになり、その影響じゃないですかね。せっかく大人の仲間入りをしたのに、「健康に悪いから」という理由で、酒もタバコもやらない層が若者たちにも広がったのでしょう。
この件について、いつだったか、私が勤めている学習塾で馴染みになった学生講師のうち、二十歳以上の男3人、女2人に訊いてみたのです。結果、積極的に飲み会に参加したいと答えたのは、たった1人。それも女でした。残りの4人は異口同音に、酒は「呑めないことはないけど、あえて飲みたいとは思わない」と答え、煙草に関しては「肺癌とか病気になるリスクが高いのがわかってながら、あえて煙草を吸う気がしない」、「副流煙で他人に迷惑をかけるのは嫌だ」、「煙草は超高いから、あんなものを買うくらいなら、ゲームの課金に回したい」など、5人まちまちの理由がありつつ、全員が「吸わない!」で決まり。
彼らのこのお利口さん的な回答を聴かされて、糞オモロクもねぇ気分になった私は、つい、「キミたちさ、せっかく大人の仲間入りしたんだから、体に悪いとわかっていながら、あえてそれを楽しんでみるっつーのも、ありなんじゃね?」と言っちゃいました。が、皆さん黙ったまま、困った風な顔をしてやがりましたっけ。この「体に悪い……」云々は、中学時代の「国語科」の井崎(仮名)っつーオッサン教師が、授業中に話してくれたことです。こいつはアル中って噂があって、教員室の自分の机の下にはいつも、日本酒の一升瓶が隠してありました。ちなみに教師が休み時間に教員室で煙草を吸うことに、同僚教師はもちろん、私ら生徒も何ら違和感を覚えなかった時代です。半世紀前の日本の学校は、全国どこでもそんな空気だったはず。井崎だけがすこぶる異常なわけじゃない。
印象深かったから今でも覚えているのですが、何の話題だったか? 井崎は黒板に漢字の「嗜」を書き、次のようなことを宣(のたま)いました。
「この字は嗜好品の嗜だ。字を分解すると口が老いる日だ。そして嗜好品の意味を辞書で調べると、栄養摂取を目的とせず、香りや刺激を得るための飲食品とある。つまりお茶、珈琲、酒、煙草とかだな。特に酒と煙草は嗜みすぎると、確かに体に悪い。誰もがわかってる。でも、やめられない。日に日に口が老いるのを承知で、俺も酒を呑む、煙草を吸う。大人になるとな、あくまで自分の意志で、敢えて体に悪いとわかっているモノを楽しむことができるんだよ。お前たちも二十歳になりゃ、その権利が平等に与えられる。酒びたりになってアル中で肝臓を悪くして死ぬのも自由、ヘビースモーカーで肺癌になって死ぬのも自由だ。な、大人って素晴らしいだろ? 早く大人になりたいと思うだろ? あはははは」
これを聴いた私も含めて40人ほどの生徒たちは、ぶっちゃけ、どう感じましたかね? 言葉通り「素晴らしい」と単純に感じちまったヤツが何人いたか? 私は、……というと、物心ついた時からわが家には、酒&タバコをすこぶる嗜む、いや嗜み過ぎる親父がおりましたから、体に良いも悪いも酒や煙草への嫌悪感、拒否感など1ミリもありゃしません。
むしろ酒は、晩酌をしている親父の横にへばりつき、「ねぇねぇビール、ちょこっとだけ、飲ませてぇ」とせがむような小学生でした。親父は苦笑げに、「ほんの少しだけだぞ。一気に呑むんじゃねぇぞ」と、グラスになみなみと注いだビールを渡してくれました。すると決まってお袋が台所から顔を覗かせ、「バカ、ヤメてよぉ~! 紳はまだ子供なのよ。お酒なんて呑まさないで!」と、キンキン声を飛ばしてきます。「心配すんな、ビールなんざ、こんなの酒じゃねぇ」、「そうだよ、ビールは酒じゃない」「バカ、お前が言うんじゃない」と、親父の軽いドヤシがありつつ、私は口では「泡だけね」と言いながら、グイッとひと口だけ、喉を鳴らして飲み干してから、親父の真似して「う~ん、美味い」。
昭和時代の空気感は、どこもかしこも「こんな」風だったんじゃないですかね。当然ながら歌謡曲の歌詞やらタイトルにも、酒や煙草が登場しまくりました。前回ご紹介した御年92歳の現役歌手・菅原洋一の大ヒット曲『今日でお別れ』(昭和42年=1967年発売/作詞:なかにし礼/作曲:宇井あきら)……、その2番の歌詞に、♪~最後のタバコに火をつけましょう~♪ というフレーズがあります。歌詞を書いたなかにし礼はヘビースモーカーだったようですから、男女の別離にあたって、ごく普通にこういう描写が思い浮かぶのでしょう。
♪~(※2番の歌詞のみ)
最後のタバコに 火をつけましょう
曲がったネクタイ 直させてね
あなたの背広や 身のまわりに
やさしく気をくばる 胸はずむ仕事は
これからどなたが するのかしら~♪
子供時代にこの歌を初めて聴いた時も、還暦ハゲになった今も、私はべつに何の違和感もなく「あー、そうなんだ」という受け止め方でしかありませんが、半年前に二十歳になった甥っ子にこの曲を聞かせたところ、思いがけない反応が。
「昭和時代に流行った歌謡曲ってさ、歌詞に煙草とか平気で書けたんだね。信じらんない(笑)」
なんだ、そこかよ! と私はズッコケてしまいました。彼は大阪にある音大でジャズやポップス歌謡の作曲を学んでいるので、この曲のメロディ構成について平成育ちの若者がどう感じるか? それを聴きたかったのに、歌詞に登場する煙草に〝引っ掛かった〟んですね。彼いわく、オリジナルな曲の歌詞はもちろん、映像学科の学生が書く映画のシナリオにも、喫煙のシーンは「基本的に書くな! 喫煙の【そこ】だけ切り取られて勝手にネットで炎上。嫌な想いをするだけだから」と指導教官にキツく制されているそうな。
「飲酒はまだ緩いけどね(笑)。でも喫煙はメチャうるさい。だから面倒臭いこともあって、最初から煙草も酒も触れないことにしてる」
嗚呼……、まったくもって、つまんねぇ時代ですね。うざってぇ~ですねぇ、しゃらくせぇ~ですねぇ、コンプラでがんじがらめの令和のご時世は。
「お前さ、この程度の歌詞でたまげてるなら、レコードのジャケットにさ、その歌を唄ってる本人の喫煙写真が載ってたら、どう感じる?」
なかば意地悪な心持ちもあって、そう訊くと、すぐに彼は両目を大きく見開き、
「マジぃ? えー、そんなの有り?」
笑っちゃうほど絵に描いたような驚き方をしましたので、私も大笑いしてしまい、
「有りも有り、メチャメチャ大有りさ」
というわけで、まさか古い世代の皆さんには甥っ子のような驚きはないでしょうが、昭和のど真ん中の時代に流行った、歌詞やタイトルに酒や煙草を織り交ぜた歌謡曲を、以下、順に紹介させてもらいます。
女の魅力と紫煙
まずは、タイトル自体に煙草が使われている、沢たまきの大ヒット曲『ベットで煙草を吸わないで』(昭和41年=1966年4月15日発売/作詞:岩谷時子/作曲:いずみたく)です。沢たまき、覚えてらっしゃいますか、東京12チャンネル(現・テレ東)で放映(昭和44年=1969年4月7日から昭和51年=1976年3月29日)された連続ドラマ「プレイガール」の、女所長(ボス)役で一世を風靡しましたっけ。番組の企画的には、民間の生命保険業務に絡む殺人事件を、極秘に解決する「女性国際秘密保険調査員」たちの活躍を描く、……となっていたそうですが、実際は、沢も含めた出演女優たち(全員「武道の心得あり」の設定)が、犯人に前上段蹴りを決めた際のパンチラや、ゲスト女優のヌード【だけ】が売りの、はなはだエロい内容でしたね。でも当時の子供たちはドラマの筋なんざ興味ない。ただただ親の目を盗んで、こっそり「お色気シーン」だけ観てました。でも、わが家は四畳半二間の狭さで、テレビを子供が独占することなど叶わなかったので、同級生たちが「見たかよ、沢たまきのパンツ!」なんてはしゃいでるのを、ただ羨ましく眺めるだけでしたが。
それにしても沢たまき……。見るからに姉御肌でしょ(笑)。ハスキーな声がまた迫力満点! スケバンのボスみたいな役はピッタリですね。ジャケット写真を御覧ください。指に挟んだ煙草の仕草が、いかにも堂に入ってるでしょ。写真に映り込ませている煙草の紫煙は、おそらく歌謡曲のジャケット史上「初」じゃないでしょうね。
♪~ベッドで煙草を吸わないで
私を好きなら火を消して
瞳をとじてやさしい夢を
甘いシャネルのためいきが
今夜も貴方をまっているのよ
ベッドで煙草を吸わないでね
ベッドで煙草を吸わないで
ゆうべの約束わすれたの
こっちを向いて愛の言葉を
髪をほどいた首すじに
なぜか煙がくすぐったいわ
ベッドで煙草を吸わないでね
こっちを向いて愛の言葉を
髪をほどいた首すじに
なぜか煙がくすぐったいわ
ベッドで煙草を吸わないでね
ベッドで煙草を吸わないでね~♪
岩谷時子が書いた歌詞については、面白い実話が遺されています。長年、コーちゃんこと越路吹雪のマネージャーを務めつつ、越路が歌うシャンソンの訳詞はもちろん、オリジナル歌謡の作詞家として加山雄三のヒット曲を手掛けていた岩谷ですが……。彼女はヘビースモーカーの越路のそばにいながら、煙草一本吸えないどころか酒も呑めない。おまけに男性経験もない「初(うぶ)な時子チャン」と、越路にまでからかわれるような、生真面目を絵に描いた風な女性だったんですね。
そんな彼女に、沢たまきが歌う新曲の歌詞の依頼が舞い込んだのです。プロデューサーの注文は、「沢が歌うにふさわしい、色気ある大人の女の魅力をふんだんに散りばめた歌詞にしてくれ!」だそうで。それまで書いたことのないテーマなため、一度は「私には書けない」と断ったものの、ふと……、自分が心から愛する「越路のことを書けば良いんだ」と気付き、自室で1人、越路が煙草を吸う仕草を真似して、生まれて初めて煙草を吸ってみたり、たちまちゴホゴホ咳き込んで涙目になってみたり……して。岩谷なりにかなり「頑張って」書き上げたのが、この作品です。苦労が実り、すぐにヒットチャートの上位を飾る曲に成長し、岩谷自身も作詞家としてひと皮もふた皮も剥けたとか。
続いてもう1発、これも紹介しときましょう。梓みちよの『よろしかったら』(昭和54年9月21日発売/作詞:阿木燿子/作曲:宇崎竜童)です。
♪~マニキュアの乾く間ももどかしくて
白い煙草に手を伸ばす Ah-
私の中の少年時々みょうに性悪
あなたのうなじに焦れて煙を巻きつける
欲しいものが手に入らなければ
生きていたって仕方がないの
例えばあなたが男でも例えばあなたが女でも
それはどうでもいい事なの
よろしかったらもう一度よろしかったら初めから
めくるめくやさしさで
あなたと私 just a lover today’s partner
部屋の隅立てかけてある銀の鏡
こちらの様子覗いてる Ah-
私の中の少年平らな胸の淋しさで
ほくろとほくろを合わせ背中を抱きしめる
好きな人がそばにいなければ
死んでしまった方がましだわ
例えば私が年下で例えば私が年上で
それはちっとも構わないの
よろしかったらもう一度よろしかったら初めから
さよならの数かぞえ
あなたと私
just a lover today’s partner
よろしかったらもう一度よろしかったら初めから
めくるめくやさしさで
あなたと私 just a lover today’s partner~♪
沢といい梓といい、煙草の扱いがめちゃめちゃ格好良いですね。ジャケット写真に「これ」が使われた理由は、ハッキリしています。日本専売公社(現在のJT)が新発売した「Partner(パートナー)」という煙草とのタイアップ企画曲だからです。「Partner」は、私の記憶が間違ってなければ、国産の煙草史上、ニコチン量もタール量も「最も低い!」のが売りだったはずです。チャットAIで調べてみたのですが、残念ながらどこにもデータが残ってませんので、間違っていたらスミマセン。
味わいが軽いので、広告戦略的には、購買層のターゲットを「都会の洒落たオフィスで働くセンスの良い女性」に定め、そのイメージリーダーとして、沢たまき同様、男勝りなイメージの強い梓みちよが選ばれた、という訳です。
私はこの曲が好きで、時々カラオケでも歌います。宇崎の紡ぐメロディが、実にノリノリで素敵だと思いませんか。アップテンポかつスピーディな前奏は、音が小刻みに上下に揺れ動き、……歌唱の冒頭で1拍ポンと休みが入る。シンコペーションって手法ですね。メロディの随所に「これ」を多用して、躍動感を演出しています。それに引き換え、宇崎の女房の阿木燿子が書き上げた歌詞、♪~私の中の少年 時々みょうに性悪~♪ てなフレーズは、まずもって凡百な作詞家じゃ湧き出ない、魔性なオンナの感性をまとった阿木先生ならでは、と思いますが。それ以外は、正直、さほど惹かれるものはないですね。それに……。
新商品発売の宣伝タイアップ曲の場合、スポンサーサイドから「必ず歌詞に商品名を入れ込むこと」という制作条件を提示されることが多いようで、超ヒットメーカーの阿木先生でさえも、「パートナー」という英単語をどこに突っ込むか? 苦戦したんじゃないでしょうか。結局、歌詞の最後に、とってつけた感ありあり(笑)で1つ、英文を挿入させてお茶を濁した。……ま、あくまで私の想像、妄想ですがね。
梓みちよといえば、昭和歌謡ファンにとってはやっぱり『二人でお酒を』(昭和49年=1974年3月25日発売/作詞:山上路夫/作曲:平尾昌晃)でしょうね。……ううむ、煙草も酒も、実に彼女に似合う。いや似合い過ぎます。この曲については次回、改めて詳しく紹介させていただきます。取り急ぎ、動画と歌詞だけ載せておきましょう。
♪~うらみっこなしで 別れましょうね
さらりと水に すべて流して
心配しないで ひとりっきりは
子供のころから 慣れているのよ
それでもたまに 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね
飲みましょうね
いたわり合って 別れましょうね
こうなったのも お互いのせい
あなたと私は 似た者同志
欠点ばかりが 目立つ二人よ
どちらか急に 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね
飲みましょうね
どうにかなるでしょ ここの街の
どこかで私は 生きて行くのよ
それでもたまに 淋しくなったら
二人でお酒を 飲みましょうね
飲みましょうね~♪
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勝沼紳一 Shinichi Katsunuma

古典落語と昭和歌謡を愛し、月イチで『昭和歌謡を愛する会』を主催する文筆家。官能作家【花園乱】として著書多数。現在、某学習塾で文章指導の講師。





















































































































































